2021-02-24

 水曜日の朝。いつもの時間、目覚ましの音で気が付いた。起きだして出勤、ならいつものことだが、ここは秋田市内中心部、お堀端にあるホテルの一室。今日は休暇を取っている。
 わざわざ平日の朝に秋田市内にいるのは理由がある。この三月で営業廃止となる秋田臨海鉄道、その列車を撮りたい。輸送量が減って、昨今では月水金のみの営業運転と聞いている。よって写真を撮ろうとすると、それに合わせてくる必要がある。
 列車は午前午後、全部で3本あるから、朝いなくても何とかなり得るのだが、この緊急事態宣言で飛行機の本数も減ってしまった。朝夕の日帰りに便利なフライトは欠航となっており、よって昼の便で帰ろうとすると朝は秋田にいないと成り立たない。そんな次第。
 2021年というのは便利な世の中で、秋田臨海鉄道のホームページを見に行けば、貨物列車の時刻、掲載がある。貨物時刻表にも臨海鉄道のダイヤが出ていて、朝一番の列車が7:15に秋田港駅を出る事は承知している。それに合わせて土崎港へと赴くべく、起きた次第。
 秋田臨海鉄道、一度は撮りたいと思っていた鉄道である。
 当然、撮りたいと思ったのは秋田に居た頃、1990年代前半である。しかし、その頃にはインターネットなんて無かった。貨物時刻表にも臨海鉄道の掲載は無かった。ダイヤが分からない状態で、とても手の出る状態ではなかった。秋田港線は撮りに行った事があって、探せば当時のネガは出てくると思うが、臨海鉄道の写真は手元に無い。だから30年越しの夢、と言えなくはない。
 ホテルを5時半に出る。外は昨晩来の雪がうっすら積もっている。風は強く吹き、寒い。駅までの道、真上から足を降ろしつつも速足で向かう。秋田駅までは10分弱。

 今朝から東北新幹線が運転を再開する。秋田新幹線こまち。今朝から東京行きとして動く。徐行区間が長いそうで、所要時間はだいぶ伸びるそうだ。とは言え、明日の国公立大学二次試験を控え、東京の大学を受験しにゆく高校生には朗報だろう。
 土崎までの乗車券を買い求め、構内に進む。

 秋田駅の駅名表示。土崎の所がシールになっている。剥がすと泉外旭川がでてくるのか。
 昔話は昨日散々したけど、当時の事を言うならこの時間、夜行列車が何本かやってくる時間だった。普通列車も客車列車が何本も出てゆく時間。現代は夜行列車は消えたし、客車列車も消えた。

 701系が4両、回送で入ってくる。現代の輸送力列車、か。

 こちらは営業でやって来た2両編成。尋常でない量の雪を纏っている。運転席辺りから鉄道無線、羽越線の速度規制を告げている。


 今度は男鹿線の始発列車がやってくる。男鹿を出て来たのが5:05という列車。ローカル線としてはだいぶ早起きだが、6時の新幹線に接続を取るのだろう。
 今日は1駅、土崎まで。既に奥羽線の下り普通列車はホームに来ている。そちらに乗る。どこかの高校生が座席を少しずつ埋めてゆくと出発。まだ暗い秋田市内を走る。さすがに電車、加速鋭く早々に速度が乗った。

 列車は8分で土崎に着く。この時間に土崎で降りる人は殆どおらず、多少乗り込んでいったぐらい。寒いホームで列車を見送る。すると、あの頃がいた。

 EF81-140号機。庇も凛々しい後期型のEF81が停車している。日本海縦貫線では、長岡、富山、敦賀といったところで所属しており、寝台列車、貨物列車、普通列車。全ての先頭に立った機関車だ。140号機も特急出羽の先頭に立った姿、記憶にある。オリエント急行が秋田を通るというので見に行った時だから1988年の秋だ。
 思わず眼福に主題がぶれそうになるが、今日は秋田港に向かう。改札を出て凍てついた道を歩く。15分程、街から港に出た所で汽笛が聞こえた。生きている鉄道の息吹だ。


 秋田臨海鉄道所属、DE10-1251号機がアイドリングしている。祝日明けの平日だから、貨物が無くて運休、なんてことになったら泣ける所だったが、勝負に勝った。

 10月にも訪問した秋田港駅を眺めて先程の機関車へと戻る。間もなく機関車が移動開始。停車していたコンテナ車の

 先頭に立つ。

 改めて生きている貨物駅、生きている臨海鉄道を見て感激するのだが

 何か雪が凄い。秋田市内でこれだけ天気悪くなるのか。
 初便の出発は7:15。ちょっと歩いてどこか線路際で列車を迎える事にする。この時間、道は雪に覆われ、吹雪いて視界も悪く、通勤ラッシュの車で道は混んでいる。

 場所を選んで列車を待つ。その間にも雪が降る。降るというか風に乗って横殴りで叩きつけてくる。自分も雪まみれになる。
 さらに視界が悪くなる。これはホワイトアウトというのではないか、と思った時に汽笛が聞こえた。

 嘘でしょ。

 辛うじて雪の中から浮かび上がった秋田臨海鉄道21列車。DE10-1251号機牽引。


 雪で見えない線路の先へ、慎重に進んでゆく。
 さて。すっかり雪にやられ切った。もう1本、後に控えているのだがその前に自分の体をどうにかしたい。コンビニに駆け込み、ホットコーヒー。何とか蘇る。
 再び歩く。今度は秋田港線の線路際へ。相変わらずのホワイトアウトぶりで道も渋滞する中を何とか何とか歩く。写真を撮る場所にも困ったが、

雪が落ち着いてきた所で秋田貨物駅から列車がやって来た。

 951列車~構貨1列車。DE10-1198号機牽引。
 列車は秋田港駅、右手の旅客ホームがある方に入った様子。折角なのでそちらまで赴いてみる。



 機関車は貨物列車から離れて移動してゆく。ポイントを切り替える前に雪をしっかり除けていたのが印象的。
 この後、貨車も秋田臨海鉄道に引き渡す筈だが、朝から2時間近く。ちょっと活動限界。一旦土崎駅まで引き下がる。コートに雪が付き、頭の上にも多分雪が載っている。客観的には雪男である。
 土崎駅に戻ると8時半近かった。この駅には駅そばのスタンドが健在。自分が土崎駅を使うようになった時には既にあったから、結構、老舗の蕎麦屋、という事にはなる。

 生き返る思いで天ぷらそばを頂く。汁まで全部飲み干して熱量の全部を吸収しておく。
 少し落ち着いてこの後の事を考える。先程、ホワイトアウトする中で撮った21列車の戻りは9:45に秋田港駅に着く。それまで間があるから、少しだけ奥羽線の様子を見てゆく。駅を出て南側、今でも土崎工場といいたくなる辺りのカーブ。土崎カーブと呼ばれる所に行ってみる。
 あらっと思ったのは仰々しい柵が出来ている事。小6の時、親のカメラを借りてここで写真を撮った時は、こんな柵なんて無かった。JRになって、たまに首都圏の103系が土崎に入場しているのを見に行っていたが、その時もこんな柵は無かった。
 撮るに困って


 適当に茶を濁す。こんな調子だと昔は撮れたから、と思って赴いても、今は撮れない、撮りづらい所はいくらでもあるのだろうなぁ。
 写真の人が数人集まってくる。何かあるのなぁと思ってみていたら


 EF81-140号機が土崎工場へと続く引き込み線に入ってゆく。何か出場車両を受け取りに来たのか。集まった人たちはEF81を追いかけて行ってしまったが、自分はそろそろ秋田港に戻る。
 朝の猛吹雪は落ち着き、コートの雪も落ちたが、まだまだ寒い今朝の土崎。港の方へと2度目の訪問。

 ひょろひょろ続く線路を眺める。雪は無いが海から風は強く冷たい。港に降る雪は残らず吹き飛ばされる。
 寒さに震えて待つ事しばし、汽笛が聞こえる。今度はホワイトアウトしていない。

 秋田臨海鉄道22列車。DE10-1251号機牽引。

 列車は風に負けない汽笛を残して、秋田港駅へと最後の一走り。
 さてホテルに戻る。今いるところからだと土崎駅まで戻るよりバスを使った方が早い。

 港から旧国道まで戻ると秋田駅まで行くバス通り。市内であれば1時間に3~4本は何だかんだと走っている。待つ事5分程。 

 土崎駅発というバスが来る。昨今の流行りなのか、系統番号が付いている。これは自分の頃には無かった。新国道経由土崎線とか、そんな感じに呼んでいた。
 先客ゼロを言うバスに乗る。少々寂しいが途中でお客さんが増えて、まぁ、公共交通機関にはなった。途中の新国道、よく知ったところだが、並ぶ店々はだいぶ様相が違う。見慣れないロードサイドになっていた。
 駅前まで行かずに降りるとホテルも近い。10時過ぎにはホテルに戻って来れる。チェックアウトは11時。冷えた体を湯船につかって温めよう、と思わなくはなかったが、流石にその時間はない。
 秋田滞在は今日まで。明日は仕事だ。本当なら夕方まで滞在できれば、昼間の秋田臨海鉄道を撮ってから、なんてことも出来るのだが、伊丹空港へのフライトは午後早いうちの1本だけ。新幹線を乗り継いで帰る、という手もあり、真っ正直に検討したが、地震の影響もあり、読めなかった。素直にJALで帰ると秋田駅12:40というバスが限度となる。
 ホテルをチェックアウト。駅の方へ向かう。市場を見てから駅構内。早いけどお昼ご飯。

 駅構内のレストラン街で稲庭うどんを食べてみたが、これはダメだった。麺自体は美味しいのだが、水が切れていない。ブランドに胡坐をかいている。何とも残念が気分になった。お口直しに

