こちらの時間で午前5時。日本時間で午前7時にアラームをセットしてバンコク午前1時前に寝たのだが、どういう訳かバンコク時間で4時40分に起きてしまった。この時間、日本時間なら6時40分でつまり平日の起床時間。我ながら呆れるより他、ない。
 今日は一日フリーと言えばフリーで、タイ国鉄に乗ろうと思っている。前の日が定刻でもバンコク到着21:55なんて予定で、翌朝、起きれるかどうか定かでなかったから、起きれた時間に応じて3案程度。場合によっては第四案まで考えておいてのだが、この時間に起きれたら第一案を発動出来る。
 身支度少々。5時ちょっと過ぎに動く事が出来る。思った以上に早い。まだ暗いバンコクの街。ファランポーンの駅に向かって歩き出す。
 地図のイメージだけで歩いていたが少々迷う。たまにタクシーが通るだけの道。屋台の準備を始める人がいたりする。道端に座り込む女性がこちらをみてニコリと笑う。そう言う街だったのかと思う。勿論無視。
 迷ったが、駅自体は近いから何となく歩いている間にたどり着く。


 優雅に弧を描くファランポーンの駅。駅構内には列車を待つのか、ただ単なる駅寝なのか分からないが沢山の人がいる。

 開いている窓口で切符を購入。東線、275列車、アランヤプラテート行き。3等切符は48バーツでしかない。255km、6時間の汽車の旅が48バーツ。恐ろしく安い。色々と物の値段が上がっていて、昨日のタクシー150バーツは論外としても、500mlのペットボトルの水が1本10バーツ。ビールが350mlで概ね30バーツだから48バーツの破格ぶりが分かるかと思う。

 発車案内によるとアランヤプラテート行きは6番線から。早速、構内に入る事にする。一応、待合室とホームの境目には駅員がいるから切符を見せるが、ここは改札口というわけではないらしい。

 6番線に停まるアランヤプラテート行きを眺める。タイオリジナルの車両を連ねている。この国のどこかには日本から来た12系客車や14系、24系の座席車、寝台車が活躍していて、ひょっとして12系辺りに乗れるかなと思っていたのだが、今日はタイのオリジナル車である。今日は日本の客車に乗りたくて東線に乗るわけでないから、全く問題ないのだけど、半分嬉しく、半分悲しい、そんな微妙な気持ちになる。
 これから乗る列車を眺めるべく、隣のホームを歩いてみる。

 ディーゼル機関車を先頭に6両の客車を連ねた今日の275列車。エンジン音も高らかに出発の時間を待っている。
 先頭から書いてゆく。日本風に書けばこんな風になるに違いない。アランヤプラテート方から書くと
 
 マロニ-ナロハ-ナロハ-ナハ-ナハ-ナハフ

 重量区分はかなり適当だ。一世代前の客車は重かろうから「マ」を宛がい、そのほかの車両はどことなく10系客車を思い起こすから「ナ」にしておいた。冷房搭載なら「ス」かもしれないが、全ての車両が非冷房車。窓は全開、扇風機が甲斐甲斐しく廻り続けている。
 この列車に2等があるのは知らなかった、3等のモノクラス編成だとばかり思い込んでいた。
 改札に近い、ファランポーン方が込んでいて前に行くに従って空いている。

 一際古い雰囲気の二等-荷物合造車。居並ぶ客車の中でも一世代以上前のものと思われる。

 二三等合造車は丁寧に二等部分と三等部分で窓の並びが違ったりする。なかなか凝った事をしている。 

 一番最後尾の三頭車だけ塗装が違う。そして改札に一番近いからこの車両が一番の混雑。

 2等車に乗る切符は持っていないから3等車のすいている所、と言う事で先頭から2両目の合造車に座る。1/2しかない客室の半分は優先席。お年寄りや体の不自由な人と並んで、僧侶が着席の対象になっているのはお国ぶりと言うべきだろう。そして座席は片側は4人ボックスだが、もう片方は6人ボックス。つまり2-3配置。
 待つ事しばし。少しお客さんが乗ってきて定刻の5:55がやってくる。がたんと衝撃が来る。

