2021-07-09

 少し早い目に目が覚めて眠れなくなった。目覚ましまで15分程。起きてしまう。
 今日は金曜日。平日だが休暇を取っている。昨日のうちにある程度出来ていた荷造りを仕上げる。3週間前に繰り延べした旅行に今日は出掛ける。
 今日から出社する妻に送られて一人出掛ける。朝は雨がやんでいたが、この時間は降って来た。駅まで歩くと

 京阪電車に乗って石山に出る。京阪が東海道線を跨ぐ辺り。今朝も貨物列車が停まっている。昨晩見かけた1053列車である。24時間留め置き中。
 下りホーム端に立つ。山陽線、三原の辺りが大雨で不通だが、福山までなら貨物列車は走れるはず。そんな訳で

 2065列車はやって来る。EF210-329号機牽引。
 福岡まで足を延ばす69列車は運休。その次は

 東福山までの55列車となる。EF210-125号機牽引。


 55列車の後を追いかけて来たはるか3号。今日はこの列車の客になる。何時も見かける時には客が乗っていない草津始発のはるか。今日も同じだろうと自由席にしている。空いていたが皆無ではなく数人は客が乗って来た。滋賀から空港に直通する貴重なアクセス手段で目指すは関西空港
 途中、京都、高槻、新大阪とそこそこ乗ってきて、座るところに困る程度の乗り具合になる。詰めて貰えれば十分座れる程度なのだが、昨今の状況なので。一方で指定席は空いている。はるかに乗るなら、京都まで出て100㎞以内の特急券に仕上げた上で指定席にするのが、快適であると改めて知る。
 和泉のあたりまで来ると青空になる。梅雨前線の南に出たらしい。連絡橋を渡ると関西空港到着。

 搭乗手続き。クラスJに挙げて貰って荷物を預ける。出発までは1時間以上余裕がある。1本遅いはるかで十分だったのだが、3号のあとは京都7:45の9号まで運転が無い。京都からバスとも思ったのだが、こちらも1時間に1本。それなら滋賀県から空港に直通する列車を一回試そうと思った次第。

 国際線エリアに行ってみた。何しろ出発便が

 殆ど無い。灯りを落として人もおらず、終末でも来たような空気を感じる。
 さて、朝食がまだなのでちょっと考える。レストランエリアに行ってみたが

 こちらは臨時休業か、やる店も11時から営業開始だった。第一ターミナル全体でも、マック、すき家、スタバしか営業していない。ここはロードサイドか。
 何となくエアロプラザの方に足を延ばして

 なか卯で牛丼だからあんまり変わらない。
 2008年頃の京王線恥辱を再編集しているのだが、その頃は割と牛丼で夕飯を済ませるとか、あったなぁと思い出しつつ頂く。まぁ無茶苦茶不味い事がない代わりに感動的に美味しいという事もないけど、我慢牛丼をやれば、美味しいと涙を流すだろうか。
 ターミナルに戻る。保安検査の前に高校生の修学旅行らしい集団がいる。一緒の便だろうか。そういえば、今日のフライト、後方席は全く座席指定が出来なかったなと思い出す。幸い、保安検査は先に出来たので渋滞には巻き込まれずに制限エリアの中へ。ラウンジに入る。
 大阪府は緊急事態が解けたが蔓延防止期間。ラウンジもお酒の提供は時間制限があり、11時からだそうだ。

 そんな訳でコーヒーを飲み、京王線恥辱を少し再編集する。旅行の流れで2008年2月のタイゆき、をやっている。
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https://podaka.hatenablog.com/entry/20080208:

 最終日がまだ残っているが、成田に着くまでは出来たから、まぁ良いだろう。この時にも思っていたが、やっぱり家族4人で旅行に行く、なんて事は最後になった。正確に言うと1泊温泉に行った事があるのだが、子供二人は互いの配偶者を連れ添って、なので意味合いがまた違う。
 感傷に浸りながらの作業なのだが、ラウンジの中が少々うるさい。近くに3人組がいてゴルフ談義なんぞしている。しかも1人はビールを飲み、マスクを外してという調子。何でビール?と思うが、ラウンジのビールサーバ、電源は生きていて、使おうと思えば使える状態らしい。何だかなぁとは思う.。ラウンジに出入りできるほどの人間だったら自らを制しよとは思う。

