北京で迎える二回目の朝。

 外は雨に濡れていた。雨自体は憂鬱だが、北京の綿も埃も、多少は何とかなるのかなと思えば、まぁ良いのかなぁと。
 今日はお客さんの所に出向くのだが、待ち合わせはホテルのロビーで6時半。そしてホテル替えもあるので、荷物を括った後、チェックアウトをしてからとなる。荷物は会社の事務所に置いて行く。また道路の横断があるのだが、朝が早いからかさほどの混雑ではなく、何とかなる。
 まだ誰も出勤していない事務所のカギを開けて貰って荷物を放り込む。そして再び外へ。タクシーを捕まえて向かうのは高速鉄道の起点、北京西駅。雨の朝だからか、いつもと同じのかは分からないが、渋滞にはまってなかなか先に進まない。心積もりだと7時半には着きたかったらしいが、実際についてみると7時40分ちょっと前。

 駅前に出発案内の液晶がでかでかと出ている。8:00ちょうどにはシンセン行きなんて案内が出ていて思いっ切り驚くのだが、乗るのは8:18、西安ゆきらしい。
 ここで現地法人の中国人スタッフと合流。チケットを買ってもらう。昔、広州からシンセンまで高速鉄道に乗った事があるけど、何時の間にか外国人が乗る時にはパスポートを提示しないと乗車券が買えないようになっていて、初顔合わせの中国人スタッフにパスポートを預ける事になる。もちろん、何もなったけど。
 切符が購入できたので待合室へ。待合室はホームに降りる手前、ホーム毎に設けられている。今日はホテルの朝食開始前にチェックアウトして出て来たので、駅か列車の中で食事と思ったのいたのだけど

 待合室には売店はあっても食事を取れそうな、或は何か食べ物を売ってそうな所は無い。そのうちに乗車が始まる。食事は後かなぁ。

 ホームに降りるとどこかでみたような顔つきの車両が停まっている。ただ乗客用ドアより前側にも客席があるから、自称自主開発のCRH380シリーズと知れる。西安までの列車は8両編成だが、隣のホームから出て行ったシンセン行きは16両編成。
 宛がわれた8号車、つまり最後尾まで歩いてみる。二等車は2-3列の5人掛けでまるで新幹線そのもの。一等車は2-2列の4人掛け。半室ながらビュッフェ車もある。
 指定された席に先客。切符を見せてどけて貰う。元いた人は3人掛けのC席へと移って行く。そしてテーブルの上にあるバナナをもぐもぐと。そろそろ空腹であり、そのバナナ、正直羨ましい。
 向かいのホームに寝台車を連ねた在来線の列車が入って来るのを眺めている間にC席の主も来て3席が埋まる。乗車率は上々のようだ。
 定刻8:18に出発。北京市内では徐行していたようだが、まもなく専用線に入り、郊外に出ると速度を上げる。おおよそ15分ぐらいで時速300㎞/hを少し超える所まで届いてノッチオフ。

 290km/hぐらいまで速度が下がるとノッチ入り、300km/hを超えた所でノッチオフを繰り返しながら高速専用線を駆けてゆく。途中、検札が来たけど自分の所はなぜかスルー。そして車販も来たけど3列掛けの窓側からだと何とも声を掛けづらく、よって朝食抜きが確定となる。
 駅は一つ二つ見えたけど街は全く見えないまま、速度が緩んで最初の停車駅に到着。

 保定東という駅。北京西駅から40分程で到着。今日はここが目的地。列車は待避線に入っており、どうやら10分弱停まって後続の列車に抜かれるらしい。ある意味、こだまタイプの列車に乗ったようだ。
 改札を出るとすぐに何人もの男が群がっている。白タクの運転士らしいが、無視して正規のタクシー乗り場へ。

