2024-06-21

 目覚ましが少し遅れて鳴り出す。金曜日の朝を迎えている。今日は毎年1度、世の中の休みと関係なく、弊社が休みになる一日。世の閑散期に休めるので、梅雨という季節を忘れさえすれば、旅行好適日である。
 そんな訳で毎年出掛ける事が多い週末。振り返ってみると、コロナ禍中であってもこの日に絡めての旅行は欠かしていなかった。
2023年は香港へ。コロナ禍明け、初めての海外

 2022年は北海道。留萌本線根室本線。無くなる路線に乗りに行った。

 2021年は九州。まだ自粛と言われていた期間であり、行先にはだいぶ悩まされた。

 2020年は沖縄。都道府県を跨いだ移動自粛が解除された週末。まだまだ観光という感じは全く無く。沖縄も閑古鳥が啼いていた。

 2019年、コロナ前は香港であった。

 コロナが明けて移動の制約はほぼ無くなった。でもその間に変わった事が有る。自分が5年分、歳を取り、体力も衰えたと言う事である。2泊3日で海外。しかも膳所から出掛けて帰って来るのがいい加減、辛くなったのである。南太田に居た頃は、エア急がと言いつつも空港も近いし、何とかなったけど。金曜の朝なり、木曜の深夜なりに出掛けるのは何とかなるが、日曜日の夜遅くに帰るのが辛い。次の日の朝はもっと辛い。
 出掛けたい気持ちはあるけど、翌週の辛さが気になるので、今回は控えめにしている。とは言え、飛ぶけど。
 身支度少々。外は雨が降っている。遅れていた梅雨入りだが、どうやらこれで梅雨になる様子。荷物をもって膳所まで歩くのが少々億劫で京阪電車に乗ってしまう。

 膳所に行っても良かったのだが、何となく石山へ。前に随分と遅れて乗る筈の電車に乗れなかった事が有るが、今日は普通に走り、6時前に石山着。6:02という普通電車にも間に合うタイミングだったが、1本落とす。
 後からやって来るのは

 はるか3号、関西空港行き。海外に行くなら乗る筈だったかも知れない。今日は見送る。

 1051列車がやって来る。EF210-124号機牽引。一昨日、昨日とダイヤ乱れが続いていた貨物列車も今日は定時運行。
 1本後の普通電車がやって来る。ホームには、やって来た普通電車を見送り、後の新快速を待つ人もちらほら見える。普通電車は席を選ばなければ座れる程度の乗り具合。
 今日は伊丹空港まで行くが、ルート取りには少々悩む。結局、一番簡単かつ怠惰な京都駅八条口からバスを選ぶことになる。

 雨降る中、伊丹空港行きのバスへ。座席は3割ほどしか埋まらない。隣が来ないので、パソコンを広げても楽。遅れている京王線恥辱を定時運航に戻す。公開は順を追ってだけど、旅行前に定時運航に戻せたのは幸い。
 50分弱で空港に到着する。

 7時台の出発ラッシュを過ぎた伊丹空港。コンコースは空いていた。一度受付に行き荷物を預ける。今回は2泊3日。ちょっと迷ったがスーツケースを持ってきた。身軽になると、保安検査の前に展望デッキに出てみる。
 相変らず雨が強く降る今日の大阪。

 14番スポットにはJA306Jが姿を見せている。新千歳ゆきらしい。その後ろには

 JA01XJが駐機中。那覇ゆきになるA350-900。千歳と那覇。どちらも梅雨が消えた世界に飛ぶ機体が梅雨入りに見舞われた伊丹に並ぶ。
 雨は降るし、足元は良くないし、歩き回る感じではないので、早々に建物の中に戻る。もう保安検査を受けよう。改めてエントランスへ。
 保安検査を受けてラウンジに入る。