 夜の明け行くファランポーンを275列車が出発する。これからちょうど6時間。タイ国鉄東線。カンボジア国境アランヤプラテートまでの長い道のりが始まる。始発駅だが終着駅の風情漂うファランポーンの駅をゆっくりと後にする。構内に佇む客車の中に日本からやって来た14系、24系の姿も見える。ゆっくり、ゆっくり、広がりが収縮してゆく線路を進む。門司港だなと一瞬思う。
 車掌が廻ってきて手元に切符にハサミを入れて廻る。パチンぱちんと乾いた金属音が何とも懐かしい感じ。
 東線と北線の分岐の手前で停止。ファランポーンの駅を出た時より空は明るくなっているのだが、

 しかし、このゴミは大胆すぎないですかねぇ。
 北線と別れ90度東へ曲がる。ここからが東線の旅。まずはバンコク市街地。朝の風景を車窓に眺め、ゆっくりゆっくりの旅。粗末な家の並びは間違いなくスラムと言う言葉と直結しそうなのだが、よく見ると家々の屋根にパラボナアンテナが生えている。どうやらこの家の人たち、衛星放送を見ているらしい。建物が粗末なだけで実は金を持っているんじゃないかと思えてくる。この街に限らず、タイを旅しているとこの国の人たちは数値として出てくる以上に豊かな暮らしをしているのではないかと思うことがよくあるのだけど、今日も早朝からそんな感想を持ってしまった。

 列車は東線、バンコク市内を東に向かう。昨日、空港鉄道を降り立ったパヤータイにも実は国鉄駅があって、列車は停まる。ホームと言えないホームからお客さんが乗り込むとすぐに列車は動く。そして大通りを横切る。踏切番が3車線いっぱいに柵をして車の行き来を塞いでいるのが見える。
 この先、列車は空港鉄道の高架下を走る。と言うより、空港鉄道が東線の直上に建設されたといったほうが正しい。空港の近くまでタイ国鉄東線と空港鉄道の上下関係は変わらない。これが日本であれば既存インフラを出来るだけ生かして空港鉄道を建設するに違いないが、タイの国鉄は既存線と別の線路を建設した。確かに今乗っている客車列車と昨日乗った高速電車が同一線路上に共存する事は中々想像し難いものがある。
 列車が停まる。駅だろうか。

 お客さんが乗ってきてそのすぐ傍をバイクが走る。なんとも凄い駅だと思いながら眺めていると左側の線路をディーゼルカーが走っていった。まもなくこちらも発車。上下列車のすれ違いかと思っていたら、まもなく

 駅に着く。どうやら駅構外で待避中にお客さんが勝手に列車に乗って来たの図、だったらしい。何でのありだなぁと感心しながら進むバンコク市内。

 ファランポーンから40分ほど。そろそろバンコク郊外になるらしい。車窓には立派な一戸建て、ちょっとしたマンションが田園の風景に混じる、さながら東京郊外のような景色。列車はだんだんと混んで来る。外国人が一人で座っているボックスなんて避けられそうな感じだが、そうも言ってられないようで一人、二人と座る人が増える。

 駅に停まるとまた人が乗って来る。ホームと反対側からでも特に問題ない様子で線路をまたいで乗り込んでくる姿がちょくちょくと。乗ってこない人は上りのバンコク方面を待っているのだろう、まもなく

 逆光の中、ディーゼルカーがやってくる。

 ファランポーンから1時間少々が経った。ずっと頭上に付きまとっていた空港鉄道の線路が、そして高速道路が右へと分かれてゆく。小さく管制塔が見えている。空港はそんなに遠くは無いようだ。東線で空港近くまで来てタクシーでも拾えば、渋滞と関係なく行き来できそうだが、列車本数が少ないし、この速度の遅さでは、国際空港の名折れにしかならないのかも知れない。
 国際空港への道が分かれるといよいよバンコクの残滓が無くなって、タイの大地へと歩み出る。田に米実り、水に魚泳ぐと謳われた豊かなタイの台地らしく

 水っぽい景色が広がった。豊葦原の瑞穂の国だった日本も昔はこんな漢字だったのかなぁと思う。直角のシート、賑やかな車内。大きく開け放った窓と忙しく廻る扇風機。こんな昔ながらの列車に乗って昔を想う。どうも昔と昔を取り違えている気がするが気にしない事にする。
 景色は鄙びているが、車内は実に賑やかで、どこまで混んでいるのか分からないけど、通勤で込んでいるのではなくて、移動手段として使われているらしい事にようやく気付く。ファランポーンから1時間半。午前7時過ぎの車内は