 スタンディングバーで日本酒の試飲セット。2種選べて500円。これは、良いね。
 少しお土産を買うとバスの時間になる。

 小雪の舞い始めた秋田駅前にバスが来る。乗客は10名ちょっと。思ったよりも多い。市内から空港まで40分程を揺られる。定刻に空港着。

 搭乗手続き。クラスJの窓側が空いているというので変えてもらってから展望デッキに出てみる。この時間、昼間でも凍っている。辛うじて雪が除けられた所を歩いて出てみるか、寒い。到着遅れの案内があったから一度待避してから、改めて到着便を迎えた。

 やって来たのはJA242J。揺れながらアプローチしてきて

Landing。これで帰る算段、立ったようだ。
 ターミナルに戻り、多少お土産を買い足す。保安検査を受けて搭乗口へ。


 出発は10分遅れるそうだ。待合室で出発を待っているのは30人ぐらいだろうか。1日3便だったものが1便に減らされているのだが、それでも乗客は少ない。その中には受験生らしい人とその親、なんて組み合わせもちらほら。明日は国公立大学の2次試験。秋田からはるばる京阪神の大学を受けに行くのか。大変だ。

JL2174 JA242J ERJ-190 AXT→ITM

 2月中の秋田発着便。羽田は4便すべて運休、新千歳もすべて運休で飛んでいるのは、今、目の前にいる伊丹ゆきの1便のみという極めて寂しい状況。その貴重な1便。伊丹からのフライトが10分遅れた影響で折り返し便も10分延で準備が進んでいる。
 14時ちょっと前に搭乗開始となる。さっさと乗ってしまう。窓側として指定して出てきたのは2A。ずいぶんといい席が残っていた。30人ぐらいの落ち着けばおしまいであり、14:06、搭乗完了しました、と前で声がする。14:07、Doorclose。操縦席に対して、29の0ですと伝えられるのが聞こえた。乗客29人。無償の2歳以下のお子様はゼロ、という事。搭乗率は3割ちょっととなる。
 前便遅れによる出発遅れのお詫びがある。伊丹までの飛行時間、1時間20分との事。上昇中、降下中、揺れが予想されるそうだ。 

 14:12、Pushbuck。14:17、Taixing。鉛色の空の下、誘導路を進んでゆく。

 滑走路に入ると一旦停止。ブレーキを掛けたままエンジンをフルスロットル。そして解放すると一気に加速する。14:22、Take off RWy28。

 小高い丘の上から空へと上がると雪に閉ざされる大地が広がる。それも一瞬、

 鉛色の雲の中へ。視界が無くなり、機体は大きく揺れる。ちょっとの間、揺れたのち、機内が明るくなる。

 青空が現れる。真下には日本海の水蒸気をたっぷり含んだ真綿の雲。この5分の変化は残酷だ。
 14:36、ベルト着用サイン消灯。飛行機は日本海岸を南下している。時折、雲の切れ間が見えて、笹川流れの海岸線が見えるようになる。日本海には白波が立っていて、相変わらず強風が吹きつけているのだろうなぁと思う。

 パソコンを取り出し京王線恥辱を進めつつ、コーヒーを貰う。これだけだと仕事をしている風だが、外の景色は気になるし、何かあればカメラを向ける人が仕事の訳がない。

 新潟県の上空に差し掛かっている。雲が取れて地上の様子がわかる。新潟市内は雪が無い一方で、ちょっと北にずれると大地が白くなっているのが分かる。昨日の秋田市内も同じくだった。
 14:46、機長さんから飛行状況の案内が入る。現在、新潟県上空、飛行高度7,500mとのこと。30分後には降下を開始し、伊丹には15:45の着陸を見込んでいるそうだ。10分遅れる旨のお詫びがある。伊丹の天候、晴れで気温は11℃、との事。
 新潟からは針路を内陸に向ける。大地は再び雲が覆いつくす。眼下には新潟県、十日市から松代、頚城あたりの豪雪地帯が隠れている筈。再び雲が切れると長野県、善光寺平になる。雪はすっかり消えていて、そこか春めいている。

 雪山が陽光を浴びていて、北国の春、という風情。さすがにちょっと早いか。

 上田平の向こうには富士山も顔を覗かす。

 諏訪平にも雪は無い。

 諏訪湖から南へ流れ出る天竜川の流れが伊那谷を刻んでゆく。もう太平洋側だ。吹雪焚き付ける日本海岸に比べると、信濃の国のなんと恵まれた事、と羨む。

 中央アルプスはさすがに雪山。陽光浴びる雪山も太平洋側の特権だ。そうで無ければ、それは春山と呼ぶ。飛行機は伊那谷に沿って南下する。15:10、15分後にベルト着用サインが点灯する旨の案内。そろそろ秋田からの空の旅も終わりが近づく。

 絵葉書が配られる。15年ぐらい前だと、特にリジョーナル機では相当な確率で配られたと思う。最近は幹線にしか乗っていないせいか、こんなサービスを受ける事も珍しくなった。
 飛行機は三河湾に出て知多半島を横切る。

 伊勢湾を横切った後の15:25、ベルト着用サインが点灯する。15分で着陸するとの事。伊賀の上空、高度を下げてゆく。山間から盆地に出た奈良上空で強めの揺れ。それが落ち着くと生駒を越えて伊丹への最終コースとなる。
 大阪市街、西日の中に見えてくる。

 逆光の中、大阪城が見えてさらに高度を下げる。普段より少し高いなぁと思っていたら

 左手に滑走路が見えてRWy32Rと知る。15:37、Landing。速度を落として誘導路へ。15:40、Spot in SP19。
 晴れで気温は11℃という伊丹空港に降り立つ。先程と10℃以上の気温差。

 夕方の陽を浴びるJA246Jもほっと一息だろうか。
 預けた荷物は無いので、そのまま制限エリアの外に出る。

 昼間のこの時間、意外と欠航便が少ない。1日1往復だけの就航も多く、どちらか一方に負担がいかないように、昼間の無難な時間に設定されているのかも知れない。2往復あるなら朝晩いけるけど。
 少々待ち時間があって、

 京都行きのリムジンバスに乗る。たまたま到着便が重なったようで、発車直前に客を集めてバスは出発。平日なので下道は混んでいる。高速道路に乗ってしまえば流れていて、まぁ何とか50分弱で京都駅八条口まで運ばれる。もう17時なっている。飛行機は速いが、前後の時間を含めるとさすがに移動時間が長い。
 八条口から改札に入る。ちらっと見えて奈良線ホーム。

 たまたま国鉄103系がいた。遠くで国鉄時代を懐かしんできたのだが、地元に近い京都駅にも国鉄の残り香。

【サイトアップ アクセスカウンタ】

 サイトアップはお休み
 アクセスカウンタは機能せず
 万歩計は25,470

2021-02-23

 4:15、時計のアラームが鳴り、次いでスマホのアラームが鳴る。定位置から枕元に動いていた時計は妻が準備してくれたようだ。感謝。
 思った以上に酔いが残っている。昨日は確か350ml缶のビールを飲んだ後に日本酒を少々飲んだはず。前なら全く問題ない量だが、ずいぶん弱くなった。
 緩々身支度。4:45には家を出る。始発電車狙いで膳所の駅へ。途中、酔い覚ましに水を買う。歩いてみるとまだまだと分かった。
 ホームに降りると内側外側、両方に接近灯が灯っている。ほぼ同時。内側に始発電車。外側に2063列車

 目の前に現れたのはEF66-27号機。予備知識なしに現れる古参機は心臓に悪い。
 始発電車に乗って京都まで行く。今日もこのパターン。2月の休日、朝のルーチンになりつつある

 117系の目覚めと貨物列車がこの後、2本。

 63列車はEF210-114号機牽引。

 65列車はEF210-172号機牽引。
 そして

 伊丹空港行きのバスに乗る。回数券を渡すと手元に残るのは3回分。今月買った回数券、今月使い切る勢いだ。
 今日のバスは空いている。眠いし寝てゆきたいが、京王線恥辱を進める。何とか定時運行のメドが立ち、空港到着となる。

 すっかり見慣れた欠航便の案内。102便、今日は×〇か。そこそこ人がいそうだ。手続きは無いのでそのまま保安検査を受ける。搭乗案内の紙、久しぶりに短い。

 朝からビール、という感じではなく今日は大人しく味噌汁とおにぎり。食欲もまだ無い。
 心がけて早めに席を立つ。

 17番にJL104が駐機している。今日はJA614J。

 14番にはJA710Jがいる。これは那覇行きのJL2081になるのだろう。
 先週土曜日とだいぶ様子が違うが、この影響。
www.bloomberg.co.jp
 一気に13機離脱なんて、B787の運航停止以来だろうか。機材が余りがちな状況なのが不幸中の幸い。
 さて、今日は16番搭乗口に向かう。ここ最近続いたJL102への搭乗ではなく

JL2181 JA211J ERJ170 ITM→HNA


 7:05、花巻ゆきに搭乗する。ちょうど事前改札が始まり、優先搭乗となる。さすがに対象者は少ない様子。まだ

 待っているのはJA211J。乗り慣れたERJ190より一回り小さなERJ170となる。モノクラス機なので選択肢なく普通席。後方座席を選んでいる。後ろのお客さま、という案内で機内に向かう。
 席が埋まらないまでも6割ぐらいは乗っていそうな今日の花巻ゆき。自分の搭乗手続きが33番となっているから、大きく外れていないだろう。
 7:01、Doorclose。上昇中降下中、揺れが予想されているのと、花巻空港強風のため着陸できない場合は伊丹空港に引き返す条件付き運航である事が案内される。搭乗橋が大きく離れてゆくと7:06、Taixing。16番から小型機の出発だと、ひと手間省けるのね、と認識を改める。手を振る地上係員に手を振ると、大きく振り返してくれる。これ、気付いて貰えた奴だ。
 飛行機は誘導路を南に、さらに南に。小さいエンブラエルだからA滑走路、32Rで上がるのかと思ったら、B滑走路まで足を延ばす。