 滑走路上は出発ラッシュ。誘導路と滑走路、出発機が行き交う様子を窓側席から眺める。合間合間で

 ラウンジの軽食をもって朝食にする。月が変わっていてパンとスープ。両方種類が変わっていた。

JL2081 JA01XJ A350-900 ITM→OKA

 今日はこの後、那覇へ飛ぶ。先程雨ぬ濡れた展望デッキで眺めた初号機が出発を待っている。30分ほど前にラウンジの席を立ち、搭乗口の方へと向かう。時間があるので、

 改めて搭乗機の姿を写真に。

 搭乗開始は8:30。ちょっと間がある。空席状況。×△△とあった。結構な乗り具合らしい。搭乗口のあたりもわさわさしている。週末を沖縄で過ごすらしい浮かれ観光客がどうしても目立つ。
 8:30ちょっと前に事前改札が始まる。ついで優先搭乗。今日は先程、京阪電車を待つ時に当日アップグレードで国内線ファーストクラスにアップグレードしている。幸い手に入った窓側席に落ち着く。早速の客室乗務員が挨拶を兼ねて食事と飲み物の確認にやって来る。

 その間にも搭乗が進む。準備に時間を要していて出発が遅れている旨のお詫びが伝えられたのが8:54。いつの間にか出発時刻を過ぎている。まだぽつぽつと搭乗が進んでいる。搭乗が落ち着いたのち、9:01、Door close。乗務員の紹介があった後、那覇までの飛行時間、1時間40分と告げられる。シェードを開けると朝から降り続いていた雨がやんでいる。青空がちらっと見えている。
 9:07、Pushbuck。9:12、Taixing。飛行機は伊丹の誘導路を南へ。雨は止んだが、昨日来の雨が窓にまとわりついて写真は撮りづらい。そのまま滑走路端へ。少々間を開けた後、滑走路へと歩み出でる。9:19、Take off RWy32L。加速すると窓にまとわりついた雨粒が一気に流れてゆく。 
 窓外に伊丹近郊の景色を見て上昇。飛行機は北から南へ、機首を向けた後、今度は西に機首を向ける。

 神戸港を見下ろし、飛行機は上昇してゆく。揺れは無いが、ベルト着用サインはなかなか消えない。明石海峡を渡ると淡路島に沿って南西へと向かう。時折揺れるためか、ベルト着用サインは点灯したまま。

 機窓に青空が広がり、揺れも落ち着くと9:35、ベルト着用サイン消灯。後ろを区切るカーテンが閉じられる。

 早速おしぼりが配られてサービス開始となる。9:39、副操縦士から飛行状況の案内。高度8,500mで順調に飛行中。那覇には11:00に着陸、11:10頃の到着を見込んでいるとの事。那覇の天候は晴れ、気温は32℃との事。航路上、梅雨前線の影響で所々揺れが予想される旨、伝えられる。
 飛行状況を聞く間に食事が提供される。

 朝食、洋食のメニューとなる。

 メインはフレンチトースト。

 前菜があり

 サラダと

 バナナのスムージーそして

 果物。

 本当はビールじゃないんだろうなぁと思いつつも、何となくヱビスの気分だったので、気分を優先。
 時刻は9:45になっている。窓外には

 四国の西南、四万十川の流域まで来ている。もう半分ぐらい飛んできただろうか。
 食事を頂いた後は

 引き続きヱビスビールを頂く。あられとドライ納豆を出して貰ったので、どことなく国際線ビジネスクラスの気分になれる。台湾、香港へと向かう航路と一緒なので、そのまま海外へ向かいたくなる。

 とはいえ国内線。国際線なら機内減光するのかも知れないけど、明るい機内のままに九州の鼻先をかすめて南へと向かう。
 10:24,15分後にベルト着用サインが点灯する旨の案内がある。飛行機はいつの間にか奄美大島の近くまで来ている。ビールはさすがに打ち止め。下げて貰う。
 飛行機は沖縄へと続く島の並び、西側に出たので左手に島が見えるようになる。

 与論島が見えている。10:41、ベルト着用サイン点灯。高度を下げると沖縄本島が見えて来る。
減速して
 本部半島の透き通る海が見えて沖縄を実感する。飛行機は沖縄本島の沖合を旋回して那覇空港への最終コースへ乗る。10:51、Geardown。10:55、Landing、RWy18R。
 飛行機は減速すると誘導路へ。ここからが少々遠い。海側に増設された滑走路から誘導路を進んで陸側の滑走路を横断。