 こんな感じ。3人掛け席に3人座るところも目立つし、デッキに立つ人も多い。振り返った二等車がどんな感じかまでは見ていないから分からない。こんな列車にも車内販売がやってくる。お弁当やトウモロコシを売るおばさん。水やビールを売りに来るおじさん。通路に立つ人もいる中へ突っ込んでくる。この時間、満席の中でビールと言うわけには行かないけど、ペットボトルの水は必要だけど持っていないからありがたい。一本買うと10バーツ。コンビニで買うのと同じく、ストローを付けてくれる。お弁当も食べたいが、空いてきたら考えよう。
 パチンパチンと音がして車掌が検札に廻る。同じボックスの人達が切符を提示して気炎札を受けている。自分はと言えば、既にハサミの入った切符を提示。「やってたか」みたいな感じで軽く頷くとそれ以上はノーチェックとなる。
 列車は小さな乗り降りを繰り返しながら東へ向かう。立派だった複線も、パタヤ方面へ向かう枝線が分かれる まで。ここから先は単線の線路となり速度も落ちる。時折妙な揺れ方をするようにもなる。車窓は相変わらず

 水色の景色。椰子なんかココナツなのか、木々が水の中に浮かんでいる。鉄道電話の電信柱も水の中から生えている。水っぽい国である事は間違いないが、何か、妙に水が多いような気がしてならない。
 バンコクを出て2時間以上が過ぎている。ここまでほぼ定刻どおりに列車は走ってきた。前回乗った北線の特急は出発からして1時間近く遅れたので、タイの鉄道に定時性は期待していないのだけど、なかなかどうして結構優秀なものである、が、どこかの駅で停まったまま動かなくなる。赤信号のようで待つ事しばし、

 対向列車がやって来た。信号機はあるのだが、タブレットも使っているようだ。写真、良く見ると機関助手がタブレットキャッチャーに向かってタブレットを投げ込もうとしている所が映っている。

 お互い、暑苦しそうな非冷房車同士のすれ違い。狭窓のクルマは一際古そうな木の内装に木の背凭れ。日本で言うと61系客車みたいな感じだろうか。長時間座っていれば体のあちこちが痛くなるに違いない。最も、今乗っているビニール張りの座席だって、体への優しさ、というか厳しさは五十歩百歩。2時間以上狭い座席に4人掛けでそろそろ体がきつくなって来ている。そして、背凭れが薄いのだろう。反対側に座っている人の動きがこちらまで伝わる。宮脇先生が時刻表二万キロの中で、ローカル線の古い気動車に乗るとたまに後ろの人の動きがこちらに伝わる事があって、田舎でよく当たるので型式を見てみたらキハ17とあった。なんて事を書いていたが、そのことを思い出す。自分の世代だとキハ20系列には縁があったが、キハ17系列はさすがに知らない。
 対向列車の遅れでこちらの列車も遅れる。20分ほど遅れたようだ。こちらも動き出して暫く、徐行運転となった。

 良く見ると水が道床を洗わんがばかりに侵食している。この水の景色、どうやら通常ではなくて異常事態らしい。逆にこんな状態でよく走らせるなと思う。列車が遅れているところに徐行が入ったらさらに遅れる事になる。でもこんな景色を見た後だと、走っているだけマシかと言う気分にさせてくれるから不思議だ。

 再び信号赤で停車。やってきたのはディーゼルカー。行き先表示にはアランヤプラテート-バンコクとなっており、1日2往復あるアランヤプラテート発着列車の片割れらしい。もう一本がディーゼルカーとは知らなかった。ステンレス車気動車は見た目立派だが、勿論非冷房車。タイの列車らしく僧侶が降りて来た所が撮れた。
 9時を廻る。立客はさすがにいなくなったがまだまだ込んでいる。6人掛けの席にはおおよそ4人。4人掛けの席にはおおよそ4人。つまり4人掛けの方が窮屈で、まだお弁当をと言う状況ではない。でも何往復目かしているおばさんを同じボックスの人が呼び止めて