JL2501 JA338J B737-800 KIXCTS

 時間が来て搭乗口に向かう。今日はこれから新千歳に飛ぶ。

 待っていた機材はJA338J


 優先搭乗の時間なのだが、見慣れない表示が出ている。GROUP1、GROUP2。手元の搭乗控えにも同様の表示があり、搭乗順をこのように案内するように変えたようだ。
 機内へ。クラスJの座席に落ち着く頃、先程の高校生が大挙して乗って来る。
ビジネスクラスすげー」なんて言ってゆく若いのがいる。何か勘違いしているようだ。
「ここに座れるような人間になりたいわ」なんて子も。
 そんなにハードル高くないから、クラスJ。
 ちょっとだけ頑張れば君も乗れるよ、と思う。
 9:15、機長さんから案内。新千歳までの飛行時間は離陸後1時間33分、上昇中、下降中、揺れが予想されるとの事。妙なタイミングだし、33分でJALではあまり効かない単位だ。
 9:17、Doorclose。9:19、Pushbuck。

 機影少ない関西空港を後に出発準備が進む。これほど少ないなら空港1つに集約できそうだが、とは言え、雇用やら何やら維持すべきものの多いし。簡単ではないだろうなあ。

 9:23、Taixing。地上係員に手を振られ飛行機は滑走路へと向かう。北側の国際線エリア。唯一、タイ国際航空だけが駐機していた。

 滑走路端まで行かずに滑走路に進入すると9:27、Take off RWy24L。飛行機は高度を上げつつ南へ

 右に旋回し始める。くるっと廻って北へと廻りこむ。A席からは淡路島が見えるようになる。飛行機は大阪湾を北上しつつ高度を上げる。北側に向かうと雲が目立つようになる。大阪湾が梅雨前線の境目らしい。

 神戸空港は見えたが神戸市内は見えない。阪神甲子園球場は見えたが、阪神競馬場は見えない、という調子で北上する。
 9:38、ベルト着用サイン消灯。

 雲の切れ間から長い橋が見えている。近江大橋♪と思って膳所城址を探したが、実際には琵琶湖大橋だった。
 飲み物のサービスが始まる。ワゴンが廻って来て、

 アイスコーヒーを頂く。今年も7月からスタート。
 飛行機は琵琶湖の南岸沿いから東に。岐阜県高山へと差し掛かってゆく。

 いつの間にかベタっとした分厚い雲が出ていて、北アルプス山脈を隠している。
 ひとまず京王線恥辱を手掛けて過ごす。飛行機は日本海側へと出てさらに北に向かう。
 10:05、機長さんから飛行状況の案内。現在佐渡島の近くを高度11,500m、対地速度880km/hで順調に飛行中。この先、秋田の上空を10;23、青森の上空を10:31に通過し、新千歳空港には11:01の着陸を予定しているとの事。
 10:25、あと10分でベルト着用サインが点灯する旨の案内がある。外を見ると雲がだいぶ薄くなっている。

 秋田県青森県の県境、岩舘や大間越あたりの海岸線が見えている。

 今度は津軽平野。良く晴れていて、岩木川の流れも良く分かる。津軽半島をクルマで一周した時の事をちらっと思い出す。
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 改めて記事を探すと2010年の7月24,25日だった。もう少し遅い7月の下旬だったか。

 10:35、ベルト着用サイン点灯。雲が出てきて地上が閉ざされる。飛行機は平館海峡を渡ると下北半島を北上してゆく。晴れていればそろそろ函館が遠くに見える辺りだが、この辺も雲の下。10:42、ベルト着用サインが消灯したがすぐ10:48、再点灯。今度は着陸態勢と案内が添えられる。
 飛行機は北海道に差し掛かる。