 ここの駅、まぁ保定に限らないのだろうが、市街地とは全く関係なしに駅が作られているので、駅の周りには本当に何もない。
 今日は現地法人の営業で中国企業との打ち合わせ。日本の場合と違って発注が決まっている訳ではないので取れるか分からない案件の見積をするための打ち合わせである。午前中9時半ぐらいから12時過ぎまで。これで終わりにはならず客先の社員食堂でお昼を頂いてさらに午後に打ち合わせとなる。
 昨日までのよそ行きの食事と違って、地方の工場の、社員食堂で地元の人に混じって食べる食事、というのは珍しい経験かも知れない。写真は撮れる訳ないけど、主食に硬いパンと饅頭。饅頭は具材の入ってないプレーンの物である。それにおかずとしてトマトの炒め物だったり肉団子だったりが貰える。更にでかい鍋にスープがあってそれをよそって頂く。おかずはまぁまぁだが、スープは温い。もう少し暖かい方が良いなぁというのは日本人の感覚らしい。中国人は熱いもの冷たいものは避けると聞く。
 食堂にはどこの国か知らないけど白人らしい人がいて同じものを食べている。後には日本人にばったり会ったりもした。ヘッドハンティング何だろうけど、そうやって技術を真似しているのねと思う。
 打ち合わせは15時過ぎまで。帰りはタクシーは居ない代わりに工場の正門に白タクが群がっていて、その一台に乗って保定東の駅まで。

 駅だけは立派な高速鉄道保定東駅。出札窓口に行くのにセキュリティチェックを受けてそれから切符を購入。そしてホームへ向かう事になる。

 乗車するのはG608列車。どこから来るのかは知らないが、しっかり定時でやって来る。今度は16両編成。やはり席はほぼ埋まっている。高速走行に入ると間もなく寝てしまい、気が付くともう北京西駅に到着するところであった。時刻は17時前。40分ぐらいの乗車だった。
 北京西駅から地下鉄で移動。地下鉄の改札前ではセキュリティチェックが行われている。長距離の荷物の大きなお客さんが多いから混雑。そして切符を買い求める人でまた混雑。地下鉄もラッシュが始まるからかやはり混んでいる。
 9号線から1号線に乗り換えて途中、天安門西という駅で下車。昨日の通訳の人にお勧めされた天安門の見学である。天安門広場も入場前にセキュリティチェック。高速鉄道に乗る前、地下鉄に乗る前。そして天安門と短い時間に3度もチェックを受けている事になる。

 長城に引き続き、既視感のある光景が目の前に現れた。目の前にあるなぁという感情はあるけど、案外と感慨みたいなものは無い。業務出張だからかも知れない。

 それよりもガスの向こうに鈍く光る太陽の方が今の中国が実感を伴って伝わって来る。

 道路を渡って天安門広場を歩く。日本人としては1989年の天安門事件を思い浮かべる事になる。その時よりもはるかに豊かになった25年後の景色に佇む人々は屈託が無さそうには見える。しかしまぁ、色々とある中の外向けの一面なんだろうなぁ。
 食事をしましょうと言う事になり、天安門広場の南側へ案内された。

 このクラシカルな建物は交通博物館だそうだ。今度もし機会があったら寄ってみようかと思う。
 交差点を渡る横断歩道が無いから地下鉄の駅経由で反対側に渡ったらまたセキュリティチェックを喰らう。午後から4回目、朝も含めて5回目だ。

 一瞬古い街並みに紛れたのかと思ったら、そうではなくて古い街に見せかけて作った再開発エリア、だった。

 傍らに路面電車、らしいものがいるけどこれも恐らくはまがい物。
 何とも作り物っぽい街並みが続くのだが、

 一本路地に?入るときちんとした古い街並みがある。その一角で食事をすることにする。

 昨日、一昨日も飲んだ燕京ビールを頂く。今日の乾杯が一番おいしく感じる。

 頂いたのはジャージャー麺。混ぜて混ぜて混ぜてから頂く。これもまた美味しい。そして案外と安い。確か3人で100元少々。北京における庶民の外食価格はそのぐらいが本来なのかも知れない。
 このあたりの路地、食堂やら旅館やらが目立つ。安旅をするならこの辺りでお世話になるのかなぁと思わなくはない。
 日が暮れてくる頃、タクシーで会社の近く、今日の宿泊先に連れて行って貰う。昨日まで泊まっていたホテルが今日は満室で、別のホテルに引越し。一旦チェックインだけして、今度は会社の事務所へ。荷物をピックアップすると20時になっている。
 明日は、というか明日も朝が早いのだが、この後、スナックに、と仰る。断るのも野暮なのでお付き合いする。隣の駅にあるビルの一角が日本人向けのスナック街になっているそうで連れて行って貰う。日本の曲が流れ、日本のカラオケが聞こえる中で日本語の他愛もない会話。会話に他愛がないなら価値観がぶつかる事もない。13億人もいる隣国の首都には、まぁ色々な顔があるものだと感心した。
 ホテルに戻ると夜も遅くなった。

 相変わらず霞みがかった北京の街。明日でひとまずこの空気ともお別れである。