 極彩色の餅菓子らしきものをあれやこれやと沢山買ったのをきっかけに、とりあえず買うだけ買っておく。値段を「one six」と言われて160バーツかと勘違いして100バーツ紙幣2枚を出したのをきっかけに二言三言、会話になる。簡単な英語のやり取りのだとありがとうと「コップンクラップ」と言ったらにこっと微笑み。微笑みの国の笑顔に初めて触れた。
 どうでも言いのだが、海外に行く際、個人的には「こんにちわ」と「ありがとう」だけは現地語で言えるようにしておいた方がいいと思っている。「すみません」「これ下さい」「ビールありますか」が言えたら、ひとまず生きていけるだろう。3〜4日一人で旅行すれば、何となくそこまでのレベルには達しそうだが、今回はそこまで日数が取れていない。残念である。
 ボックスの一人が降りたので、席に余裕が出来た。今のうちにお弁当を食べてしまおう。時刻は10時。ファランポーンから4時間。朝食と言うには若干遅い時間になってしまった。

 卵チャーハンの上に目玉焼き。そしてつみれの揚げ物。袋に入っているのはナンプラーで封をあけると結構強烈な匂いがする。一個16bバーツ、だったと思う。
 チャーハンはさらりパラパラで美味しい。辛いナンプラーが実に良く合う。あまり期待してなかったけど、想像以上に美味しくて満足する。
 列車はおおよそ時速60km/hを言ったり来たり。淡々と進んでゆく。途中、久しぶりに現れた大きな街で沢山降りて車内が空くのかと思ったらそれ以上に乗ってきてまた満席になる。意外と言っては失礼かも知れないが、数少ない列車を地元の皆さんは最大限に利用しているようだ。
 三度目の検札が廻る。もう自分に対しては切符を見せろとすら言ってこない。その後で、車内の空気がちょっと重くなる。同席の人が英語で教えてくれる。「Passport check」と。向かいのおばさんは身分証明証らしいカードを手にしている。まもなく物々しい制服を着た4〜5人ぐらいの集団がやってくる。Railway Policeの文字が見える。鉄道警察、か。
 パスポートをホテルに置いてきていたら問題になるところだろうが、幸い今日は持ち歩いている。イミグレーション相手には絶大な効果を誇る日本のパスポートだが、警察相手だとどうなのだろう。パスポートを見せると、ちらっと中身を確認したようだが、すぐに返して貰える。物々しい雰囲気だったが、特に何か騒ぎがあるわけでもなく、終了。
 定刻であれば11:55にアランヤプラテートに到着するはずだが、先程の列車交換待ちの遅延と徐行運転が響いて遅れたまま走っている。大きな街が現れて降り支度を始める人が沢山いたからアランヤプラテートかと思ったら、そうではなかった。まだ先がある。先程パスポートチェックを教えてくれたおばさんもここの駅まで。ホームで窓越しに手を振ってくれたからこちらも振り返す。 
 さすがに列車は空いた。ボックスに1人2人と言う感じ。ファランポーンから乗り通している人、どれほどいるのだろうか。隅の方に欧米系の観光客が3人いてこの人たちはファランポーンからの筈。後は大きなカバンを持ったおじさんが一人か。さすがに6時間、このすわり心地の良くない椅子に座り続ける人はいないようだ。カンボジア国境の街、アランヤプラテートへはバンコクからバスで4時間少々であるらしい。値段は倍以上するが、エアコン付で早く着くバスの方が人気であるのは、まぁ当然だろうなぁと鉄道好きの自分でも考える。
 現れる駅の一つ一つにしっかり停まりながら6時間以上。

 無人駅にはホームがあるのかないのかなんて所もあって、終着を目前にしたこのささやかな駅は草むらと一体化している。この夏に乗った宗谷本線の乗降場を思い出す。
 明らかに街が現れてどうやら終着である事を知る。列車の速度が緩んでそして大勢の人がホームに群がる駅へと到着。終着アランヤプラテート。時刻は12:15。意外な事に20分遅れ程度で済んでいる。


 ホームの人たちは折り返しの列車に乗る人もいるが
「モーターサイ、モーターサイ」
 と叫んだりしている。市内へ向かう人を捕まえようとするモーターサイやトゥクトゥクの運転手が先争って乗客を捕まえようとホームにまで押しかけているのだった。

 線路は先へと延びるが途中で途切れているはず。昔はカンボジアプノンペンまで延びていたそうだが、内戦やら何やらで、国境のこの街がインドシナ半島に延びる鉄路の東の果て。

