気動車急行75列車 ノーンカイ行き 三等車の旅

 毎朝毎夕、繰り返される儀式を眺めると、三度ホームへ、そろそろ列車、入っているだろうか。 


 いますね。タイ東北線、急行75列車、ノーンカイゆき。前に一度、アユタヤに行くときに乗って以来の乗車。車両はTHN-NKF型。急行なのだが、バンコク近郊を走る普通列車と車両としては変わらない。
 4両のうち、先頭1号車と3、4号車が非冷房3等車。2号車は冷房2等車という組み合わせ。字面から見ると1980年代初頭までは上野界隈に顔を出していた東北方面への気動車急行、という感じにはなる。ノーンカイゆきの75列車、例えて言うなら急行おが1号、か。
 座席は指定されているので探して乗り込む。ボックスには先客が1人。

 ノーンカイまで乗り通すと10時間近くかかる列車。ボックスシートは多少クッションが効くかな、ぐらいの堅さで、これで10時間は辛いだろう。ノーンカイ行きの気動車急行は2往復あって、夜行便もあるのだけど、肘掛もないようなディーゼル急行で一晩を過ごすのは、辛いことこの上ない事が容易に想像できる。

 段々混み合う車内。さっそく車内販売がやって来る。お弁当っぽい食べ物だったり、飲み物だったり。以前ならビールも売っていた筈だが、夜行列車での強姦殺人、なんて不幸な事件があって以来、列車内禁酒が徹底されている。車内禁煙が車両の渡り板、オープンエアの所でなら黙認されていたけど、禁酒は本当に徹底している。
 隣りに固定窓の車両が入って来る。こちらはチェンマイ行き特急7列車。75列車の10分後にファランポーンを出発する列車だ。

 観光客が喜々として写真を撮り、乗り込んでゆく。ピンクの制服を着た客室乗務員がワゴンを持って待ち構えているが、ワゴンの車内積み込みは重労働。これは駅の男声係員が後で乗せこむ筈。
 75列車にもバックパッカーみたいな白人観光客が乗ってきたりして、国際色豊かになる。ボックスに3人ぐらい座っただろうか。不意に列車が動き出して時計を見ると8:20。驚愕の定刻出発であった。ファランポーンの駅を出てすぐ停まっちゃったけど。
 次に動くとゆっくりでも順調に

 すれ違う列車の中に12系の姿。日本から来た寝台車が活躍の場を無くす中で、リクライニングシートに換装された12系客車は在来車に混じって活躍を続けている。今日も何度か見かけたが、中には追突されたのか、ぐちゃっと曲がって駅構内に停められた12系客車も見かけたから、確実に数を減らしてしまうのだろう。
 バンコク市内を進む75列車。バンコクの道路は朝の渋滞真っ盛り。こんな時は道路優先で列車が停められる事もあるが、今日は遅いなりに順調。バンコク市内二駅走ってバーンスーで4分の遅れで収まっている。これならベタベタに遅れる事はなさそうだ。
 二駅停まって乗客を集め、車内はほぼ満席になった。車掌が検札をして、間違って座っていた人がいたのか、少々整理。同じボックスは3世代らしい家族4人連れになる。4人掛けのボックスに5人。小さい子が二人いて、男の子が外を見たいのか、席と席の間に立ち続ける。さすがに狭苦しい。外は暑く、走れば風が吹き込んで何とかなるけど、あまり居心地は良くない。

 だいぶ混ざっていた外国人のうち半分はドンムアンで降りた。ドンムアンに就航するLCCが増えているから、空港乗り継ぎの需要が一頃よりも増えているかも知れない。残りは1時間少々走ったアユタヤで降りてゆく。自分のボックスは相変わらず窮屈だが、少し気分的には楽になる。
 列車は快調に北上をする。アユタヤを過ぎてチェンマイへと続く北線の線路を進んでゆく。雨季のタイだが、この時間帯はバカみたいな晴れ。暑いし眠いし、時々意識を無くしつつの北上。
 列車は北線と東北線のジャンクション、バーンパーチーに着く。時刻は10:15、手元の時刻表では10:18出発となっているので、ほぼ定刻に戻した事になる。 

 窓下から声がしたから何かと思ったら物を売りに来ている。何か冷たい飲みもの、言葉が分からないので良く分からない。車内販売も人が入れ替わっている。日本みたいにしっかりした業者、ではなくて、商才に長けた個人とか、そんな人がやっているので、自分の家に戻れる範囲で降りて、また別の人が乗って来る。そんな入れ替わりが何度となく続く。
 列車は定刻にバーンパーチ―を発車する。間もなく、進行方向左手の車窓、

