夏色 あおもり

喉が渇いて目が覚めた。寝苦しくはないが、異常に喉が渇く。昨日酔ってそのまま寝ころんだんだということを思い出す。

弘前のホテル、日曜日の朝。外は曇っている。予報だと雨なんて出ていた時もあったが、今のところは持ってくれている。
今日は昨日借りた車が大活躍する日。夕方、青森空港から飛行機に乗るまでに、津軽半島を一周してくるつもりである。津軽鉄道津軽線は何度も乗ったことがあるし、竜飛岬にも足を延ばしたことはあるが、十三湖は見たことがないし、その間も勿論知らない世界。楽しみにしている。
昨日クルマを借りた際に貰った地図によると弘前から十三湖を経て竜飛岬まではおおよそ90km。所要時間は3時間。まぁもう少し早く走れるだろうが、それでも何かあると困るから早めに動くことに越したことはない。ホテルの朝食、7時過ぎに取り掛かると早々にチェックアウトした。8時の段階で弘前市内を出ていれば御の字。昨日の夕方はクルマの姿が目立った弘前市内もこの時間は空いている。そして涼しい。本当の朝というのは、こんな空気感を言うに違いない。
 クルマを走らせる。まずは国道7号へ。8時の段階で弘前市内を飛び出すことが出来た。まずは順調。そして青空が広がる。空気が爽やかなのでエアコンいらず。窓を開け放つ。338号を五所川原方向へ。リンゴ畑が広がる。その隣には五能線岩木山も見えている。ちらと横を見たらキハ40とキハ48を連ねた4連がゆく。時間帯から言って快速深浦だろうか。知っていればカメラを構えていたのだが、今更言っても遅い。

 順調に進んで1時間で五所川原を過ぎた。9時を廻るとさすがに暑くなってくる。338号の一本道。濃い田園と木々。映える青空。蝉の声。夏旅の景色が次々現れる。金木の街をバイパスで抜けると何か田舎に帰省でドライブしているような、そんな錯覚を覚えるようになる。
 時間に余裕があったからふと思いたって津軽中里の駅に寄ってみようと言う気になった。駅のはずれに放置された元キハ22に会いたくなったのだ。ナビに逆らい国道を外れると見覚えのある中里の駅が現れる。そのちょっと手前に朽ち果てたようなキハ22が居たはずだ、が、

 跡形も無かった。さすがに解体されたのか。前に津軽鉄道に乗ったのは2004年だったから、さすがに残り続けるのは無理だった、のか。
 仕方ない、とクルマに近寄ったその時、列車の姿が見えた。踏切の「カンカン」という音。

 偶然、五所川原からの列車が到着するシーンに遭遇する。全く下調べもしていないから心の底から驚いた。偶然に感謝して、クルマを北へと走らせる。ここから先、小泊への道は自分にとっても未知の世界となる。だいぶ細くなり集落が身近に感じる国道を進んでゆく。時々、農作業の年寄りが道ばたに居たりするから慎重にクルマを転がす。
 十三湖の果てが見えてきた。国道は湖の畔を走った後、少し分かれて山側に入る。そのちょっと先、十三湖高原という道の駅があったから寄る。

 展望台から十三湖を見渡せる。

 反対側の山並みの景色。夏色に山が映えて美しい。
 道の駅だから売店もある。地元の野菜が横浜の人間からすれば破格値で売っている。ここでは青森県産のニンニクも中国産の値段とさほど変わらない。折角なので一袋お買い上げ。茄子やトマトも非常に安いがあんまり荷物が増えても持って帰るのが大変で、断念せざるを得なかった。
 日本海が見えてくる。昨日は曇りだったが今日は晴れ。エメラルドの日本海だ。クルマはさらに北に向かう。一本道だろうとナビを切って適当に転がしていったら権現崎の方に入りかけてしまう。予め地図を見てから走っていれば間違えなかった筈で、反省しなくてはならないところだ。本来の道に戻り、小さな半島の付け根、ちょっとした峠道で横断すると小泊の集落になる。太宰治津軽で最後に歩いた目的地。こんなに遠かったんだと来てみて初めて思う。中里のちょっと先ぐらいだと勝手に思っていた。
 この先、竜飛岬まではバス路線も無い、冬の間は閉鎖になる道である。美しい海岸線を行く。暮らしの気配が消えた道。