 7:11、Takeoff RWy32L。途中でふんわり上がってそのままカーブに伊丹カーブに突っ込む。

 薄ぼんやりした伊丹の空。反転すると日が差してくる。

 何とも不思議な、そのままどこかに連れ去られるかと思うような景色が広がって青空の上に出る。7:18、ベルト着用サイン消灯。

 べたっとした雲の下は京都から琵琶湖に沿って飛ぶコース。晴れていたら真下過ぎて自宅近辺は見えなかっただろうが、湖南から湖東に向けての琵琶湖岸をなぞるようなルート取りをしている。長浜からさらに飛騨の方へと進んでゆく。
 飲み物のサービスが廻る。ワゴンが前から順々に廻って7割ぐらい行っただろうか。強めの揺れが来る。ガタガタと継続した揺れ。飲み物中断、ワゴンをしまい込むと7:31、ベルト着用サインが点灯する。

 真下には飛騨の山々。さらに北アルプスを横切るコース。じきに揺れもおさまると7:38、ベルト着用サイン消灯。飲み物のサービスも再開となる。さすがにワゴンは出さず、注文を聞いて配る方式になる。

 ひとまず、一息。隣が空席なので気楽に過ごせる。
 7:45、副操縦士から飛行状況の案内。現在、新潟県上空、37,000フィートを順調に飛行中。3分後には降下を開始し、ベルト着用サインを点灯させるとの事。花巻空港着陸時、山からの吹きおろしの風により揺れる事、着陸できない場合は再上昇することもあると説明される。花巻の天候は晴れ、気温は2℃と告げられた。
 そういえば、
ja.wikipedia.org
 この事故はウインドシアが原因だっけ。
 7:49、ベルト着用サインが点灯する。もうパソコンは仕舞って着陸に備える。

 窓外には雪景色が見えてくる。山形、天童のあたりらしい。一瞬見えて、そして雲に隠れて、さらに飛行機は北上しつつ降下する。

 雲が近づいてきて突っ込む。若干揺れつつなお視界の無い中を進む。 

 だいぶ高度が下がっている。もう水沢辺りまで来ている筈。再び雲が視界を奪い、次に目の前が開けると

 花巻の市街地が見えていた。飛行機は揺れつつ高度を下げてゆく。降りるのか、無理なのか、まだ判断付かないが、高度を落として落として滑走路が現れる。

 まだ降りる意志を感じるけど、なかなか着地しないな、と息をのむ。そして高度が下がって8:13、Landing、RWy02。心の中で拍手を贈る。Good Landing。

 飛行機は誘導路を進み、8:18、Spot in SP5、となる。前回花巻来たのは15年前の事。その時からターミナルの位置が変わっている。初訪問みたいな空港だ。

 ここまでお世話になったJA211Jを最後に一枚。制限エリアの外に出る。小さな空港だが、結構な賑わい。荷物検査に行列が出来ている。


 2月13日にあった地震の影響で今日まで東北新幹線那須塩原と仙台の間が運休中。常磐線東北新幹線の乗り継ぎ、なんてルートもあるだろうが、JALも羽田から臨時便を出している。

 小牧からはFDAがちょうどやってくる。千歳からのフライトもあり、ちょっとした発着ラッシュなのだった。
 バスの切符売り場にも少し行列ができていた。この時間、盛岡、安比高原、北上の三方面が出る様子。北上行きのバス、乗車券を買う。

 盛岡行きのバス、花巻空港駅にも寄る。空港駅を名乗っているけど駅があるのは滑走路の反対側。日本で一番役に立たない空港駅かも知れない。

 北上行きバスはマイクロバスだった。先客はおらず、小牧から来た人も乗らず。乗客1名が確定する。バス券売所の行列は何だったのだろうか。
 マイクロバスは自分一人を乗せて北上駅に向かう。

 今年は雪が多いと聞いていたが、このあたりで見る限りは大したことない。だいぶ溶けた感もあり、寒いといいつつも暖かな日も多かったのだろう。
 途中、北上工業団地で客扱い。工業団地からも乗車できるみたいなのだが、客はおらず。結局最後まで一人。乗り物は空いている方が望ましい、といいつつ、一人は気が引ける。寂しいし、今後の存廃が気になりだす。
 30分掛からずに北上駅は東口に到着。

 東北新幹線は今日まで地震の影響で運休。


 1時間に1本、仙台-盛岡を各駅停車で運行中。こまちはどうした?という感じだが、秋田-盛岡1日6往復の暫定運転。盛岡発9:04の次は12:35まで開いている。この時間に北上について秋田に向かうと秋田到着は14時だ。
 ひとまず切符を買う。何の企画乗車券も思い至らない行程、日程なので普通に普通乗車券だけを買う。3,080円。高いとは思わないが安くもない。普通に買うとこんな感じか。
 列車の出発時刻には間があるが、改札を通る。

 東北線、盛岡ゆきの電車が停まっている。まだまだ使い倒しそうな701系の武骨な姿を見る。701系が無くなる日も、いずれ何時の日にか来るのだろうが、惜しむのだろうか。何であっても無くなるものは美しくなる、のか。

 北上線キハ100系の姿が見える。これも新車と思っていたがまもなく30年選手になろうとしている。
 今日は北上線に乗る。次の発車は10:02だが、既に列車は停まっている。とりあえず乗ってしまおう。さすがに車内、先客はいない。


 2両の内装が違っていて、経年車であることを知る。

 東北線の下り、次いで上り電車が来る。姿は見ていないが、新幹線も上下とも来た筈だ。そんな訳で乗り換え客が三々五々、集まって来た。ボックスシートがさらりと埋まって、ロングシート部分もちらほら。スーツケースを持った人が何組かいる。新幹線が機能不全になっている分、長距離客が北上線を選ぶ、という事もあるのかも、知れない。

 出発時間が近づくと北上駅、雪が降り出す。ちょっとした吹雪。先程、雪は大したことないなぁと思ったけど、降る事は降っている。そして外に出ればそれなりに冷えている。
 助手席に保線員が乗り込んで北上出発。東北線の線路と別れる。走り出すと雪が結構激しくなる。

 わずか数分で景色も分からないような猛吹雪になった。景色も見えなければ前も視界不良。警笛を鳴らし列車は二人の目で進んでゆく。どこかの駅に停まる。意を決したお客さんが降りてゆき。乗る人は雪まみれになって駆け込んでくる。

 一駅ごとに雪深くなる今日の北上線和賀仙人の駅は列車が停まる所だけは綺麗に除雪されて、後は雪に埋まっている。

 錦秋湖の脇を通っている筈だが、ダム湖も分からぬまま列車は雪の中、雪の中へと分け入る。良く走ってくれると感謝するしかない雪道。

 ゆだ錦秋湖の駅も雪に埋もれる中、辛うじて駅へと続く道の部分だけ、しっかり除雪されている。
 少し行く道が気になり、運転席の後ろに立ってみた。

 行く手の線路、完全に雪に埋もれている。この列車、雪を除けつつ進んでいるのだった。
 温泉併設のほっとゆだで地元の人が入れ替わり、多少お客さんが減る。県境を越えた黒沢でようやく上り列車とすれ違う。ここまで行く手を凝視してきた保線員は上り列車に乗り換え。

 先程すれ違った列車が切り開いた道を下ってゆく。
 列車は秋田県内に入っている。昔の山内村いぶりがっこと山内杜氏の村も雪に埋もれている。途中、村の中心地、相野々でお客さんを少々集めると里へと下りてゆく。その里、横手の街が見えてくる。ここも雪に埋もれている。人が住まない廃屋が雪で潰されていた。
 終着、横手に定刻到着。これだけの雪を越えてきても定刻。

 列車の顔はすっかり雪まみれになっていた。
北上から乗り通した人を含めて下車する。

 横手駅。いつの間にか橋上の小ぎれいな駅になっている。記憶にある平屋の駅との違いに戸惑う。
 次の列車まで30分強、待ち時間がある。時刻は11時過ぎ。昼食には早いがお昼ご飯を頂こう。駅前にある焼きそばも出す店に入ってみる。

 先客が2組4人。寂しくはないが空いている。カウンタ席の境には立派な衝立があってにわか一蘭になっている。
 ご当地名物の焼きそばを注文。待つ事暫く。地元の人がやってきて晴れたり吹雪いたり変な天気だ、という事を店の人と言葉を交わす。もちろん意訳で少し聞き取りにくく、字面には表現できない、自分は何とか理解できる秋田弁で。
 案の定、焼きそばは早かった。

 目玉焼きと福神漬けが添えられた太麺。横手焼きそばを頂く。昔から横手には定着していた食べ物。でも秋田市内に住んでいた自分は知らなかった。本当のB級グルメってのはそんなものかも知れない。
 出てくるのが早ければ食べるのも早い。乗換30分でも十分に余裕をもって食べきれる。駅に戻る。

 駅の脇、コンテナが積まれている。貨物扱いがあるのだが、貨物列車の発着は無い。自分が秋田に居た頃は秋田貨物-横手の区間列車があってDD51が牽引していた。今はトラック代行の筈。

 横手-秋田貨物 自動車代行 とフロントに表示したトラックが停車している。トラック輸送をする区間はいくつかあるのは知っているけど、わざわざトラックに明示する扱いは初めて知った。