 特急型気動車が流れてゆく。ファランポーンを10分後に出た、7列車チェンマイ行きである。ファランポーンを10分早く出た75列車、7列車よりも5駅余計に停まって来たのだが、ここまで良く逃げた。
 北線と東北線、少しずつ離れて行き、7列車の姿が見えなくなる。75列車は国境の街、ノーンカイに向けて、飛ばしてゆく。線路がだいぶ良いようで、揺れは少なく、その点では快適である。そして、

 暑さ対策。パーンパーチ―で乗って来た車販から、凍ったペットボトルのコーラを買い求めた。飲み物は氷水の入ったバケツに入れて売られる事が多いようで、重たい分、男性が売る歩くことが多いようだ。凍ったコーラ何て、溶ける時に成分が分離しそうで、甚だ扱いにくい。でも今日はまずは首やら冷やしたりして使う。だいぶ楽になった。

起伏の少ない平原を75列車はよく走る。 東北線の線路は複線、行く手を遮るものは無い。小駅はすっ飛ばしてゆく様は急行の名に相応しい。久しぶりにこんな列車乗ったわ、と思う。
 速度が緩んで大きな街が現れる。ケンコーイに到着する。車内、半分ぐらいの人が降りてゆく。同席だった家族連れも降りて行って、空席が目立つようになる。代わりに乗ってきた人もちらほら。同じボックスには中年女性が一人やってくる。これならだいぶ楽である。
 ケンコーイ、ほぼ定刻発車だったようだ。

 ホームを外れて構内、隅の方に、明らかにキハ58系らしい姿が見える。JR西日本から無償譲渡されたものの、ほんの数年で運用離脱した幸薄い人たちである。数両放置されていただろうか。それらが消えると線路は二手に分かれる。片方は東北線の本線。ナコンラチャシーマ―方面。もう片方はノーンカイ方面へのバイパス線、ブヤアイまで続く線路。ノーンカイ行きの急行はバイパス線を行く。ここから先は単線のようだ。
 窓の外に、山が見えてくるようになった。

 山というにはささやかだが、バンコクを出て以来続く平原に初めて変化が現れる。平地で作っているのはトウモロコシだろうか。水田では無い。タイと言うとどこまでも続く水田の印象が強い。北線の時はピサヌロークまでずっと水田だったように覚えている。「川に魚あり、田に米あり」と言われた景色そのままだと感心したのだが、この辺りは米も魚もないのね。これから向かうタイ東北部、こちらの言葉だとイサーンだが、タイの中でも貧しい地域なのだそうだ。その辺りの事情、車窓からでも見て取れる気がした。
 列車は人煙稀、と言いたくなるような中を走って行く。そのせいかすっかり車内販売も来なくなった。

 そんな中でも駅がある。駅員が列車を見送る。そしてまたトウモロコシ畑。今日何度目かの眠気を感じ始める。

 そこへ姿を現した茶色い湖。パーサック・チョンラシットダムというダムによって出来たダム湖だそうだ。相当大きなダム湖で、列車は時折ダム湖に掛かる橋を通りつつ、付かず離れず進んでゆく。結構有名なのか、タイ人が写真を撮ったりもする。
 ダム湖が離れてしばらく、

 また現れる。本当に広い広いダム湖だ。見えて隠れてをしばらくの間、繰り返す。結構な速度で飛ばして10分以上続いたから、相当大きなダム湖であった。
 車窓に水田が現れるようになった。植えたばかりのような小さな苗が自然に逆らわない不格好な田圃に並んでいる。植えれば育ち成るを年に何度も繰り返すのだろう。まさしく「田に米あり」だ。ただ、水に魚あり、なのかどうかもまでは分からない。

 田圃があるから生活はあるのだろうが、人家が見えないようなところを進んでゆく。街は無いけど駅があり、駅員がいる。列車は停まってまた走り出す。

 ラムナーラーイ駅を出ると列車は山中を進むようになる。田も何も見えなくなる。勾配がきつくなったのか、少し速度も緩む。

 久しぶりに駅員以外の人がいる駅に到着する。お客さんじゃなくて商売の人。筍のように見える物やら、トウモロコシか何かか。そんな感じのものを売って歩く。車内に乗ってこないのは、列車に乗っちゃうと家に帰れなくなる、からかも知れない。
 列車は喘ぎつつ山を進むと、トンネルに入る。すぐに抜けると下り坂。その途中、フワイヤイチウという駅に着く。珍しく側線に入った。おやっと思う。