 ようやく雲が切れて大地が見えるようになる。北上するにつれて快晴になった。梅雨前線がようやく途切れたようだ。


 爽やかそうな大地が広がる中を高度を落とすと旋回して千歳への最終コース。11:00、Landing、RWy19L。

 千歳は微妙に曇っているのね。11:06、Spot in SP17。
 21℃という千歳に降り立つ。

 今日は乗り継ぎがあるが、いったん制限エリアの外に出る。

 気持ち早着だったのね。
 着いて早々なんだが、今回の行程でお土産が確実に手に入る所なので、自宅用の菓子を少々買いこむ。探し物は何となく見つかった。そこまで済ませると

 もう一度保安検査を受ける。改めて制限エリアの中に。ひとまずラウンジに進む。
 この時間、アルコール類が正式に提供して貰える時間なので

 久しぶりにラウンジビールとなる。
 窓外を行き交う飛行機を見ながら、しばらく過ごす。

 AIR DOB767がやって来る。ってこれはNHからの移籍機か、JA601A。

 JALB767でやって来る。JA612J。

 今度はB737-800。JA346J。
 そろそろ搭乗開始の時刻。ラウンジを退出。搭乗口へと赴く。

JL2715 JA211J ERJ170 CTS→MMB

 今日はこの後、道内路線で女満別へ飛ぶ。

 出発は12:55。既に搭乗が始まっている。前方の搭乗が始まるのを待って機内に進む。

 待っているのはERJ170の初号機、JA211J。
 機内、席が埋まっている。「満席の予約を頂いております」との事。コロナ禍になって初めて聞く言葉だ。

 真下では手荷物の積み込みが進んでいる。自分の荷物があるかなぁと思ってみたが、分からないまま作業完了。12:50、Doorcloseとなる。
 12:52、Pushbuck。12:57、Taixing。誘導路を北へと向かい、13:00、Take off RWy19R。離陸の直前、右手を戦闘機が離陸するのが見えた。千歳基地からの自衛隊機だ。向こうの方が圧倒的に速く、そして右旋回してゆく。

 あっという間に豆粒よりも小さくなった。こちらは苫小牧の市街地を右に見つつ左へと旋回してゆく。雲が出てきて大地が隠れて

 窓外を見ていてもどこを飛んでいるのか分からなくなるが、スマホの現在地は日高のあたりを指している。
 13:06、ベルト着用サイン消灯。10分程でベルト着用サインは再び点灯するそうだ。飛行機は雲の上を日高から十勝へ。日勝峠を越えるかの如く飛んで行く。
 十勝平野の上空でちらっと雲が切れて、どこかの川が見えてくる。十勝川かと思ったがもう少し上流、音更川だった様子。
 13:20、ベルト着用サイン点灯。10分で着陸する旨の案内がある。飛行機は足寄のあたりを飛んでいる。鉄道で言えば石勝線から根室線に入って池北線へと入る感じ。つまり昔の網走本線だ。

 高度を落として雲が忍び寄って来る。

 雲の切れ目を見つけて飛行機は降下。すると地上がしっかりと見えるようになる。真下に火山が見える。

 今度は屈斜路湖が見えてきたから、なんか、一人前に北海道観光をしているような錯覚を感じる。
 いよいよ高度を落として最終コース。

 北見の畑地がパッチワークのように広がる様子を眺めて降下。地上が近づくと空港の敷地が現れる。13:30、Landing、RWy36。13:33、Spot in。
 降機する。