 改札脇には東北新幹線運転見合わせの案内。この時期、受験を控えて上京する人は大変だろう。自分も25日の受験に先立ち、23日には秋田から東京に行った覚えがある。
 東北各駅、列車別改札が建前だと思うが、横手駅も自動改札になっているので、駅構内には入ろうと思えば入れる。案内は無かったが入っておいた。


 ホームに降りる階段にマスク着用のマナーポスターがいくつも。バカやってんなぁと思うけど、全力でバカが出来る職場は素敵だ。
 この時間の横手。日が差している。吹雪いたり晴れたりの吹雪いたりターンか。まもなく

 701系2両の普通列車がやってくる。1993年生まれだから28年目になる所。同い歳の車両には少なくとも転機が訪れているけど、この車両はしばらく置き換わる気配を何にも感じない。
 横手に出て来たお客さんを降ろし、入れ替わりに乗る。列車は空いている。

 ゼロではないのだけど2両目に座る人は数人だった。先頭の方が人の姿が多く見えるが、それでも全体人数は知れている。
 昔は上野直通の特急が走り、仙台行きの急行、上野方面の夜行列車が数多く行き交った奥羽本線。高速化の波に取り残され没落した区間に姿を見せるのは701系のみ。だいぶ寂しい区間だが

 途中、臨時列車か何かを見かける。今年の小正月はどこも開催縮小で、そもそも23日だと小正月の期間でもないが、さて。

 沿線、晴れたり、

 吹雪いたり。目まぐるしく変わる天気。風は強く、遮るものの無い区間では列車が少し変な揺れかたをする。まぁこんな吹雪の中を歩かなくて済むだけ、ありがたい。
 お客さんが増えてきて秋田に13時過ぎ到着。北上から3時間が掛かっている。この高速化時代に何という鈍足ぶり、なのだが、新幹線が機能不全に陥っている今日、10時に北上にいるひとが秋田に来ようとすると北上線経由が最速だった。秋田新幹線を待っていると秋田到着は1時間遅れて14時になる。

 ここまでお世話になった701系も顔に雪を纏っている。今日はこの先、もう少し移動がある。乗換列車は1番線に見えている。跨線橋を渡ろう。

 「きたかみ」「きたぐに」「おが」「千秋」懐かしい名を記したサボのレプリカが飾っている。ラミネートされているから紙製だろうが、よく知っている人が作ったに違いない。

 秋田を行きかった寝台列車たちのヘッドマークも模されている。

 「あけぼの」「天の川」「津軽」「かもしか」

 学生時代、帰省で乗った津軽

 高校の修学旅行で京都から乗った日本海
 何か、デスマスクが並んでいるような気がしてきて、少し居た堪れなくなる。これだけたくさんあった優等列車も全て消えてしまった。記憶を一気に80年代に戻すような演出から目を覚まし、そこにいるのは

 1977年投入。あの頃を知るキハ40。2両編成の気動車が1番線で発車を待っている。北側に切り欠きで設けられた1番線は男鹿線の指定席、みたいな印象が強い。装いは違えども、あの頃を思い出すには十分な景色だ。

 そこに貨物列車がやってくる。2093列車。EF510-4号機牽引。あの頃ならばEF81だろうが、赤い電機だから、雰囲気は崩していない。
 貨物列車は早々に出てゆく。代わりに上りの普通列車が入って来たので見に行く。

 こちらの列車には「ありがとうキハ40・48」のヘッドマーク。あと3週間で秋田局管内でのキハ40系の命運も尽きる。あの頃の秋田駅も、全て潰える。 さて、秋田駅といえば秋田駅構内営業関根屋さん。相変わらず駅の隅っこに追いやられたままなので、焼きそばを食べた後だけどお弁当を買っておく。そんな訳で

【今日の駅弁】あきたこまち弁当 ¥1,000 株式会社関根屋



 要するに幕の内弁当。あとは鶏めし的なまねっこ弁当した残っていなかったので。
 駅弁なので冷まして売っている。だからご飯も冷たい。けど美味しい。冷めても美味しいあきたこまち、と、登場当時は売っていた事を思い出した。

 さて、列車は男鹿行き。キハ40が2両。先頭車セミクロス車だが、後の1両はロングシートに改造されている。前の方はそこそこ乗っており、後ろは空いている。普通、改札に近い方の車両が混むものなので、本来なら後ろの方が混むはず。ロングシートは嫌われている、という事が良く分かる構図になっている。
 幸い、ボックスに空きがあったのでそちらに座り出発を待つ。13:38の出発になる。国鉄末期からJRになった頃、男鹿線の秋田出発時刻は毎時40分と綺麗に整えられていた。今も概ね1時間毎ではあるが、昼間は12:07の次が13:38、その後は15:28とだいぶ減らされ、覚えにくくなっている。30年でだいぶ退化してしまった。まぁ秋田県の人口も2割減っているし、お客さんも減っているのだろう。
 定刻に列車は秋田駅を離れる。構内をゆっくりと進むと本線に出て緩加速。車体が重たくなった割に非力なままのエンジンを積んでいるので、なかなか加速しない。JR後にエンジンを換装した場合もあるけど、秋鉄局にいるのは非力なままのオリジナル車である。
 手形を抜けてカーブして、旭川を渡る頃になってようやく速度が乗ってくる。この先、昔の秋田操駅。今後の改定で新しく泉外旭川駅が出来る所。キハ40系列の場合だと、ようやく速度に乗ったところで減速する事になった筈。
 秋田から土崎は隣駅だが、距離は7.1㎞もある。京王線なら新宿から桜上水だ。とはいえ、このあたり、泉も外旭川も昭和の頃から住宅街になっていたところで、駅開設を願う声が高かった。民営化の前後には、新駅設置予定とした住宅広告もあった筈だ。
 当時は全国各地、新駅を作って客を増やし、列車の運転頻度を高めて利便性を高める動きがあった。当時の秋鉄局。奥羽北線の動きに関して言うと、男鹿線が毎時40分になり、奥羽線八郎潟までは概ね1時間毎の運転になっていた。秋田市内、秋田-追分で見れば概ね30分毎の運転は確保されていた。後は駅の問題。小学から中学に上がる頃の自分にとっては、根拠もなく駅が出来て当然と思っていた。最低2駅。できるなら4駅ぐらいあっても不思議はない。旭川橋梁の手前に一駅。天徳寺のあたりに1駅。操駅のヤードが尽きて上下線が合流する辺りに1駅。最後に将軍野の自衛隊前へ続く通りのあたりに1駅、と。
 平均駅間距離2㎞弱なら、世の中的には不思議はないと思う。住宅も多いから沿線人口は問題ない。問題は走る列車だったかも知れない。何しろ非力はキハ40か、古いキハ22。それに電気機関車が牽引する客車列車だ。先程の通り、加速途中でブレーキとなる。所詮は中坊の妄想だったのである。
 年月が流れに流れ、妄想が一つ現実になる。
news.mynavi.jp
 駅名は泉と外旭川、二つの地名を合成したもの。場所は秋田操駅だったところ。正確に言うと秋田機関区だったエリアとヤードがあったエリアの境目ぐらいである。自分が住んでいた頃には夢にも思わなかった。上下線が離れており、駅が出来るとは思えなかった所である。
 ようやく速度が乗った列車は既にできている泉外旭川のホームを通過すると、縮小された秋田貨物駅を通り過ぎる。この辺りも自分が住んでいた頃とは線路の様子はだいぶ違う。非力な速度のキハ40も走りに走って土崎までの7.1㎞を8分程。京王線の急行よりは速いぐらいで土崎に着く。
 土崎で早くも乗り降り。列車は市内の北側へ。この先は3㎞ぐらいの間隔で駅がある。だからこそ、何で秋田-土崎は駅が無いの?状態。
 列車は追分を出ると松林の中を走る筈だったのが、林がなくなっている。鉄道防雪林だった筈だが、雪が少ないから不要になったのか。代わりにあるのが、太陽光パネル。羽刕街道の7号線を挟んだ海側には松林が残っていて、その向こうには風力発電の施設が並んでいる。原発でないだけ良いけど、人がいなくなって電力を供給するだけの土地になりつつあるのは寂しい。車窓にようやく松林が現れた所で奥羽本線と別れる。か細い線路を走るようになると、なぜか加速の悪さ、エンジンの非力さが気にならなくなる。3㎞毎ぐらいに駅はあり、記憶にない、真新しいけどこじんまりした駅舎が現れる。

 車窓、窓外には鉛色の雲。八郎潟調整池へと続く船越水道の水色も鉛色。人の恰好も地味で、鮮やかなのは二田ですれ違った、新型車両、EV-E801系の車体だけである。
 脇本の駅も見覚えのない、真新しい、小さな駅舎になっている。脇本は親に連れられて寒風山に登った時に降りた事がある。当時は新車だったキハ40に揺られて、脇本まで来て、帰りも男鹿線だった。駅舎は木造の古びた立派な駅舎だったし、キハ40の朱色、キハ58の国鉄急行色。鮮やかな車体が青空によく映えていた。残念なのが、当時の脇本駅、貨物も扱っていて、日本でも数少ない原油の積み出しをやっていた事に全く気付かなかった事だ、
 脇本を過ぎるとちょっとした峠を越え、昔は男鹿半島観光の玄関口だった筈の羽立駅。今はそんな機能はとっくに喪っている。観光バス会社の車庫があるけど、名残はそのぐらいかも知れない。
 秋田駅から55分。非力なキハ40が終着の男鹿に着く。

 こちらも見覚えのない駅になっていた。古い駅舎は辛うじて残っているが、駅の位置が変わって、真新しい駅舎、そして道の駅が出来ている。その代わりに船川港まで伸びていた貨物線の痕跡はない。
 男鹿線の折り返しは15時半過ぎとなる。1時間待ち。ちょっと男鹿の街を歩いてみようと思っている。下調べをしたら珍しいものがある事に気づいていた。
 昔は船川港まで伸びていたであろう跡地沿いに歩く。