 上り列車が勢いよく通過していった。ノーンカイを7:00に出てきた急行76列車。今乗っている75列車と対になる列車だ。75列車はノーンカイからの戻りが夜行の78列車になり、76列車は夜行の77列車の戻りなので、完全なペアではないけど。
 76列車の気配が消えると75列車も出発となる。車窓が段々と拓けてくる。水田が広がるようになり、水も豊かになる。

 溢れんばかりだ。駅があれば多少のお客さんも降りるようになる。どこかの駅で一際古い気動車とすれ違う。バンコクでもらった時刻表には出てこない普通列車。ブヤアイからケンコーイへ向かう普通432列車だった。バイパス線を走る普通列車は1日2本。432列車の後はノーンカイからバンコクへ向かう夜行列車まで旅客列車は途絶える。
 列車が思わぬところで停まる。何があったのかと窓外を見てみると、

 そこには腕木信号機。停止の表示になっている。上り列車で何かあったか?という状況だけど、信号が変わって構内に入ると何もいない。そして何事も無く発車する。
 時計が14時になる。定刻ならブアヤイに到着する頃なのだが

 右手から線路が寄って来る。ナコンラチャシーマーを経由してやって来た東北線の本線である。そして14:04、ほぼ定刻にブアヤイに到着となる。バンコクから乗り通している人は殆どいなさそうな75列車から自分も駅に降り立つ。

 75列車のブアヤイ停車は10分。久しぶりに物売りがホームにいて、列車に乗って行く。すると発車時間よりもうんと早くドアを閉め、バンコク側に引き揚げてゆく。すると

 ホームの外れに停まって、燃料給油だそうだ。THN-NKF型の燃料タンク、元々10時間越えの運転をする事は考慮されていないそうで、ブアヤイで燃料補給が必須なんだとか。
 4両に対して2両ずつ補給するみたいで

 移動してまた停止。ほぼ10分後、ホームに戻る。先程乗り込んだ物売りが降りてくる。10分間、必死に売りまくったに違いない。


 旗の色が緑になって、75列車はさらに北、国境の街ノーンカイに向けて発車する。ノーンカイに到着するのは、定刻ならば17:45。あと5時間半掛かる。
 ブアヤイの街。

 ケンコーイから絶えてた久しぶりの街だが、駅前は眠るような午後のひととき。勿論、今日はブアヤイで終了ではなく、もう少し先へと進む。いや、戻る。
 東北線の列車。次はナコンラチャシーマーを経由してケンコーイに向かう普通列車。今日は途中のナコンラチャシーマーまで行く。出発は15:47。1時間半程待ち時間がある。ひとまず切符を買い求める。1時間半の乗車時間、距離が80㎞程だが、運賃はわずか18THB。
 あと1時間少々。軽くお昼を食べておこう。駅構内、脇の方に簡単な食堂がある。タイ文字のメニューしかないからハードルは高い。まぁ外国人が訪れる所ではないのでしょうねぇ。

 結局、人の食べているのを見ながら、指さしで注文。コーラも合わせて貰う。

 無難な物が出てきた。ありがたく頂戴する。
 店の人にどこに行くの?と聞かれ、コラートと答える。コラートはナコンラチャシーマーの旧名である。短い分、覚えやすかった。次は何で行くの?バス?と列車?と。バスが先に出てくるあたり、地元の脚はバスが主役なのだろうねぇ。
 あと1時間少々。駅のホーム、日蔭で待つ。PCを出してしばらく恥辱の続きを書いておく。段々と人が増えてきて、列車の到着時刻。少し遅れてやって来たのは。

 432列車は気動車4両編成。先程バンコクから乗って来た車両よりも一世代古くなり、RHN形。1970年前後に導入された車両なのでもうすぐ50歳が見えてきたという車両だ。自分よりも歳のいった鉄道車両に乗る、という機会は早々無くなった。

 4両つないだ車両に三々五々、お客さんが乗り込んでゆく。低いホームから高い床の車両へ。

 車内はひざ掛けのないボックスシートと排気管が並んでいる。車内には空ボックスも目立ったが、ブアヤイで乗った人で1ボックス1組ぐらいは埋まる。東北線の本線をゆく普通列車はバイパス線よりも多く1日4往復。学生らしい姿もちらほら。
 列車は結構な速度で走って何もないようなところで停まる。