 ここからカンボジア国境まではクルマで10分。カンボジアの入国にはビザが必要だが、当日申請でOKであり、タイのビザなしで長期滞在する人が、滞在期間が切れそうになると日帰りでカンボジアを往復するらしい。自分も、カンボジアタッチ、考えないでも無かったが今回は止めとく。次回があるかどうかは知らない。
 折り返しのファランポーン行きは13:55。1時間半ほど時間がある。まずは駅前にある食堂に入ってみる。

 観光客が来るからか英語のメニューがあったので片言の英語で牛肉入りと言う麺を頂く。

 意外と早くこんなのが出てくる。これで30バーツ。ナンプラー、唐辛子、酢に砂糖のタイの食卓4点セットで味を調え頂く事になる。これをしないとタイに来た気分が出ない。
 食堂を出ようとするとトゥクトゥクの運転手がこちらを伺っている気配を感じる。先ほどの競争に溢れた運転手がカモを狙うの図が頭に浮かんだ。時間もあるし、国境をちらと覗くのもアリかもしれないと思っていたが、止めにする。
 駅に戻り、列車を眺める。

 機関車が向きを変えてファランポーンゆき、276列車が既に仕立てられている。車内には十数人、お客さんが乗っているが、まだチケットの発売は始まっていない。
 一番後ろに変わった「マロニ」が気になるのでちらっと車内を覗いてみる。

 鉄道警察の制服が掛けられており、どうやら警察専用車であるらしい。警察専用車、そんな記号日本には無いなぁ。意訳すると職用車になるのか。職用・荷物合造車、「マヤニ」か。帰りは2等のチケットを買ってこの古典車両に乗ってみようとも思っていたが、いかつい警察官と6時間道中を共にするのはご免蒙る事にする。何か護送中の容疑者みたいな気分になりそうだ。

 こちらが2等車の車内。ビニール張りのリクライニングシートが並ぶ。冷房は無いが脚は伸ばせる。横幅も広い。6時間乗るならこちらの方がやはり快適そうだ。

 今まで乗ってきた3等車はこんな感じ。

 駅に戻る。チケットは12時半から発売とあるが、まだ窓口は閉まっている。まだ出発まで1時間以上あるのだから、まぁいい。華僑らしいおじさんが一人窓口の前で頑張ってる。横には運賃表があって、ファランポーンまで二等運賃は111バーツとある。三等の2倍以上の運賃だが、それでもエアコンバスよりは安い。
 しばらく窓口も開きそうに無いので、駅前のスタンドで飲み物を買ってみる。氷水に冷やされた瓶入りのペプシをお願いすると10バーツ。瓶の蓋を開けると

 ビニール袋に注がれて渡された。瓶はお店の人の手元に残るから間違いなく再利用される。これ、賢いやり方のような気もするし、でも日本じゃ絶対に受け入れられらないだろうし。

 チケットの発売が始まったのでファランポーンまで2等1枚を買い求めようとすると、2等は無い、3等だけだ、と無理やり3等切符を渡される。48バーツ。窓口では埓があかないので、駅の中にいた人を捕まえて、かなり適当な英語であの2等車に乗りたいけど、いいかと聞く。OKと言われてはたと気付いた。これ2等車を3等車の代わりに使っているらしい。運用の都合で普段3等編成しかない路線に2等車付が入っているのか、冷房なしの2等車は全て3等車という扱いにしているのかは定かでないが、そう言う事のようだ。
 ならば遠慮なく2等車に座らせてもらう。来る時の地元の人と会話のあるたびは勿論楽しかったし、6時間、狭いボックスで乗りとおしたことは後悔していないけど、それを往復ともにこなすのはさすがに疲れる。
 窓割と椅子の位置が全て合わない不思議な二等車に座り出発を待つ。走っている間は割りと涼しい風が入り込み、汗ばむことは無かったが、停まっている列車、扇風機が生ぬるい風を送り込むだけではさすがに暑さを感じる。鉄道の切符は買ったけどエアコンバスで帰ろうかなんて気分にもなる。この列車が定刻でファランポーンに19:55着。多分そこから20〜30分は遅れるのだろう。それに対してエアコンバスは4〜5時間。アランヤプラテートを14時に出たとして18〜19時にバンコク北部、モーチットのバスターミナル着となる。明らかにバスの方が楽だろうが、金曜日の夕方、バンコク市内は渋滞に違いない。そう考えると列車とさほど変わらないかと言う結論になって思いとどまる。
 2等車の座席が半分ぐらい埋まり、13:55、定刻に発車となる。早速車掌が廻ってきて検札。ハサミを入れてもらう。次に警察が来たからまたパスポートチェックかと思って出そうとしたら、「いいから」と手で制された。良く分からないが、何人かは事情を聞かれていたから何かのチェックはしていたようだが、来る時のような大掛かりなことはしていない。