 線路がぶつ切りと残っていてドキッとする。なおも歩く。このあたりの道路、舗装も新しく、線路跡を整備したエリアらしい。線路跡の向こうには船川の港。なんだけど、船の姿も少なく、寂しさが募る。

 港を横に見て、日本海を渡る風に身を凍らして先へと進む。男鹿駅から1㎞程。歩数稼ぎには良い距離。目的地らしいところに着く。

 「うどんそば」の自販機。秋田県内だと土崎港に設置されたものがあまりにも有名。
www.nhk-ondemand.jp
 NHKドキュメント72時間にも取り上げられ、今は道の駅で動態保存みたいな感じになっている。
 男鹿の物は地図に出てきたから認知はされているのだろうが、それほどでもない様子。ならばと思って楽しみにしてきたのだが、

 天ぷらそば、天ぷらうどん共に売り切れの文字。残念。
 駅まで戻る。その手前、道の駅が整備されていたから寄ってみる。

 道の駅、駐車場の一角に踏切が保存されている。もともと別の所にあったようで、先程見かけた線路とは90度向きが違う。

 道の駅、物産館にも寄ってみた。野菜とか魚とか、買って帰れば安くてよいのだが、さすがにナマモノは持ち帰り辛い。そんな中でうっかり買ってしまったのが蕗の薹。ばっけ味噌を作りたいのだ。
 駅に戻る。折り返しの秋田行き。発車10分前に改札開始だそうだ。
 真新しい駅舎。2階が展望デッキ風になっていて駅構内を見る事が出来る。


 先程乗って来たキハ40が停まっているその横には

 入れ替わり男鹿線で活躍することになるEV-E801系。その増備車が試運転で来ている。昨年、膳所で増備車の甲種輸送を見送ったけど、その運用開始は3月の改定を待つ。ひと冬走り込んで、満を持してのという扱いみたい。
 改札が始まり、構内に進む。


 新旧の車両を改めて眺める。701系の例を見ても分かるように、EV-E801系もこの先、30~40年のスパンで使われることになるのだろう。恐らく、この車両の終わりを見届ける事はそろそろ難しい。その時まで男鹿線が、いや、秋田県という地が根を生やし生き永らえる事を願ってならない。
 さて、と。秋田に戻る。帰りはゲテモノ改造車のロングシート車輌を選んでみよう。

 二つドア、デッキ付きだったキハ40が長ロングシートになっている。キャセイパシフィックのラウンジならロングバーなんて優雅な感じになるが、秋田は男鹿のキハ40ではそんな優雅なものにはならない。

 不思議なのはこの立席スペース。登場当時のプレスリリースではデッキに立客が滞留するのを防ぐため、とあったように思う。あくまで記憶だから違うのかもしれない。でも、それを見て、わざわざ車両の奥まで入って立つ人いるかなぁと思った記憶がある。デッキに立つのは降りやすさを求めてであり、立ちスペースを求めてではないのでは?と。実際有効だったのだろうか。秋鉄局に於かれては総括して頂きたい。
 列車は空いている。わざわざこの超長ロングシートを選ぶ人は、それほどいないか。でもゼロではない。
 出発時刻。汽笛が鳴って列車が動く。先程、船川港を歩いた時には晴れ間が見えて、寒風山が見えていた。この時間の男鹿。雪が降り始めている。結構な勢いで景色が白くなり始める。

 脇本の田んぼも寒風山は姿を消し、白くなり始めていた。
 列車は船越で乗客を集める。ワンマン扱いなのでドアが開くのはこちらの車両。だんだんと長ロングシートもお客さんで埋まってゆく。

 船越水道。先程とは逆側の景色。鉛色の空の下、鉛色の水道があって、コンクリートの水門が見えている。来るときの海側と景色としては一緒だった。
 二田でまたEV-E801系と会う。昼間は2本の列車が行き来しているだけのダイヤらしい。男鹿線の真骨頂は朝晩か。二兎は追えないので仕方ない。先程来た道、先程来た駅をなぞり返す。今度は秋田まで1時間。最後は土崎からの7.1㎞を緩々と全力で疾走する。貨物駅を抜けると今日二度目の泉外旭川駅を通過。速度が緩むと本線をガタガタと渡る。
 16:40、もといた秋田駅1番線に戻る。 

 キハ40自体はまだまだ、JR西日本にはいっぱいいる。まだ機会はあると思うけど、自分の中で一つの時代が終わるような、そんな感傷を覚える。
 勝手にピリオドを打つような感想を持ったが、秋鉄局のキハ40は最期まで全力で働いている。今日は祝日だが、平日であれば夕方の通学時間帯。この後、男鹿に向かう普通列車

 キハ40を5両連ねている。昔は夕方の男鹿線、50系客車を8両連ねた列車があって、先頭にはDD51が立っていた。鈍足のキハ40よりもさらに10分だったか15分だったか遅かった記憶がある。それに比べると5両で輸送力列車とは認め辛いのだけど、キハ40を5両連ねる列車何て、今やなかなか無い筈。もしかしてミャンマーあたり行けば5両連ねたキハ40なんて運用があるかも知れないけど。

 自分がいた頃は輸送力列車は客車だったからなぁ。JRになった後でも奥羽線には50系10連がいたし。気動車を5両連ねる列車。あったかも知れないけど、記憶にない。
 今日は秋田市内に泊まる。明日の事を考えると、土崎の方が都合が良いのだが、ホテルを調べていたらキャッスルが安価に出ていて、ついプチっとしてしまった。なので、明日はちょっと動きづらいが秋田駅の近くに泊まる事になる。
 秋田駅前、人が少ない。その人気の少ない街を歩いて予約したホテルに投宿する。こちらもあまり人の気配がしない。そろそろ日の暮れる時間。夕食を兼ねて軽く飲みに行く。 

 先程までは雪の無い秋田市内。ホテルに入った数十分の間に道が凍った。雪は降るというか、飛ばされている。ブリザードといいたくなる天気。雪が堆く積もる横手は非常に気の毒だが、この時間の秋田も天気は決して嬉しくない。
 凍り始めた道を歩く。多少の心得はあるから、30年秋田を離れていても、雪道は普通に歩ける。

 川反にも人は少なく、やっている店も限られている。こんな調子じゃただでさえ大変な経済がもっと廻らなくなるようなぁと思う。
 一通り廻ってみたが、入れる店も限られ、前回も訪れた所に安全サイドで入ることになる。

 ヱビスビールを生でいただく。食事は郷土料理を少々。単なる観光客にした見えないだろうなぁと思いつつ。

 ヱビスビールを生でいただく。食事は郷土料理を少々。単なる観光客にした見えないだろうなぁと思いつつ。

 ハタハタ寿司、ハタ寿司下さい、とお願いして出して貰う。

 今日のおすすめというだだみの天ぷら。ビールじゃないなぁと思い詰めて

 日本酒に切り替える。酒は天下のヴィクトリア・ピーク、じゃなかった太平山。

 前回、感激した棒アナゴを頂く。薬味の準備が色々あるけど、これはこのまま何もつけずに食べるのが美味しい。

 日本酒をもう1本。今度は心に響く四季の酒、高清水を1合頂く。
 ちょっとピッチが速いのでいったん店を変える。次は制約が解けるので適当に店を選ぶ。けど振り幅が非常に大きくなった。

 老舗のオーセンティックバー。先客が二人、カウンターの両端にいる。ロングシートの三人目みたいな感じで座る所に迷うが、王道で真ん中へ。
 先程、ビールにハタ寿司なんて冷えるものを食べてきたので、

 アイリッシュコーヒーを頂く。お通しにビーフシチューが出てきて、これまた外のブリザードから身を守る貴重なものを頂いた気分になる。
 ついでに

 サンドイッチをつまみ、もう一杯何か、が散々悩む。メニューが声に出して読みたい状態なのである。まぁ声を出したら思いっきり迷惑だけど。散々悩んだのに

 結論は地元貢献。そふと新光でおなじみ、秋田県醗酵工業のジンを使ったジントニック。散々ウイスキーで悩んでおいて、ジントニックって、バーテンダーさんにはどう受け取れられるか。とは思うものの、見た瞬間、飲みたかったのである。秋田杉ボタニカル。
 早くから飲んで出来上がってしまった。本当なら秋田駅頭、去り行くキハ40系列を迎え見送り、とすべきだろうが、そんな感じではなくなる、飲んで出来上がりホテルに戻ってなお飲む。明日に差し支えないように、とは思うものの、さてどうなるか。

【サイトアップ アクセスカウンタ】

 サイトアップはお休み
 アクセスカウンタは機能せず
 万歩計は22,238

2021-02-22

夢に父親が出て来た。しばらく電話していないなと思う。ちょっと気になるが朝である。起きて身支度。すぐにルーチンに没頭しても出掛けるのがちょっと遅れる。
 1本目の京阪電車は逃し、2本目も怪しかったのだが、

 思いがけず間に合う。体重が落ちたせいか、歩く速度が上がっている。近江に来てまもなく3年。会社帰りに飲みに行かず、歩くことを心掛けた。錘にしたら結構な量が落ちている。負荷も減った筈だ。
 上り電車とバスを乗り継ぐ。会社に7時。定時前に1時間ほど。今日は貴重な自分の時間だが、取り組む仕事は週報。提出することにあまり意義は感じていないのだが、一週間の棚卸しと理解すればいいのだろうか。いやいや取り組むよりは意義を見出す方が良い。
 定時になると今日は会議の羅列。兼務になってから対応する会議が3倍ぐらいに増えたが、その中でも今日は多い。この辺にも意義を見つけるか、そうでなければ異議を唱えるか、か。
 夕方。定時に切り上げる。まだ明るい時間にバスに乗るのは久しぶり。駅に出ると普通列車のタイミング。でも石山で降りる。少し歩きたい。