 一度車を止めて外に出てみた。波音も穏やかに海が広がる。透き通る水。湘南辺りよりもよほど夏らしい景色。泳ぐ準備でもしてくれば良かったとも思うが、海を目の前にして反省しても遅いことである。クルマを再び走らせることにする。
 道路は海岸線から離れ、山道のようになる。右に左に、登り一方の山道。そのピークに眺望台と言うところがあったから再度停止。ここまで走るクルマは少なかったが、それでも数台、駐車場に停まっている。

 南を見るとここまで走ってきた道。入り掛けた権現崎が見えている。

 北側には竜飛の灯台、そして北海道までが見渡せる。あと少しだ。
 ここからは下り一方となる。最初の一吹かしだけで後はエンジンブレーキ。右に左に曲がりながら進む。先がある程度見えているだけに楽である。冬季閉鎖用のゲートを抜けるとまもなく青森側からの道と合流。久しぶりに人の気配がするところにやってくる。まもなく竜飛岬。

 さすがに駐車場にはクルマや観光バスが並んでいて土産物店も盛業中。有名観光地だけある。観光客に混じって灯台に。向こうに見える北海道もしっかり眺めておく。
 駐車場に戻る。賑々しい土産物屋の一角で

 イカ焼きお買い上げ。一本100円。
 観光ツアーのバスがいたのでどんなツアーかと思ってみてみると「ナマハゲの男鹿半島津軽半島五能線列車の旅」とある。何か、自分たちが辿ってきたコースみたいだ。
 袋小路からクルマでちょっとだけ戻るとそこにあるのは


 国道338号線。通称、階段国道。竜飛名物の一つに違いない。折角なので歩いておく。下まで歩いて路地裏国道をしっかりと眺めた後、上に停めてあるクルマのところまでは上り坂。結構辛いその中腹に「竜飛中学校跡地」というのがある。下側の魚村と上側のトンネル関係者と、どちらの子供にも等しく上り坂を、という立地らしい。
 クルマまで戻る。最後にこれは昔無かったかもしれない

津軽海峡冬景色」の歌碑。ボタンを押すと曲が流れる。大音量。ステレオになっているから音は良い。しかし2番から。当たり前か。一度鳴らすとたっぷり3分は続くからボタンを押すにはそれなりの覚悟が要る。覚悟が要る事をボタンを押すまで分からない事が難点だ。

 先ほど歩いた階段国道、降りていった竜飛の漁港を改めて。
 さて、時刻は11時半を過ぎたところ。帰りも3時間ぐらいだろうと踏んでいる。まだ早いが途中で昼食も取りたいし、少しずつ先に進んでおいた方が良い。竜飛から青森空港。ナビで経路検索をしてみると小泊経由が推奨された。でも帰りは平舘経由で青森に出たいから、弄くり廻して気に入った案を引っ張り出す。
 竜飛岬の西側。同じ国道338号だが、こちらは点在する漁村をカーブで結ぶ細道だ。クルマ通りも増える。竜飛の行き来にバスで乗ったこともあるし、歩いたこともある懐かしい道。クルマだと流石に早くて思いがけない時間で三厩まで来る。この辺でお昼かなぁぐらいの心づもりで動いていたけどさっとクルマを突っ込める店も無く、三厩駅も過ぎていった。そろそろ海峡トンネルの入口がある筈である。寄ってみようかと思い立つ。

 トンネルの入り口。ちょっとした広場になっている。旅客列車の通過時刻は予定が出ていて、20分ほど待つと下り特急がやって来る事が分かる。折角だから待ってみた。青森も真夏のお昼。太陽は眩しく、外で待つ間にじりじりと焼けただれてゆく感じがする。
「タタンタタン」

遠くでのどかな音がする。向こうの海岸線の近くを津軽線ディーゼルカーが走っていった。下調べしていたら津軽線に食指を延ばしたかもしれないが、もはや手遅れである。
 列車接近を告げるサイレンが鳴り響き、遠くから地鳴りのような音がする。


 140km/h走行、めい一杯の力走で485系がやって来て轟音と共に青函トンネルへと吸い込まれて行く。いつまでもトンネルから走行音が響き渡った。
 それでは青森を目指してクルマを転がす。ナビは津軽線沿いの山中に入るルートを推奨していたが、折角のクルマ旅。列車では通りづらいルートを選びたいと平舘廻り、海岸線を行くことにした。地図の字面でしか見たことが無い地名が過ぎて行くのが楽しい。
 13時近くになった頃、大きな駐車場と「ラーメン」の幟を見つけて反射的に左折した。どうやら海水浴場兼キャンプ場。二軒ほど店があって、一軒には海鮮の類も有る様子。