 再び水っぽい景色の巻き戻しが始まる。さすがに変化の無い、同じ景色は飽きるし、疲れもあるので帰りは少し寝ていこうかと思う。幸い、帰りの座席は古くても安楽椅子だ。国鉄時代の所謂並ロというのはこんな感じだったのかなとちらっと思って目を瞑る。まもなく眠りに入る。
 ちらちら目覚めることもあったが、基本的に寝続けた。気が付くとアランヤプラテートから2時間が経っている。タイの時間で午後4時。東京は午後の6時。

 街が現れる。水に浸かっているように見える。駅を出ると

 川の水位が橋のギリギリまで。台風なのかどうかは知らないけどどうやら大雨が降ったその後に訪れたのだろう。ようやく事情が飲み込めた。
 まだ4時過ぎ。日は高い時刻だが、雲も出ていて少し日が翳った感がある。車内は混雑してきたようだ。デッキに立つ人もいる。デッキの人がドアの所でタバコを吸う煙が時々窓から入り込む。タイの列車は禁煙が原則であるようだが、デッキや連結部でタバコを吸う分には黙認されているようだ。元々タバコを好む民族のようで、バンコク市内はとにかく、車窓を流れる景色に中で見ていると、結構タバコを吸う人を見かける。一度は車掌がディーゼルカーの運転席で吸っているのを見かけた。

 行きの列車で見かけたおじさんとおばさんは車内販売でまた頑張っているけど、駅頭でも物売りの姿を見かける事も多いおばさんが手にしている袋、ひょっとしたらコーラかなと思いながら見てみる。  

 駅のホームにつきものなのが犬の姿。無人駅にはいないが、有人駅には必ずと言いたくなるほど姿を見かける。そして必ず2匹以上いる。

 有人駅では必ずタブレット交換が行われている様子。信号機はあるようにも見えるのだけど、タブレットのやり取りは必ず見かけた。列車側から駅側へのタブレットキャッチャーは見かけたけど、列車側のタブレットキャッチャーは見なかった。通過列車はないよ、と言う事かも知れない。

 だんだんと日が傾いてくる。列車が鈍く光るようになってきた。ファランポーンはまだまだ先。一日は続いてゆくが、今日の終わりは見えてきた。
 どこかの駅で列車が動かなくなる。交換待ちだろうか。この旅で初めて途中駅で列車の外に出てみた。

 列車の中より外の方が涼しいからか、物売りが来るわけでもないけど窓から顔を出す人、身を乗り出す人が必ずいる。デッキでタバコを吸う人がしばらく列車が動かないからか、ホームに降りてタバコを吸っている。遠くに列車の光が見えてしばらく。対向列車がやってくる。右隣のホームに来るかと思いきや、左側の線路に入るのが見えて思い切り肩透かしを食らった。
 乗り込むとまもなく、対向列車が停まりきらないうちに動き出す。どうやらこの区間タブレットによる閉塞ではなく、信号を使って運転しているようだ。

 車内、ぼんやりとした蛍光灯が点るようになる。アランヤプラテートから4時間が経って18時近く。雲の切れ間から赤い空が見えている。どこまでも続く水面が鈍く光り、椰子の木が黒々と浮かぶ。朝、ファランポーンを出てからもう12時間。往復500kmのうち、400km以上は来ただろうか。二等車の椅子とは言え、さすがに疲れを覚える。あと2時間は長いかも知れない。もしアランヤプラテートからバスに乗っていたら、今頃どこだろうな、と弱気なことを考えたが、思いがけなく美しい写真が取れたので思い直した。列車に乗ってやっぱり良かったのだと。

 パタヤからの路線が合流すると東線は明らかに人が変わる。今までの走りが嘘みたいに速度が上がる。遠くに光の点がみえたなぁと思ったら見る見る大きくなって対向列車が現れる。朝の列車はこんな元気だったっけ?と言う気がしないでもない。速度が緩むと駅が現れ、朝と同じようにホームの無い線路側へと乗客が飛び降り、それぞれに散ってゆく。やはりこの列車は朝の巻き戻しだ。
 しばらくそんな景色を見ていたら、また寝入ってしまった。30分ぐらいだろうか。すっかり夜の帳が下りていて、列車はノロノロと走っている。先ほどとまた人が違う。直上には高架線。空港鉄道の線路だ。高速道路から見える様に各社の巨大広告が見える。クルマの広告とクーラーの広告が目立つ。苦戦の目立つ日本企業がここでは元気なことも嬉しい。