 ホームも何もないけど駅。明らかに工事現場だけど駅。そこで親子連れが降りてゆく。この区間、複線化の工事中で沿線がそこらじゅう工事、工事、工事。線路だけじゃなくて、道路も一緒に立体交差にするみたいで、そちらにも工事現場もある。
 降りる人も居れば乗る人も居て、

 高校生なのか何か知らないけど、学生の姿が増えてきた。車掌が廻って検札。普通に切符を出して鋏を入れて貰っている。定期券で乗っている訳じゃないんだ、と感心する。概して駅員のいるような駅でたくさん降りて、また乗って来る感じ。でもホーム1本だけの停留所にも律儀に律儀に停まって行く。
 こんな通勤列車でも車内販売はやって来る。

 飲料の販売がやってきたので水を買う。今度のは凍っていない。値段は10THB。さっきの切符が18THBだから、如何に切符が安いか、良く分かる。

 少し日が傾き始めたイサーンを列車は南へ進む。開け放った窓から風が吹き込む。ずっと非冷房の列車が続いている。午前中は辛かったが、この時間帯は、案外と楽。時折、風と一緒に工事現場の埃が入って来る時だけちょっと辛い。

 ウサギか何かかと思うような雲が青空に映えていた。タイは雨季なので雨の筈なんだけど、今日は良く晴れている。

 この辺の東北本線。旅客列車に限って言うと5往復だけという閑散区間。貨物が一杯走っているのかも知れないけど、停留所では無い駅にはちゃんと駅員がいて、数少ない列車の行き来をしっかりと見守っている。後ろに見えているプレハブは仮駅舎のようだ。この辺りの駅で同じような建物をよく見かけた。
 高校生が思い思いの方に散って行くのを見送りつつ列車は発車する。

 親の迎えらしいバイクが子供を乗せて列車と並走してゆく。暫くの間、いい勝負だった。
 ブヤアイからナコンラチャシーマーの途中辺り、何処かの駅を発車した後、

 工事用らしい車両の横で突然停まる。どうしたかと思っていると今度は後退。別の線路に入って留まってしまった。本線を明け渡したらしい。10分、15分停まると本線に下り普通列車がやって来る。ナコンラチャシーマーを16時に出た417列車ウドンターニー行らしい。下り列車が何食わぬ顔で発車したのち、しばらくして、こちらも発車。本線に戻る。
 段々と外に大きな建物がちらほらしてくるようになる。時計を見ると17:50。定刻なら17:32にナコンラチャシーマーなので遅れている。多分、さっきの本線離脱しての長時間待避がイレギュラーだったのだろう。そして、

 左手から線路が寄って来る。ウボンラーチャターニーへと続く東北線の支線だ。久しぶりに大きな駅が現れて、タノンチラ駅。ここは既にナコンラチャシーマーの市街地になる。次が今度の目的地、ナコンラチャシーマー駅。
 線路際にスラムがある事で、ナコンラチャシーマーの街の大きさを知る事になる。

 線路が分かれると大きな構内が広がって、ナコンラチャシーマーの駅に到着。

 今日はここまで。列車を降りる。時計が18時過ぎを差している。何時の間にか30分程遅れたようだ。

 432列車はこの先、ケンコーイまでを3時間かけて走る。

 隣のホームにはナコンラチャシーマー始発の429列車が遅れた432列車を待っていた。間もなく発車してゆく。
 駅前に出る。

 鉄道の要所らしく、蒸気機関車が一両、駅前広場に鎮座している。廻りは屋台が出ている。ホテルは駅から少々離れた所。スーツケースを引っ張って向かう。途中の五差路を渡るのに苦労しながら、何とかホテルまで。

 何とかたどり着き、荷物を放り込む。1泊2000円ちょっとだから文句は言えないけど、古いホテルで、コンセントの少なさには参った。パソコンとか、スマホとか、デジカメの電池とか、充電したいものがいくらでもあるのだけど。
 ひとまず食事を取りに行く。歩いてくる途中に何軒か店があったし、コンビニも見かけたからそちらに戻る事にする。深夜便からずっと動いていて、色々歩くのは気乗りしない。

 ビールはLEOにした。氷の入ったグラスを持ってこられたのでそのまま頂く。腹を壊しそうで怖いが、冷たいビールが美味しい。

 すぐに揚げ物も出てきた。美味しく頂くと会計は250THB。800円ぐらい。
 コンビニでビールを買ってホテルに戻る。まだだいぶ早いが、疲れを覚える。軽く飲んで早めに就寝。明日も早い。