 京阪電車麒麟が来た。暫く残すのかと思いつつ帰宅すると19時。今日はこの後、会社の人と久しぶりにWeb飲み。その前に帰りが遅い妻用に夕食の支度。明日の支度。飲んで寝てしまいそうなので軽くシャワーを浴びておいて、それから。多少遅れる。
 明日が早いので早めにお暇したが、それでも思った以上に飲んでしまう。飲みに行かない話を書いていた筈なんだけど。前言撤回。
 そういえば、区役所から午前中のうちに返信があった。納付書を発送しました、と。思った以上に仕事が早い。紙を失くしてもくよくよしなくていい事を学ぶ。紙は神様ではない。ただちょっと面倒くさい。

【サイトアップ アクセスカウンタ】

 サイトアップはお休み
 アクセスカウンタは機能せず
 万歩計は14,225

2021-02-21

 自然に任せて目を覚ますと5時半過ぎだった。早っと思うが眠れる感じでもなく、起きてしまう。日曜日。今日は大人しくする一日。
 朝、多少でも散歩をして歩数稼ぎをしておくべきなのだろうが、タイミングを逸してそのまま朝食からの洗濯。昼は暖かくなるそうで、久しぶりに全ての洗濯物を外干しにする。
 午前中、少し歩いて、貨物列車の写真も撮ろうと出掛ける事にする。ついでに買い物。そして公共料金の払い込み、牛乳パックをスーパーの回収箱に出す、色々と思い至り、まとめて出かける。
 大津の上下水道ガスと横浜の固定資産税、二つの払い込み用紙をコートのポケットに入れ、プラスチックトレー牛乳パックをまとめて、出掛ける。先にゴミ捨て、その後にコンビニ。払込用紙を出すと、1枚足りない。あれと思う。
 慌てたがひとまず大津の上下水道ガスは払っとく。固定資産税、持ったつもりで置いてきたか。或いはどこかで落としたか。来た道をたどって家に戻る。やっぱりない。もう一度行った道を辿る。まさか一緒に捨てたりしてないよね、とわざわざスーパーの回収箱も見てみたが、無い。いよいよ落としたらしい。正直凹む。
 調べてみると再発行は出来るような雰囲気だったので、区役所の税務課
www.city.yokohama.lg.jp
 に問い合わせのメールを送っとく。すっかり意気消沈。貨物列車撮影のタイミングも気分も逸したが、ひとまずスーパーに行って卵だけは買っておいた。
 お昼ご飯のあと、5087列車に合わせて出掛ける。石山方面へ行き

 1062列車、EF210-133号機牽引。

 5087列車。EF65-2101号機牽引。

 68列車。EF210-150号機牽引。都合3本。効率よく撮影。
 午前中、歩き貯めるつもりが機会を逸したので、午後は少し余計に歩く。
 螢谷にある石山寺の駅


 京阪電車を2本みる。前は石山寺の駅までくるとだいぶ歩いた感があったが、最近は近所感を覚えつつある。
 時計を見つつ14時に折り返すべく瀬田川沿いを南下する。

 一週間後に控えたびわ湖毎日マラソンに伴う交通規制の案内が出ている。大津市内の湖岸道路、先週歩いた西大津。ほぼ自分の行動範囲で成り立つ42.195㎞。
www.nikkansports.com
 とはいえ、今年で最後の大会だそうで。大津というと撤退とか中止とかそんな後ろ向きな言葉ばかりがつきまとう感じが否めず、まさかマラソンまで無くなるとは思っていなかった。日常生活にマラソンは無くても良いけど、百貨店があって、毎年一回、近所が全国に中継される街に住んだ筈なんだけどな、とは思う。


 瀬田川と琵琶湖は無くならないと思いますが、これも永遠ではない、か。

 こちらは消えたものの痕跡。信楽から石山まで国鉄~JRバスが来ていたのは20年前までだった筈。
 14時まで南下と決めて歩く。南郷の洗堰にはわずかに届かず折り返し。15時前には国道1号の所まで戻って来た。少しだけ貨物列車。

 5070列車。EF210-301号機牽引。

 2059列車。EF66-112号機牽引。

 3095列車。EF510-501号機牽引。
 時間の近づいた3本を撮って撤収。



 京阪電車を適当に撮る。今日は地味なのしか見ないねぇと思うが、それも含めて定点観測という。
 帰宅は16時半過ぎ。昼間干した洗濯物は気持ちよく乾いた。

【サイトアップ アクセスカウンタ】

 サイトアップはお休み
 アクセスカウンタは機能せず
 万歩計は31,607

2021-02-20

 夜中一度目が覚めて、もう一度3時半過ぎに目が覚める。ここから寝るのが少々怖いが、次にやって来たのは目覚ましの音だった。早朝というよりも深夜かな。起きだす。
 身支度をして5時前には家を出る。京阪電車はこれから始発という時間。膳所の駅までてくてく。いつも通りか。下りホームに立つと

 始発電車で京都まで。乗換。少し間があるので

 目覚めた117系やら

 夜を徹してきた63列車、EF210-145号機やら

 夜を徹してきた65列車、EF210-143号機を撮る。
 さて本当に乗り換えないと乗り遅れる。八条口に出て

 伊丹空港へ向かうリムジンバスに。今日は50%近く埋まっている。混んでいるというのが最初の印象。明らかに先週11日よりは客が多い。
 一番後ろの5人掛けに座って空港まで京王線恥辱を進める。50分弱で運ばれる間に朝がやってくる。
 空港に6時半前


 減便ダイヤは相変わらずで欠航の赤が目立つ。ひとまず手続き。今日もアップグレードを依頼する。普通席だった所がクラスJにはなったがそれ以上は無理。今日はここまでだろうなぁと内心思いつつ保安検査を抜けた。
 先週は手続きに時間を要して寄れなかったラウンジに。入った瞬間、混んでいると思う。実際にはそんなでもないだろうが、人が多いのは事実だと思う。そういえば今週末は飛び石連休だ。今更思い出した。

 軽く朝食を済ませると早々に席を立つ。搭乗口へ進もう。

JL102 JA250J ERJ190 ITM→HND

 お馴染みになりつつある102便。今日は18番搭乗口からの出発。

 待っているのはJA250Jであった。もはや違和感のない東阪線ERJ190。搭乗待合室は少々人がいる。手続き前に出ていた出発案内ではクラスJ×普通席〇と出ていたし、ラウンジの様子から見ても今週末は人が増えているようだ。

 搭乗開始となり、機内に進む。意図したわけではないが今月乗った3回は全部同じ座席になった。ひとまず落ち着く。

 お客さんが増えているからかすんなりドアが閉まらず、地上係員が来たりして少々バタバタ。それでも7:06、Doorcloseとなる。7:09、Pushbuck。定刻運航。

 7:13、Taixing。飛行機は誘導路を南に進む。青いDHC-8-Q400を追い抜きとさらに南へ 

 滑走路手前まで来て歩み入る。7:20、Take off RWy32L。鈍い日を浴びる街が斜めに広がり、

 そして機体は左に旋回してゆく。日が機内に鋭く差す。窓外に雲。一瞬で雲が眼下となる。7:25、ベルト着用サイン消灯。羽田到着時刻8:15と案内がある。こちらも定刻だ。
 ERJ190には電源があるのがありがたい。充電を兼ねてパソコンに向かい京王線恥辱を進める。

 窓外の雲が切れてくる。伊勢辺りの景色が見えて海に差し掛かる。東の方が天気がいいようだ。
 飲み物のサービスが来た。コーヒーを貰って

 家から持ってきたキットカットで勝手にクラスJ茶菓子。前回の記事を面白がった妻が昨晩、茶菓子を色々と持たせてくれた。でも機内でキットカットだとスカイマークになるのか。

 飛行機は既に羽田への後半戦。南アルプスが見えてくる。さすがに東阪線は時間が短い。間もなく

 窓外に富士山が見えてくる。手前に三保の松原、静岡の街。駿河湾を渡ると今度は伊豆半島が近景に変わる。

 ちょっと霞んでいるけど、まぁまぁ良いフライトではある。
 降下の感触。7:51、間もなくベルト着用サインが点灯する旨の案内が入る。窓外には相模湾。7:54にベルト着用サインが点灯する。前に見えていた三浦半島が大きくなってくる。

 今日は房総半島の上空を飛んでいる。遠くに羽田空港が見えてなお北上。今日は南風運用か。春を覚える。

 千葉の街が見えてきて、飛行機は左に左に。最終コースとなるようだ。埋立地を見てC滑走路を横目に8:10、Landing、RWy22。国際線ターミナル前で誘導路に。多数の失業機を見て国内線ターミナルに向かう。

 相変わらず休息を取る飛行機の姿が目立つ。8:17、Spot in SP23。
 降機。

 そこそこあちこち、乗り継ぎの人がいる今日の102便、自分のフライトは表示されていないが、まぁ時間には余裕がある。

 23番、次のフライトは昼過ぎの山形、となっている。一週間前に起きた地震の影響が出ていて、東北新幹線は運休中。東北方面、花巻、仙台の路線が無い所も含めて臨時便が出ている。

 この人がそのまま山形ゆきになるのを待つのかどうかは知らないけど。
 乗り継ぎ時間がある。いったん制限エリアの外へ。

 朝の第一便が到着するラッシュ帯の筈だが、ナイトステイほぼ回避。この時間の到着便は数える程。よって到着ロビーにも閑古鳥が啼いている。
 いったん空港を離れる。京急の改札へ。まもなく発車する品川方面に乗り込む。