 AIR DOが入れ違いに出発してゆき

 そしてここまで乗って来た自機も写真に残しておく。
 関空で預けた荷物、無事に一等最初に出てきて受け取る。制限エリアの外へ。

 気持ち早い到着だったようだ。今日の搭乗は女満別まで。その先も色々とあるが、しばらく時間がある。ひとまず昼食、と思う。

 網走まで行くバスに乗る。30分弱かかるようだが、網走にまで出ると市内の食べるところ、昼間の休憩に入ってしまう。そこで一計。詳細はまもなく。
 飛行機は満席だったが、網走に向かうバスは自分とカップル、乗客3名だった。北見行きのバスもあるけど、ERJ170の乗客76人は、ほぼクルマなんですかね。
 バスに揺られて少々。女満別の街中で下車。時刻は14時前。予め下調べしていた店に行く。調べた時はもしかしたら1度行った事あるかもなぁと思った店。ずいぶん前だが、京王線恥辱には残っている。
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 写真のリンクが切れたままだけど。2007年の10月。女満別で乗り継ぎ時間があって市街まで出て来た時に寿司を食べている。今もそうなのだが、店の名前とかは積極的に残していないので、女満別十字街のバス停で降りてちょっと歩いたところにある寿司屋、としか記録が残っていない。
 で、14年ぶりの女満別十字街。歩くとしばし、記憶にない店につく。違う店なのかなぁ、それとも移転したのか。
 ビールと上寿司を頼む。場所が違うのは間違いないのだが、同じ店か違う店か、確信的な事が何一つない。

 ビールを少し飲みつつ、寿司を待つ。少々間が空き、 

 寿司が出てくる。当時は旨かった記憶があるが、今回のは、まぁこんなものかなぁという程度。ネタが少々古い気がする。北海道の回転寿司、根室花〇とかの方が良い寿司食べさす気がする。規模が違う分、購買力が圧倒的に違うのだろうけど。
 食事を終えてさらに移動。今度は網走まで。駅に出ると14:30に列車があるが、ギリギリ間に合いそうにない。バスは女満別空港からのリムジンバスだが、途中バス停からでも乗車できるようなので、そちらにする。今度は14:30、羽田からの便に接続するバスがある。十字街は定刻なら14:40らしい。
 バス停に着く頃、上空をエンジン音がしてJALが降りて行った。羽田からの便、少々遅れたようだ。バスも遅れるなぁ、とのんびり構える。しかし、15時になってもバスが来ない。いくら何でも遅いなぁ、と色々不安やら何やら溢れる。バックアップ案を思案する事、

 何もなかったような顔をしたバスが来る。飛行機が着いてからバスが出発するまで30分近くを要しているのだが、何があったのだろうか。
 終点のバスターミナル、その一つ手前で降りる。ちょっと歩くと

 小ぎれいな建物が現れる。その傍らには

 穴ぼこがいくつか。ここはモヨロ貝塚という遺跡。
moyoro.jp
 モヨロ貝塚館という網走市が運営する博物館がある。そちらを見学してゆく。
 先客は無く、博物館を独占する形になる。入場料は300円。

 漢字で書くと最寄なのか。もちろんアイヌ語の当て字。

 貝塚の断面が展示されている。もちろん再現ではあるのだが、結構な迫力はある。
 貝塚は単なるゴミ捨て場ではなく、生活の場。様々な出土品があってそれらも展示されている。

 こちらはクマを象った像。ここの遺跡はアイヌ文化ではなく、オホーツク文化というより古い別の文化なのだそうだ。でも熊を祀るという点では共通らしい。

 墓域展示室という施設。人の暮らしがある訳だから墓もある訳で、発掘された墓が展示施設になっている。頭に壺を被せて葬ったそうで、土から出ている壺の一つ一つが墓、ということになる。
 案外と充実した施設であった。300円では安すぎると思う。海外の博物館と比べると特に思う。
 さて、駅に向かう。途中見かけたスーパーに立ち寄り。
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 7年前に来ている店でこの先に飲むであろうビールやらちょっとしたつまみを買い求める。さらに

 網走川を見て街を歩く。街の外れにある

 駅まで来た。時刻は17時前。7月上旬なので当然ながらまだまだ明るい時間帯。7年前は11月も下旬の訪問で、16時を過ぎると真っ暗になった事を思い出す。同じ街とは思えないほどに印象が変わる。
 ホームに特急列車が停まっている。

 余りに痛々しい姿を晒している。

 7年前と比較しても、相当にひどい。

 7年前も撮った顔はめ看板をやっぱり撮ってしまう。

 7年前には無かったパネル。本線級ですら存廃が議論されてしまう北海道の状況。先程見た気動車の姿と共に胸が痛くなる。


 待合室には数えるほどのお客さん。この後、17:25に札幌ゆきの特別急行オホーツク4号の出発を控えている。まだ時間的に早いのかも知れないが、もう少し人がいても良い。
 駅弁売り場があって閉まりそうだったので買ってしまう。一応は閉店17:15らしい。25分の出発間際では駅弁は買えない。釧網線から乗り継ぐ場合も、列車の到着が17:15の筈だから、駅弁は買えない、という事になる。