 11:05、Spot in SP25。出発が遅れた割には巻き返しての到着となる。準備が整って降機する。

 JA01XJ。この後は羽田へ。12:00伊丹ゆきとしてJA16XJが別のスポットに姿を見せている。
 今日はこの先の乗継がある。が、一度制限エリアの外に出る。

 出てみると11:15。乗継便の出発まで2時間ある。どうしようかなぁと考えて、ありきたりな選択だけど

 空港食堂へ。まだ12時前なので空いている。先程機内で食事を頂いた直後だが、通過儀礼のように

 ソーキそばを頂く、¥800。安定の美味しさだが、2時間を潰すには少々難しい。だいぶ時間が余るので、もう少し那覇空港の中を廻る。試しに展望デッキへ。

 JA14XJが動き出すのが見える。この時間の那覇A350-900が何機集まったのだろう。
 しかし外は暑い。展望デッキは諦めてターミナルの中へ。書店を覗き、気楽に読めそうな文庫本を1冊買ってみる。最後に念のための非常食的なものをコンビニで。

 さて、搭乗便が出発案内に現れた。そろそろ制限エリアの中へ戻る。改めて保安検査を受けるとラウンジに。那覇空港のDPラウンジ。平日の昼下がりだが案外と混んでいた。

 軽くビールとおにぎりを頂いたけど、ちょっと窮屈だったので早々にお暇いただく。まだ搭乗便までだいぶ時間があるけど。

NU847 JA82RC DHC8-Q400-CC OKA→KTD


 次に飛ぶのは北大東島。出発は13:15。バスでの案内となる搭乗口まで来て、1時間の待ち時間。その間をすぐ近くにあるサクララウンジアネックスで過ごす。こちらは空いている。 

 オリオンビールを頂きつつ過ごす。次第に泡盛の水割りに移行するから京王線恥辱を綴るのは面倒になってくる。
 出発20分前を目安に搭乗口に戻る。既に案内が始まっている。飛行機へと向かうバスへ。バスは1台で済ませるようで、結構な混雑。間もなく出発。すぐに14番スポットへと連れて行かれる。

 青空の下、待っているのはJA82RC。シャープな顔付きのQ400、その派生機種のカーゴコンビの機内へ進む。客室乗務員、今日は2名担当。1名は訓練生らしい。
 最後列席を指定しているが、座席は翼のすぐ後ろぐらいの位置。後方1/3を貨物室に割いている離島の生命線である。
 機内満席になる。隣には地元の人っぽい高齢の男性が座る。13:14、Doorclose。すぐにプロペラが廻り出す。何時も聞き取れない島言葉で挨拶があった後、北大東までの飛行時間、50分と告げられる。

 お隣には鹿児島からJACの島伝い経由便が姿を見せている。こちらはプロペラの音が高めて入れ替わりにTaixing。時刻は13:18。飛行機は誘導路を北へと向かうと間もなく滑走路端まで。13:25、Takeoff RWy18L。
 飛行機は沖縄本島を見下ろしつつ高度を上げてゆく。

 本島南部の海岸線が見えて来る。本土行きの飛行機は左に旋回するところを、北大東へフライトは機首を東に向けてそのまま上昇してゆく。13:31、ベルト着用サイン消灯。

 本島の東に広がる離島が見えたのが最後。飛行機はひたすら太平洋の洋上を東に飛ぶ。目印も何も無さそうな洋上。
 機内サービスが始まる。1時間掛かるフライトだからか、飲み物が供される。

 那覇からの離島線ではお馴染みのさんぴん茶サクララウンジで飲んだ後にはちょうど良く、ありがたい。
 13:45、副操縦士から飛行状況の案内が伝えられる。現在、高度5,200m上空を飛行中。北大東の天候は晴れ、気温は30℃との事。この後、14:00にはベルト着用サインが点灯するそうだ。
 飛行機は太平洋上を東に向かう。目印など何もないが、確実に北大東島に近づいている。14:00、ベルト着用サイン点灯。飛行機は降下してゆく。 
 隣の方が独り言のように「島、みえるか」なんて事を言い出す。黙っているのも悪いので「まだみたいです」と答える。その間に

 Geardown。どうやら島の北側から廻り込むようだ。突然、崖が現れ、14:13、Landing、RWy21。急減速すると滑走路端、ターンパッドでUターン。今度はゆっくりと進む。14:15、Spot in。
 南大東へのお客様も荷物と搭乗案内をもって降機下さいと案内があって降機となる。このフライト、北大東ゆきだが、正確には、那覇→北大東→南大東→那覇という三角飛行。満席のお客さんのうち、何割かは南大東までのお客さんらしい。
 準備が整い降機する。は

