葬送鉄

 出発の衝撃で目覚める。列車、逆方向に走り出している。長岡を出発したところらしい。貨物駅が流れてゆく。再びzzz。次に目覚めるとまもなく富山の案内だ。車内の明かりが元に戻っている。睡眠5時間、といったところか。瞼が重いけど仕方が無い。降りよう。
 急行能登
 写真:富山駅に到着した急行能登
 455系
 写真:能登の後を追って発車する普通列車
 キハ58
 写真:高山線へ入る普通列車
 何故か国鉄型だらけ。今日はそういう日らしいです。まずは高山線猪谷行きでスタート。緩々とした加速を楽しんでいるうちにトロンとしてくる。越中八尾までは覚えていたけど次第に途切れ途切れ。山間の小集落という雰囲気の笹津を見て、昔はここまで地鉄が来て居たんだよなぁと漠然と思い、次の瞬間、終点猪谷。
 神岡鉄道
 写真:神岡鉄道 KM-101 おくひだ1号
 神岡鉄道
 写真:12月1日廃線予定 お別れの看板がホームに
 ここまでやって来た目的は今年12月1日をもって廃線となる神岡鉄道のお別れ。本当はもう少し早く来ようと思っていたのだけど、この時期になってしまった。1ヶ月ちょっととなった猪谷駅、想像通りの状況。殆ど「鉄」「鉄」「鉄」。老夫婦がいて割りとまともなお客さんかと思いきや、やっぱりお別れ乗車らしい。一番煩かった。
 ボックスがさらりと埋まる程度の乗車で列車は発車。トンネルをくぐり、神通川を渡り、またトンネル。紅葉にはまだはやいけど深く広がる青空をバックに広がる山峡の景色に気分は良くなる。山間の小駅に停まる。そのたびに必ず一人降りてゆく。まぁ鉄もいろいろだからな。
 神岡の街が広がる。足尾に似た雰囲気。恐らく街の中心地と思われる飛騨神岡の駅で家族連れが乗ってくる。やっぱりお別れ乗車、らしい。
 山の中に無理やり作ったような神岡の街を走り終点、奥飛騨温泉口
 神岡鉄道
 写真:終点、奥飛騨温泉口に到着したKM-101
 奥飛騨温泉口、確か、5〜6年前に一度来ているのだけど、こんなに立派だったかなと戸惑う。記憶と随分様子が違う。駅舎自体違うような気がする。立派な待合室では写真展を開催中。本社機能も構えているようだ。
 神岡鉄道
 写真:駅舎の前にドンと構えるDE-10
 間違いないのはこんな保存機関車は無かった事。って言うか機関車が現役で走っていられる環境であれば廃線にはならなかったに違いない。そんなことを考える。
 券売機があり、富山まで通しの切符を買える。ところが新札は使えませんの注意書き。う〜ん、今旧札を手に入れることは奇跡に近い。機械を入れ替えるなり改造する費用も捻出出来なかった、という厳しい現実を見てしまった。「両替は運転士まで」と言う張り紙に従い運転士に両替をしてもらえる。おや新500円玉が混じっている。こちらは対応していた。ちょっと不思議な感じ。
 行きの電車で見かけたような面子を載せて猪谷行きは走り出す。再び青い空と山峡、そしてトンネルの繰り返し。今度は下り坂だからか、エンジンを軽く吹かすだけで転がり落ちてゆくように走ってゆく。
 猪谷に戻る。乗客が降りると今度はバスツアーらしいお客さんが大挙して乗り、満席になる。富山からの列車が到着。こちらも大挙して乗客が押しかける。車内がどうなったか見届けなかったけど、時ならぬラッシュに襲われたに違いない。
 猪谷駅前
 駅前では商店が朝早くから営業。さよならグッズを売っている。奥飛騨温泉口の駅では鉄道の窓口があるにも関わらず、何もやっていなかった。第三セクターよりも純粋な民間の方が利に聡い、って事でしょうか。商売に対する姿勢の差を見て取ったような気もします。