 17:10を過ぎて改札が始まる。列車に向かったのは20人ぐらいだろうか。金曜日の夕方。もう少し乗るかと思っていたが、想像以上に空いている。
 指定した座席に荷物を置いてから、少し列車を眺める。

 先頭に立つキハ183系。ついこの間、九州で似た顔つきの気動車に乗ったが、国鉄末期の198 6年に投入された車両である。おおぞらや北斗といった一線級の特急列車で使われている感が強かった。そちらに新車が行き渡り石北線に廻って来た感じが漂っている。
 今日は4両編成。先頭からキハ183-1505、キハ182-502、キハ182-7560、キハ183-8563の4両。オホーツクってグリーン車あったよな?と不思議に思ったのだが、後になって本来グリーン車が付くはずだったのが、車両故障で急遽差し替えた旨のお詫びがある。グリーン券をお持ちのお客様は券面に表示された座席にお座りください、との事。
 番号はバラバラ。オリジナルの番号を保ったもの。改造されたであろうもの。車内も

 キハ182-502。グリーン車の代替分。

 キハ182-7560。

 キハ183-8563。こんな調子で揃わない。
 反対側のホームに回り込む。

 キハ182-1505はまだ状態が良い様子。一応は映えてくれる。

 釧網線からの普通列車が到着している。乗り換え客がいたかどうかは見そびれた。
 待合室の駅弁販売所、閉まっているのが見える。気の毒になる程、お客さんが少ない中で、どれほど売れるものか。
 席に戻る。歩き回る間にお客さんが増えた、なんてことはなく、相変わらず閑古鳥が啼いている程度の乗り具合。3号車が1番お客さんが多い。と言っても一桁程度だと思う。グリーン車替わりの普通車2号車は無人
 下り列車の出発を待ってこちらも発車する。オルゴールが鳴って車内放送。停車駅の案内があり、旭川に21:14、札幌には22:53の到着と案内がある。網走から5時間半。そりゃ、飛行機も満席になる筈だ。所要時間が圧倒的に違いすぎる。ちなみに網走からの車掌は旭川までの乗務だそうだ。

 列車は夕方の気配が漂う網走湖畔を東に向かう。長い旅路、ひとまずお供に連れて来た

 ビールを頂く。2014年に乗った時には車内販売の営業があったが、そちらも無くなっていて、5時間半のビアホールは網走での買い置きで賄わなくてならない。足りなくならないか、温くならないか、色々と心配事ばかりだが、ひとまずサッポロクラシックを。
 女満別に停まる。先程昼飯を頂いた所に戻って来た感じにはなる。見た所、乗り降りは無し。グリーン車車両故障の営業で無くなっている事と、2号車のお手洗いが故障で使えない事のお詫びがある。外装の錆具合といい、故障具合といい、満身創痍のJR北海道。濡れ煎餅で修理代を稼ぐ、なんて訳にもいかないだろうし。

 ビールのペース配分に少々困るが、ひとまず飲み進める。氷下魚をつまみにしてみた。氷下魚の味は学生時代に北海道の鉄道を乗りつぶした時、覚えたのだと思う。あの頃の183系はもっとキラキラしていたよね、と思う。
 1時間程で北見に着く。さすがに多少は乗ってくる。北見からなら札幌まで4時間半。それでも遠いけど。車内、多少はお客さんが増えたが、空席が目立つままで出発。
 網走から1時間。サッポロクラシックを打ち尽くしたので

 銘柄チェンジ。さすがに北海道はサッポロビールが強い。地元ではまず見る機会のない北海道生絞りを頂く。
 車窓がだいぶ翳りが見えて、留辺蘂に着く。

 下り普通列車が入れ違いに発車してゆく。北見からの帰宅客を乗せて来た帰りみたいで、がらあきであった。
 列車は常紋越えに掛かる。キハ40の普通列車だと明らかに足が鈍って峠越えの厳しさを思い知らされるのだが、今日の特急オホーツクはエンジン強め。さすがに軽々と登り降りする。