 北大東の空気、湿気を感じる。梅雨明けはしていて、夏真っ盛りだが、酷暑という程ではない。

 ターミナルへ向かう。南大東へ乗り継ぎの人はそのまま制限エリア内の搭乗待合室へ。北大東までのお客さんは制限エリアの外へとなる。荷物引渡場は本来なら制限エリア内なんだろうけど、

 荷物の引渡場と搭乗カウンタは一体化していて、既に制限エリアの外になっている。喜界島もこんな感じの空港だったか。
 荷物が得て来るまで少々。空港の中を見てみる。

 出発と塔著悪の案内は一体化している。今日は北→南の順で廻るが、曜日によって南→北の順で回る日もある。21日は那覇から到着便。南大東への出発便。25日には南大東からの到着便。那覇への出発便と表示されている。
 伊丹で預けた荷物を受け取る。今日は北大東に1泊する。ホテルから迎えのマイクロバスが来ている。乗り込むお客さん、15人ぐらいいただろうか。
 バスは空港を後にホテルへと向かう。

 サトウキビ畑の中を続く道を東に向かう。所々人家が点在。絶対的中心みたいな集落が良20240621144712く分からないが、役場があって交差点に信号機があるあたりが島の中心だろうか。JAもあった。間もなく今日のホテルに到着。チェックインの後、割り振られた部屋に落ち着く。

 時刻は15時前。この後の予定は余りしっかりとは決めていない。北大東島は公共交通機関が全く存在しない。バスはもちろん、タクシーも無い。昨年訪れた隠岐よりもハードルの高さでは上。レンタカー、レンタサイクルは少々あるようだ。今日泊っているホテルがレンタカーを扱っている。が、数は足りないようで予約でいっぱい。そもそも今日は朝から飲んだくれているから、運転する資格はない。島は大きくは無し、歩いてもたかが知れている。ぐらいで今日この場所に臨んでいる。
 ひとまず、うふあがり人と自然のミュージアムに行く。

 まぁ村立博物館、と言ったところか。平日の9時から16時までという営業時間なので、真っ先にやってきた次第。先客はおらず、係員に声を掛けると展示室の照明を付けて貰う、という調子。 まぁ、のんびりした感じではある。

 館内はよくある自然史と民族史のミックス。なのだが、大東島の歴史というのは沖縄の中でも異質である。明治になってから開拓された琉球王朝とは全く関係ない島だと言う事。八丈島から来た資本家が来て開拓。まずはサトウキビを作り、次いで燐鉱山が開かれて栄える。鉱山は米軍統治時代に閉山し、サトウキビだけが残って今に至る。すごくざっくりした北大東史となる。

 そんな訳で太鼓、神輿という八丈島由来のものも展示されている。
 一通り見物したところで博物館はお暇頂く。少し歩いて、島の西側、燐鉱山の跡地を見に行こうかと思う。

 良く晴れた空の下、サトウキビ畑の向こうに太平洋が見えている。長閑の一言に尽きる道。道端には見た事もないような大きな蜘蛛が巣を作り、

 名前を知らない蝶が飛ぶ。道は海に向かって登り坂。意外とアップダウンのある島で、島の中心は標高が低く、島を囲うように丘があり、そして海へは断崖というのが北大東島の姿。そんな訳で登り坂を上がる間に汗が噴き出る。

 サトウキビ畑の向こう、小高い丘の上に灯台が見える。どこかの岬に立っているのではなく、島を取り囲む小高い丘に立っている。今日泊るホテルからもその姿は見えた。
 丘を越えると海に向かって下り坂。郵便局なんかも現れて、ちょっとした集落らしい。そしてこの辺りが、燐鉱山の跡地となる。

 立派な壁が目に付く。燐鉱山が華やかだった頃の社員クラブのような建物だったらしい。戦前の北大東は自治体では無く、企業そのものが統治していたそうだ。開拓で入った八丈移民に端を発する管理層と、その後の労働者として沖縄からやって来た人達との間に差がある階級社会だった旨、先程の村立博物館で理解している。その管理者クラスの社交場、といった所だろうか。燐鉱山が無くなって70年以上経ってなお、気高さみたいな空気が漂っている。