 77K運用、3041編成で品川まで。時刻は9時ちょっと前。すぐにJR線の改札に入る。まもなく

 東海道線のホームに見慣れた白地に緑のストライプがやってくる。185系を15両連ねた特急踊り子3号。飛行機の乗り継ぎの間に乗るものでは無いが、今日はちょっとだけ乗る。
 修善寺編成の自由席に居を据える。空港が混んでいた通りにこの列車もそこそこ乗っている。均せば半分以下かも知れないけど。温泉客が半分、おなごり乗車の人が半分だろうか。走り出すとサハ185の車内にも遠くからどことなくモータ音が耳に届く。明らかに今の電車とは違う走りを楽しむ。
 今日は残念ながら横浜で下車。


 あまりに短い18分。文字通りあっという間だった。名残惜しく見送る。
 見送った後は京急線改札へ。

 7D運用1343編成のエア急で羽田空港へと戻る。時刻は10時になっている。あと1時間少々で次のフライト。


 この時間、欠航便が目立つ中、東北方面の臨時便が目立つ。仙台にも10時半にフライトがあって、普通席で△だから、結構な混んでいる様子。一方、三沢は空席があるようだ。
 保安検査を受けてからラウンジへ。南ウイングは混んでいそうだったので、北ウイングまで足を延ばす。

 ビールと早い目の昼食。合間合間で行き交う飛行機を眺める。

 JA316Jが行く。小松から到着。

 JA873J、こちらはマーキングを落とさずに運航中なのね。この機材、JL29で香港に向かう。

 JA773J。JL302で福岡からついて夕方までの長い待機に入る。

 JA8979。こちらはJL104で伊丹から到着。

JL913 JA8980 B767-300 HND→OKA

 30分前に席を立つ。今度の搭乗口は4番搭乗口。南ウイングの一番隅っこまで歩く、歩く。歩き足りないから丁度良いぐらいだ。だいぶ先に進むと

 出発準備中という搭乗口にたどり着く。先程、保安検査前に出発案内ではクラスJ×普通席×という案内。昨今にしては珍しいけど、飛び石連休のおかげか。ファーストクラスの設定が無いフライト、

 待っているのはJA8980。先日乗った8979の続き番号だが、こちらは1997年導入、JAL一筋のB767-300。
 11:05を過ぎて搭乗が始まる。今朝の伊丹でクラスJに上げて貰った座席は2-2-2列の真ん中2列。通路側だが、まぁ仕方ない。あてがわれた席に座る。
 久しぶりの満席便。さすがにお客さんの乗り込みには時間がかかる。定刻を過ぎて11:22、Doorclose。11:25、Push buck。沖縄までの飛行時間、2時間30分との事。
 11:30、Taixing。今日は朝から南風運用。南ウイングの端から北側の滑走路へと進んでゆく。幸い、出発便は少なく、スムーズに進む。11:36、Takeoff RWy16L。いきなり揺れる。横風気味だったのかも知れない。
 地上を離れると落ち着いて東京湾を上がってゆく。11:42、ベルト着用サイン消灯。
 通路側で写真も撮れないので大人しく京王線恥辱を進めておく。満席便の割には今日のWifi、それなりに繋がる。ひとまず定時運航となる。11:42、左手に富士山をご覧いただけますと案内。西ゆきフライトなら富士山が綺麗だろうなぁと先程思ったが、実際どうだったかは見そびれた。
 飲み物のサービスが廻ってくる。

 飲み物はコーヒーを。勝手に茶菓子は前回も登場頂いたマルセイのキャラメルに再度登板頂く。
 11:56、副操縦士から飛行状況の案内。現在浜松上空、高度7,600mを順調に飛行中との事。那覇着陸は14:10を見込んでいるそうだ。途中、ジェット気流の強い西風を横切る際に揺れが予想されると告げられる。
 12:32、ベルト着用サイン点灯。揺れが予想されるそうだ。多少、ガタガタと揺れが続く。12:47、サイン消灯。
 お手洗いに立つ。ついでに

 何でもない太平洋上で1枚。
 パソコンはしまい込みしばらく。13:32、まもなく降下を開始し20分後にベルト着用サインが点灯する旨の案内がある。飛行機は奄美のあたりまで来ているようだ。
 降下の感触を覚えると13:43、ベルト着用サインが点灯する。周りの人はみな居住まいを正し、着陸態勢に。もう那覇まで揺れっぱなしなのかと思ったら、13:48、ベルト着用サインが消灯する。改めて13:57、ベルト着用サイン点灯。着陸態勢に入ると宣言がある。
 左手の窓に沖縄本島が見えているようだ。右手には海原。だいぶ高度を落としている。14:10、Landing、RWy18L。減速して誘導路へ。14:15、Spot in SP23。
 気温18℃という那覇に降り立つ。

 ここまでお世話になったJA8980を一枚撮ってから制限エリアの外に出る。この時間の那覇空港

 到着便はほぼ欠航便。人も疎らだった。
 ダメもとでファーストクラスのキャンセル待ちを入れる。10人待ちらしいから、まぁ無理だろう。
 折り返しは1便落として1時間30分後。空港の外に出る余裕はない。空港の中で過ごすなら、と思考停止して空港食堂へ。

 コロナ禍の新しい空港食堂でいつものてびちそばを頂く。

 こちらは¥800になっていた。それでも空港内の他店よりは安いけど。次来るときは空港の外に出る余裕が欲しい所。でも確か、次はガチガチの乗り継ぎだったような記憶がある。
 買い物少々。保安検査を受けて制限エリア内に戻る。ラウンジに。今日は指定のDPラウンジにした。

 軽く飲んで、充電しつつ過ごす。15時を過ぎて搭乗便の案内。到着遅れの影響で出発が5分遅れる旨、お詫びが入る。まぁ5分なら誤差のうち。

JL914 JA009D B777-289 OKA→HND

 15時半。席を立つとまもなく案内が入る。914便の搭乗開始は15:40とのこと。もうちょっと余裕があるが、もう席を立つ準備まで済んでいるのでそのまま出てしまう。
 22番搭乗口と案内があったので、先のバスラウンジに寄ってみた。

 成田空港強風のため、との事でジェットスターが遅れている。確かに羽田を飛び立つ時に横風を喰らったが。成田の方が酷かったのか。

 22番搭乗口に待つ機材を眺める。JA009D。JASの血を引く最後の6機、そのうちに1機に当たる。もう1年もすれば6機も相当減る筈。この時期にDの系譜にあたるのは素直に嬉しい。
 2階に戻る。

 搭乗口付近、案外と空いている。今度は空席多数な様子。ファーストだけは人気で空席待ち、1番で終了と案内。

 搭乗中、と案内は出ていてもまだ時間がかかりそう。一旦近くを離れる。

 JA709Jがいる。旅客便として飛んできていたのなら、このクラスJに乗りたいが、搭乗口に案内が出ていない。貨物便なのだろう。FR24を見たらJL6780という記録が残っていた。

 JA09RK。NU614として石垣から到着したところ。
 914便の案内があり、機内に入る。クラスJの後ろ側、エンジンが見える席に落ち着く。

 今日も見送り部隊が揃っている。

 青い海も、眩しい太陽とも縁がない移動ですが、沖縄には近々、また来ます。

 おっ、加勢が来た。

 そんな訳で15:52、Doorclose。15:58、Push buck。風の影響で揺れが予想されるそうだ。16:02、Taixing。

 こちらが多分、遅れているジェットスター。履歴を見ると朝は遅れずに成田から那覇に来ており、折り返しがどどっと遅れている。午後になって成田の風が悪化したのか。

 JA350JというレジでJTA塗装の機材がいる。JALから移籍した機材。今日はこの後、夕方から福岡にゆくらしい。

 JA83RC。減便しずらい所ばかり飛んでいるからか、コロナ禍でも活躍中。履歴を見ると、南大東島与論島、石垣と3往復6レグ。
 飛行機は誘導路を進む。先程と風向きは変わっていないから滑走路端は近い。

 18Lのサインが見えて、16:06、Take off RWy18L。

 滞在1時間半ほどで沖縄を発つ。見慣れた縁遠い景色がだんだん遠ざかる。翼を傾けると左へ旋回。

 南部の景色を見て本島沿いに北上してゆく。今日の沖縄本島。雲一つない空で何時まで経っても姿を見せている。

 いちいち、綺麗だ。見ているとキリが無いけど、よく見えるから仕方ない。付き合う。16:10、ベルト着用サイン消灯。さらに高度を上げる。
 沖縄本島が途切れる。まもなく

 献杯の島、与論が見えてくる。離陸で与論島が良く見えるのはちょっと記憶にない。

 沖永良部島が見えてくる。さすがに距離があり、霞んでいる。この先、徳之島も奄美大島も島影は見えたけど、距離の都合か、クリアにはならない。喜界島が少し良く見えたかな。
 飲み物のサービスが廻ってくる。

 持参茶菓子はチョコパイにしたのだが、これは失敗だった。カバンの中で崩れてしまい、ボロボロになってしまって食べにくい事限りなし。途中で諦める。チョコパイを持ち歩くのはやめよう、という事を学んだ。
 16:37、副操縦士から飛行状況の案内。現在、高度11,900mを飛行しており、羽田には定刻18:00の着陸を見込んでいるとの事。羽田の天候は晴れ、気温は16℃だそうだ。強い追い風を受けており、所々揺れる事が予想されると加えられる。
 17:12、まもなく降下を開始する旨の案内がある。那覇を飛び立って1時間ちょっと。本気で強い追い風だ。 