【今日の駅弁】帆立弁当 ¥900 株式会社モリヤ商店

 そんな訳でラスト1個の帆立弁当を。後は幕の内も残っていたけど。


 相変わらずビール、というか第三のビールになっているけど、を飲んだままなので、アタマを食べる感覚で先に帆立と椎茸を頂き、追ってごはん側を食べる変則的な食べ方になる。
 薄暗くなって沿線の景色が見えづらくなってくる。19時を過ぎて、遠軽に到着。ここで進行方向が変わる。前後のお客様とご相談の上、座席の向きを変えてください、なんて案内があったけど、相談する相手はいなかった。自分の前後、座席の向きを変える。

 今度は4号車が先頭に立つ。
 遠軽でも北見に次ぐ乗車があって、ようやく列車の体裁が整った感じがする。
 列車は向きを変えて出発。北見峠に向けての登り道となるが完全に暗くなった。

 ビールが完全に弾切れとなり、網走駅で駅弁と一緒にかった缶リザーブを頂く。缶水割りを飲むのは久しぶり。昔は夜行列車に乗る時など、ビールの次の酒として重宝した。多少温くなっても飲めるし。駅でも割と売っていたと思う。ハイボールが全盛になって水割りの缶で影が薄くなったけど、たまに飲むのは悪くない。暗くなった車窓を相まって、北海道を走っていた夜行列車に思いが飛ぶ。
 いつの間にか寝てしまい気が付くと上川に着くところだった。時刻は20時半を過ぎている。網走から3時間。まだ札幌までは2時間以上かかる。旭川へ行く普通列車が1両、ぽつんと停まっているをぼんやりとみて出発となる。次は旭川まで停まらない。
 暗くなった石北線。里に出た筈だが、街明かりが見える訳でなく、暗闇を行く。クルマのライトも見えず、すれ違う列車もない。久しぶりに街明かりが見えると旭川となる。時刻は21:20過ぎ。6分遅延だそうだ。
 自由席車にそこそこ乗客があった様子。この先は旭川始発の札幌行きが頻発しているが、20時発の次が、このオホーツク4号となる。
 自動放送が入る。東京エフエムで耳なじみのある大橋さんの声で案内放送。オルゴールから肉声放送だった網走始発の案内とまるで別人みたいな列車になる。速度も上がった。もともと一線級の路線で使う車両。線路さえ問題なければ飛ばせるだけのポテンシャルは持っている。
 函館線区間の特急停車駅に丹念に停まるオホーツク4号。深川でも滝川でも、多少の乗り降りがある。駅を出ると再び真っ暗な車窓。いい加減、札幌に着かないかなと思えて来る。網走から一緒の人、何人ぐらいいるのだろう。旭川からのお客さんに紛れて、分からなくなってしまった。
 どこで取り返したのか、札幌にはほぼ定刻の到着となる。後ろから稚内発の宗谷が追っている筈で相当逃げたに違いない。

 少ない乗客が改札口へと向かうとホームに閑古鳥が啼く。

 キハ185-8563の先頭は剥がれた塗装を補修した跡が目立ち、やはり痛々しい。

 車内は手を加えられて座り心地も良いし、走りも線路さえしっかりしていればしっかりしている。でもこの外装では、旅行気分も醒めるだろう。せめて化粧直しをしてほしいけど、そんな事すらままならない、JR北海道の現状が垣間見えた5時間半だった。
 今日は札幌泊。

 十数年前なら、この時間、道内各地に散ってゆく夜行列車の出発時刻だった。熱気籠る札幌駅で夜行列車の出発を待った頃が懐かしい。
 今日はホテル泊。駅の近くで予約している。コンビニに寄ってからホテルへ、のつもりがどこかで道を間違える。気が付いたらバスセンターなんて所まで来てしまい、さすがにおかしいと戻る。どうやらコンビニを出た時に南と東を間違えたらしい。駅の近くの筈がだいぶ歩き回って投宿。さすがに疲れを覚える。

【サイトアップ アクセスカウンタ】

 サイトアップはお休み
 アクセスカウンタは機能せず
 万歩計は17,260