 列車はノロノロと走って、停まる。駅なのかどうか良く分からない。バンコク郊外はそういうはっきりしない駅もいくつかある。クルマが何台も走り去ってゆく。市内に入れば立場は逆転するだろうが、この辺り。車の方が圧倒的に早いようだ。空港鉄道の列車にも、勿論抜かれる。
 走っては停まり、停まっては走り。駅であればお客さんが降りてゆく。さすがに乗って来るお客さんは早々いない。段々と列車が空いてくる。アランヤプラテートの出札窓口で一番に並んでいたおじさんが降りてゆくのが見えた。アランヤプラテートから乗り通している人、いったい何人残っているだろう。
 鉄道工場があるマッカサンの横を走ると踏み切りに差し掛かる。両側にはクルマの列、列、列。金曜の夜。バンコクは渋滞の時間帯。初めてクルマに対して優越感を覚えるが、

 それを分かち合える人はそんなに残っていない。気が付いたら列車はがら空きになっていた。
 ここまで5分ほどの遅延で済んでいる。パヤータイを出ると左に曲がって北線と合流。ここで列車が停まる。隣の線路を特急列車がゆっくり走り抜けて向こうも停まる。ファランポーンへの入線待ちを喰らったようだ。動き出したのはこちらの列車が先。特急を追い抜いて、下り寝台列車とすれ違うと構内が広がり始める。10分少々遅れてファランポーンに到着。時刻は夜の8時過ぎ。


 まるまる14時間付き合った列車ともお別れとなる。適当に宿に戻ろうと駅を後にしようとしたら、

 こんな姿が構内にいた。14系寝台車である。東北線の2等寝台車として2両つながれている。デッキ廻りがタイの低いホームに合わせて改造されていたり、塗装が一部黄色になっていたり変化はあるが、B寝台の表記が残っていたりして日本時代の匂いがどこまでも広がっている。


 異国の地にすっかり馴染んだように見える日本の客車。こんな列車にも一度は乗ってみたいものだと思いつつ、駅を後する。

 あくまでも日本時間のペースで動いている自分にはもう夜の22時と言う気分ではあるが、バンコクは夜の8時。

 渋滞真っ只中の駅前、クルマの合間を掻い潜って道路を渡り、チャイナタウンの方にあるホテルに向かう。ホテルに戻る前に夕食を済ませたいのだが、何となくカレーを食べたい気分。朝がチャーハン。昼が麺だったから、ひとまずカレーだけは抑えておきたいのだが、チャイナタウンでカレーって、絶対に有り得ないよなぁと思う。

 戻る途中にお寺をちらっとだけ。こう言うベタな観光、今回の旅行では全くやっていない。ここもあくまでチラ見だけ。
 チャイナタウンに差し掛かると人ごみがどっと増える。

 屋台街とそれに群がる人、人、人の列。昨日の夜。ホテルに着いたときに見たのはこの残滓だったようだ。とにかく人が多すぎて歩くにも難儀する。屋台あるのはちょっとしたお菓子だったり中華まんだったり。麺を出す店もあるようだが、ちらっと見ただけでは何が何だか分かり兼ねる間にホテルの前まで来てしまった。
 何にも食べないわけにもいかないから延長戦。もう少し先まで歩く。

 何か街を間違えたような気分になって来る。駅を無視して別の所に停まるのもありだったかもなぁと思わなくはない。


 並ぶ屋台の中、カレーを見つけたのでここにしようと決める。屋台なのにチェックはあとと言う不思議なシステム。食べ終わってこれがびっくり70バーツ。多少物価が上がってるし、バンコクと地方ではまた物価が違うだろうが、屋台のカレーで70バーツはないだろ、と思うが食べてしまったから、払っとく。何か敗北感を覚えなくは無い。
 コンビニでビールだけ買ってホテルに戻る。道路の喧騒は部屋の中まで聞こえてこない。そろそろ日本時間の24時。そろそろ寝る事にする。明日は今日ほどでないにせよ、それなりに早い。