 窓外には夕方の気配が忍び寄っている。だんだんと赤みを帯びてくる。富士山辺り、見えるかと思ったが、見えないままどうやら降下の感触。

 丸い大きな島が近くに見える。伊豆大島だ。もうこんな所かと認識を改めると17:37、ベルト着用サイン点灯。
 飛行機は北へと進路を変えながら、羽田へと近づいて行く。

 房総半島の内陸側に入り込んだようだ。朝と風向きが一緒ならRWy22になるのだろう。千葉の工業地帯が見えてくる。そろそろ東京湾に出るのかなと思いつつ外を眺める。

 カーブしてなお内陸。視界は効かず、羽田の姿も遠い。次第にあまり馴染みがない空の景色になる。左手に鼠の園が見えてきて、あぁと気付く。今日は都心コースだ。

 案外と内陸に入り込んでいる。高度がまだ高いのか、日が沈んだ直後だからか、もうちょっと明るいと凄い夜景なんだろうなぁと思ったけど、とにかく大東京の夜景が見える羽田新コース。初めて眺める事になる。


 ひときわ明るいのがきっと新宿。大阪の街にはここまで明るいエリアは無いなぁ。

 東京タワーが見えて

 レインボーブリッジが見える。運任せだけどこれはいい東京周遊。そしてようやく東京湾が見えてきて、17:58、Landing。RWy16L。海側の滑走路から誘導路を延々、18:08、Spot in SP13。
 降機。

 乗り継ぎの案内。伊丹、福岡、新千歳と三大幹線が並ぶ。新千歳以外は直行便があるけど、まぁ自分も直行じゃないし。この後は13番、って同じ機材か。


 そんな訳で1時間後にまたこの搭乗口から出発となる。ちょうど交代の乗務員が打ち合わせをしている様子が見える。ひとまず時間があるのでラウンジへ。

 先程から似たようなものばかり頂いているような気がするが、ひとまず休憩。出発まで自分もパソコンも充電。

JL139 JA009D B777-289 HND→ITM

 出発30分前を切って席を立つ。そろそろ搭乗口に戻る。空いている羽田空港をてくてく。13番搭乗口に。

 事前改札案内中、というタイミングなのだが

 極めつけに空いていた。普段なら優先搭乗を待つ上級会員の羅列が出来る所なのだが、全く行列が無い。待つ人も疎ら。375人乗りという飛行機、20%も埋まりそうにない雰囲気。
 優先搭乗が始まる。適当に乗る。L1のドアサイドにいるのはステュワード。男性の先任乗務員、国際線では経験があるけど国内線ではあまり記憶にない。
 再前方のファーストクラスはまぁそこそこに人がいたけど、普段は人気のクラスJも閑古鳥が啼いている。先程と同じくL2ドア後ろのクラスJを予約したが

 乗客が全くいない。後方、普通席も数える程。ここまで空いている飛行機、まぁ小さい奴なら何度かあるけど、B777クラスでは殆ど経験が無い。沖縄線とか人気路線は混んでいるけど、普段使いの路線程、乗客がいなくて苦しい事が良く分かる。

 本来なら各地に向かう最終便が出る時間だけど、朝の羽田空港到着便が少ないのと同様に、夜の地方路線は悉く欠航。幹線用らしい機材がちらちら見えるだけ。

 人がいないまま荷物棚が閉められてゆく。L2のドアも閉まった後で、一人二人、このエリアにお客さんが来る。それでも、クラスJの搭乗率、均して2割行かないぐらいと思われる。L2ドア脇のギャレーに客室乗務員が3人いて、その近く、クラスJの客室には乗客3人。マンツーマンじゃ。
 19:02、先程の男声でこのフライトに必要な書類の到着が遅れているため、出発が遅れておりますとお詫び。でもまぁ定刻は19:10だし。19:05、Doorclose。遅れのお詫びがあって自己紹介。所々、揺れが予想される旨が付け加えられる。
 19:10、Pushbuck。19:14、Taixing。先程と同じく南風運用。今度はA滑走路の近くから飛び立てる。

 誘導路を進むと躊躇なく滑走路へ。19:15、Take off RWy16R。東京湾の闇が広がり、その向こうに千葉の工業地帯の灯り。徐々に高度を上げ、旋回して南西に向かう。

 三浦半島を横切った後、19:26、ベルト着用サイン消灯。普段より少し引っ張ったように思う。ファーストクラスの食事は慌ただしくなるに違いない。
 飲み物のサービスが始まる。お客さんが少なくて気の毒だがフルサービスのワゴンが廻って来た。

 スープを頂いたもので、茶菓子は無し。すぐにお代わりはいかがですか、とおすすめが戻ってくる。ワゴンを見るとコーヒーもコンソメスープもほとんど減っていない。
 19:40、まもなく降下を開始し10分後にシートベルト着用サインが点灯する旨、男声で案内がある。一瞬操縦席からかな、と思ったけど、今日の先任乗務員は男性だった。窓外に見えた街明かりが疎らになると19:52、ベルト着用サイン点灯。伊賀の山地から奈良盆地へと進む頃。
 窓外の灯りがだんだん増えてきて、眩くなると伊丹への最終コース。

 大阪の中心を見下ろし高度を下げる。大阪城も見えている。心持ち、東京都心よりも高度が低いような気がする。
 淀川を越えて

 新大阪、左側は宮原操車場か見えて地上が近づき、20:07、Landing、RWy32L。誘導路に進む。15番Spotに到着との案内。20:10、Spot in。


 数少ないお客さんが伊丹の端、昔ながらの雰囲気を残す15番搭乗口から散ってゆく。JA009D、明日はJL2081で沖縄に行くのだろう。
 制限エリアの外に出る。

 夜の到着便も欠航が目立つ。そんな訳で空港も人は疎ら。この時間の京都行き、リムジンバスは15分毎だが、行列は短い。待たずに来るのは有難いけど、先行きが心配になる。

 とにかくやってきたバスに乗る。さほど混まないまま出発時間。空いたバスで京王線恥辱を進めるいい機会なんだけど、妙に疲れた。つい先週、11日に伊丹から羽田経由那覇を日帰りして、疲れて疲れて、もう二度とするかと思ったことを思い出す。4レグ辛い。
 京都南で高速を降りてからが案外と早く、21:10には京都駅八条口に到着する。

 乗って来たバスを撮るとそのまま京都駅構内へ。今日は奈良線のホームの吸い寄せられることなく、まっすくに東海道線上りホームへ。すると

 新快速に間に合う。大津ならば21:25到着。伊丹から55分。石山でも1時間以内か。残念ながら膳所は1本後の普通列車になって、膳所まで1時間切り、とはいかない。
 膳所から歩いて帰宅。だいぶ順調だったけど、それでも家には22時前。

【サイトアップ アクセスカウンタ】

 サイトアップはお休み
 アクセスカウンタは機能せず
 万歩計は16,474

2021-02-19

 朝がやってくる。起きだして外を見る。クルマの上には雪が積もっているようだが、降ってはいない。最初の予報に比べればいい方向っぽい。
 身支度をして出勤。今日も若干遠回り。

 近所の和菓子屋から水蒸気が甘い香りと共に吐き出されている。毎朝の光景だが、自分よりも早起きを何十年と繰り返してきたのだろう。

 京阪電車を1本、見送り

 もう1本見る。下り電車は少々遅れ。上りは定時。と思ったら草津で少々停車。貨物列車を先にやった。微妙にダイヤ乱れである。
 東に行きに従い、線路に白いものが見えるようになる。バスの車内からの景色は本格的な雪景色。そして

 会社の廻りは完全に雪景色だった。
 バスが走れる程度の雪なので通勤には支障なく業務にも支障なく。会議混じりの日常業務が淡々進む。夕方まで。
 朝の雪は溶けている。バスに揺られて駅まで出ると新快速で石山まで。

 後続の貨物列車は8057列車。EF210-140号機牽引。


 京阪電車の定点観測をしてから歩いて帰宅。自宅に20時ちょっと過ぎ。夕食の支度。妻の帰りが割と早く一緒に夕食。片付けと明日の支度。実家から連絡、父の検査結果、少し悪くなったそうだ。世の中落ち着いたらまた一度行きたいけど。
 明日に備えて早めに就寝。

【サイトアップ アクセスカウンタ】

 サイトアップはお休み
 アクセスカウンタは機能せず
 万歩計は15,041

2021-02-18

 目覚ましの音に気が付き朝が始まる。身支度は順調に進むが、最後、出掛けるのが少々遅れる。一昨日からの遠回りコースで京阪電車1本追加を志すのだが、撮る態勢が間に合わず取り損ない。  

 いつも通りの膳所駅前で1本だけ。東海道線の構内に進む。

 貨物列車がやってくる。69列車、EF210-172号機牽引。関ヶ原で雪にやられたようだ。
 上りはいつも通り、東に向かい、バスの乗り継ぎ。今日は冷え込んでいる。開いたバスの窓から容赦なく冷気が忍び込む。
 会社に7時過ぎ。いつも通りに仕事。普段なら週末に向けて自分の時間が取れるのだが、今週はなぜか最後まで会議が続く。数本こなして夕方まで。
 機t買う。会議続きで気付いていなかったが、

 結構な雪になっている。寒いバスから電車に乗り継ぐ。座席下のヒータが有難い。石山まで。 

 後続の8057列車を迎える。EF210-140号機牽引。この時間も関ヶ原の雪でやられている。

 石山駅前で京阪電車を迎えてから帰宅。自宅に20時過ぎ。今日も簡単に自炊で自己流粕汁。先日飲み屋で頂いたような完璧なものにはならないけど、それなりに頂ける。

【サイトアップ アクセスカウンタ】

 サイトアップはお休み
 アクセスカウンタは機能せず
 万歩計は15,885