 ここで昼食を食べて行こう。魅力的なメニューが並ぶ中、岩ガキ¥500の文字を見つけて文句無く当選。それだけでは何なのでホタテ丼¥800も付けることにした。妻はホタテ丼に貝焼を単品で。

 今別産だという岩ガキが来る。大きくて濃厚。これが¥500で食べられるなんて幸せも良いところである。

 ホタテ丼。見た目小さいけど、ご飯よりもホタテの方が多いんじゃないかと言う勢い。新鮮な貝紐のコリコリとした食感もまたおいしく楽しい。
 これだけ楽しめて二つで¥1,300なら立派。産地ならではの味に価格だろうが、夏さわやかで美味しい青森は旅をしていて本当に嬉しい。
 すっかり満足してクルマを先に進める。海沿いの道。時々路上駐車しているクルマが1台ぽつんといて、なんちゃってプライベートビーチを満喫中。平舘海峡が見えてきた。向こうに見えるのは仏ヶ浦の海岸線。遠目に見てもとんでもない断崖であることがわかりよく目を引く。
 蟹田まで戻ると空いていた道にも異変が起きる。混雑した道の駅があるなぁと思ったら海水浴場。初めて交通整理をしている係員なんてのを見かける。青森は短い盛夏を満喫中。
 青森までの距離が縮んでくると車の速度は若干伸び悩み。時々、信号停止もある。それでもレンタカーの返却時間には少々間があって、余裕がないよりはずっと良いけど悩みながらハンドルを握る。この先まっすぐいくとフェリーターミナルだなぁと考えていると思い至ることがあった。寄り道する先があったなぁと。
 フェリーターミナルの前を進み、さらにその先。どうなっているか若干の心配はあったが、視界に飛び込んできたのは、

 YS-11、JA8809である。突然現れるレインボーカラーには周りを圧倒する鮮やかがある。

 どうやら内部公開はずいぶん前にやめてしまったようで、以前は説明員がいた筈の小屋の辺りは蜘蛛の巣が張っている。やはり先行きは心配であるが、塗装の様子から言えばメンテナンスは受けているに違いない。
 さて、JASにとっても、YS-11にとっても縁の深い青森空港へ向かう。ちょっとだけ寄り道する余裕があり、山内丸山遺跡を目的地に加えてみる。もし見学できる余裕があるなら見てみたい。クルマはひさしぶりに国道7号に戻る。まもなく右折の筈だが道が見えない。その先に見える真新しい高架、新幹線のものにちがいない、が見えた後、真新しい舗装道があってそこを折れる。ナビは迷ったままだが、クルマは新青森の駅に出た。

 真新しい高架駅が逆光の中で輝いている。新幹線は12月開業でありすでに試運転列車は新青森にもやってきたのだから、駅施設が出来ていても当然なのだが、青森に新幹線がやってくるのは遠い未来の出来事と思っている自分の中では不意打ちを喰らった感覚に満ち溢れている。新青森の駅が出来たのが86年のダイヤ改訂だったか。木立の中にホーム1本だけがある無人駅で、50系客車の列車が停まると静寂に包まれた。本当にこの場所に新幹線が来るのかと不思議に思ったものだ。
 こちらも工事中の在来線を踏切で渡ると青森郊外、山内の墓地に差し掛かる。そして有名になった山内丸山遺跡へ。立派な博物館が出来上がっていてちょっと寄り道して覗いて行くという雰囲気ではない。見学はあきらめて空港に向かうことにする。何だかんだで時間は経っていてガソリンスタンドで満タン証明を貰ってレンタカーの営業所に着くと15:45ぐらいだったか。走行距離は200kmを越えた。
 空港まで送って貰う。飛行機の時間は17:05だからまだまだ間がある。まずは航空券を受け取る。
 「25日はニッコーの日」なんて案内が出ていて、確かにそうかもしれないけどなぁと思いつつ、展望デッキに出てみる。

ロシアの機材が来ている。チャーター便らしく見学客で混雑している。柵が邪魔で邪魔で撮りにくい。空港の展望デッキはどこもこんな感じになってしまって非常に残念だ。