 燐鉱山の廃墟を見る。ずっと続くかまぼこ型の屋根は燐鉱石を乾燥させるためのドライヤーだったそうだ。水分を飛ばした上で出荷していたとの事。そんな工程が必要な事は不勉強だった。

 海が見える所まで来る。北大東島はほぼほぼ断崖絶壁。ここは一時期、船着き場として使われたらしい。滑り台が如く切り開かれていて、ウインチで船を引き揚げていたらしい。

 向こうにうっすら南大東島が見えている。距離にして10㎞弱しかないが、間の海は深さ2,000mにもなるそうだ。

 振り返ると壁がどんと聳えている。燐鉱石の貯蔵施設跡らしい。


 煉瓦作りの倉庫跡も残っている。
 炭鉱跡にも行った事があるけど、北大東島の燐鉱山跡は集落の中に混ざっている感じなのが珍しい。燐鉱石を掘った跡地はサトウキビ畑に戻ったそうだ。
 もう少し、この辺りで見学を。燐鉱山跡からちょっと歩いて見に行ったのは公園の一角にある

 日本国の領土である事を示す国標。明治時代に建てられたものは当然朽ちており、こちらは3代目らしい。国標なんて言葉は通常生きていて聞く機会は無かった。
 単なる観光用のモニュメントでは無く、領土の決める上で重要な島々には設置されているものらしい。南鳥島とか、一民間人ではなかなか行けない所ばかりらしいけど。そういう意味では、北大東と南大東の国標は貴重な存在かもしれない。
 そろそろホテルに戻る。来た道を歩いてホテルの近くまで、ちょっと行き過ぎてJA経営の食料品店に立ち寄る。飲料水やらビール。ちょっとつまみになりそうなスナック菓子を買い求めてからホテルに戻る。時刻は17時を過ぎている。ホテル併設のレストランが夕方の影響を始めているから、赴く。時間が早いが、17時まで仕事だったと思しき業務客が何人か、夕食を食べ始めていた。
 ひとまずビールを頂く。

 沖縄の離島まで来るとオリオンビール一択である。一気に飲み干してしまうそうになる。
 適当に頼んだつまみ、

 最初に大東寿司がやって来る。マグロの漬けの握り。八丈島にも似たような漬けの握りがある。この辺りは八丈の文化が根底にある事を感じる。

 スーチカーという耳なじみのない食べ物は豚肉の塩漬けだそうだ。こちらは沖縄由来らしい。
 すっかりオリオンが空いたので2杯目。一緒にやって来たのは

 枝豆。何というか順番がちょっと変。
 喉が乾ききっていてペースが速い。このままだと日が暮れるまでに出来上がりそうだ。18時前にブレイクを入れるべく、会計を〆る。
 〆たとはいえ、まだ明るい時間。これで終わりは寂しく、別の居酒屋に行ってみる。地図を見るとJAの所を右に曲がって少々行くと店があるらしい。 

 島の外縁にある丘陵を登って降りると

 そこにあるのはサトウキビ畑。こんなところに居酒屋があるのだろうか、と疑問になってしまう。とは言え、遠くにぽつんと一軒家みたいな建物が見え、近づくとそこが目的の店だった。
 案外と混んでいるが、カウンタならと言う事で通して貰える。
 メニューを見る。ビールがオリオンでは無く、その親会社の嫌いな銘柄だったのでパス。その代わりに

 泡盛を水割りで頂く。北大東地元の泡盛というものは無い。地元の特産品を生かしたジャガイモ焼酎というものがあるのだが、そのジャガイモ焼酎も扱ってなかった。
 泡盛の水割りを頂いていると

 注文したマグロが出て来る。黒潮に洗われる大東諸島は漁場としては良い所らしいが、断崖絶壁に囲まれ漁港の整備が遅れたり、消費地としては小さい事とか、なかなか難しいものらしい。

 ヒラメの刺身もメニューにあったので頂く。養殖もやっているそうだ。
 刺身と共に、泡盛の水割りを。最後は言い間違えてロックで頂くからすっかり酔いが廻る。小一時間で切り上げる。

 サトウキビ畑の中を続く道、さすがにもう薄暗くなっている。先程来た道を戻るとホテルの20時。まだ早いが既に3時間、1人で飲み続けている。部屋に戻って飲みの続き、のつもりが早々に潰える。

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