城際直通


 まだ暗いうちに目が覚めた。いくら何でも早いだろと二度寝してもそんなに寝ることは出来ない。 6時過ぎ、7時のニュースを見ようかと起き出した。少し荷物をまとめながら過ごす。今日はホテル、チェックアウトする日だ。

 九龍公園。朝の体操をする人が。そろそろ香港も朝の目覚めを迎える時間。

すっかり陽が明るくなる。香港島のビルが朝日に輝く。

 7時半過ぎに食事を取りに出かける。今朝は飲茶はやめておく。何でもいいから適当に軽く。また佐敦の辺りをぶらぶら。駅の入り口で無料の新聞を配っている。試しにもらってみる。もちろん言葉は分からないが、漢字だから多少の意味は分かる、筈。ハングルの羅列よりは読みやすいだろう。
 中華の料理屋、がほとんどなのだが、朝食メニューらしい事をやっていたから入ってみる。メニュー指さし、のつもりがメニューがない。「Menu please」と言ったら写真付きの冊子が出てくる。

 西式のファストフード的なものが並ぶ。その中で妙なものを見つけたので頼んでみた。

 先ほど受け取った無料の新聞を。少林寺世界遺産に、と言う見出しは分かる。でもこのニュースは昨日の地下鉄でも流れていた。まもなく注文した一品が運ばれてくる。

 マカロニスープ?? 食べてみても何とも微妙。薄味なので塩胡椒を足してみる。何とも微妙な食べ物であった。積極的に頼むものではないなぁ。
 テレビが8時のニュースに変わったのを汐にホテルに戻る。今日は11:28紅磡発に乗る。10時にはチェックアウトする事にして、それまではホテルに。何となく地元の局にチャンネルを合わせて溜まっている恥辱の続きに手を掛ける。9時を過ぎて一度近所のスーパーを物色。あまり欲しいものは無いがお土産になりそうな物を少々。

 荷物を括ってチェックアウト。明らかに重くなったキャリーバックを引っ張り、柯士甸の駅まで。城際直通車は紅磡の駅から出る。西鐵線で二駅5分。既にラッシュが終わっているのか、ただ単に西鐵線が空いているのか、がら空きの電車で尖沙咀を越えて紅磡に。

 昨日切符を買った近くにセキュリティチェックがあって、出国エリアと知れる。昨日求めた切符を見せて通り抜けようとして止められる。まだ時間ではないそうだ。11:24の列車は11時から改札開始。現在は10:42の列車が改札中とのこと。変えて貰えばと言ってくれたが、面倒なので本来の列車に乗ることにして、一旦改札を離れる。ちょっと時間を潰そう。
 駅構内にはマクドナルドがある。先ほど朝食を食べたばかりだが、時間を潰す算段がほかに思い至らない。大きな荷物もあるし、席に座れるマクドナルドを選んでみる。

 掲げられた写真付きのメニュー。マカロニがある。香ではメジャーな食べ物なんですかねぇ。後で買い求めている人を見かけたけど、インスタントやきそばみたいな、白い容器に赤いmの文字。何か不思議だ。

 ふつうに朝食セットを頼む。ドリンクは何にも言わなかったら、ホットのミルクティが出てきた。さすがに元英国領と言うべきか。ソーセージエッグマフィンは代わり映えしない。まぁ変わらない事に価値があるのだろう。

 紅茶片手に恥辱を打っていると駅の外、大雨が降り出す。早く来て損したなぁと思いつつ駅に中にいたけど、運が良かったかも知れない。とんでもない雨が降っていたけど割と簡単に降り止む。まるでスコールだ。

 11時が近くなったので改札に戻る。改札開始を待つ人が少々。先ほどの係員が現れて一番に通してくれた。11時には若干早い。


 荷物の検査を受けてから出国手続きがある。出国エリアに免税店もあるから、作りは空港と変わらない。最も香港の空港に比べればうんと薄暗くその分雰囲気はよくない。釜山のフェリーターミナルを思い出した。
 列車待ちの人、せいぜい50人に届かない程度だろうか。国籍は賑やかだが、人数は大したことない。この程度なら当日、10時半過ぎに駅に来ても十分切符を買えたかも知れない。もちろん、季節や曜日によっても状況は異なるのだろうが、ある程度の混雑は覚悟してきたから、今日の状況には大いに驚いている。
 ホームにはまだ降りれないので待合室で過ごす。ジュースの自販機、お菓子の自販機があって

 一緒にちょっとした小物も売っていた。反射的にキーホルダーを買う。城際直通車、香港側担当編成の機関車をかたどったものだ。
 人が動き出す。どうやら乗車できるようになったらしい。定刻のおよそ10分前である。


待っているのは中国側の担当編成。白地に青帯の客車編成が前から後ろまでほぼ10両近くだろうか。先頭を眺めたいが昨日の経験もあるので遠慮しておく。この駅もMTRの職員、黄色いシャツの姿が目立つ。遠くから前を見てみたが機関車、まだいないようにも見える。
 車両のデッキには雰囲気の違う係員が立っている。中国国鉄の職員だろう。香港側の職員と違ってしっかりとした制服に帽子。指定された車両に切符を見せて乗り込む。
 切符上は一等車。車両の表記は軟座車。その車内、2−2列でリクライニングシートが並ぶ。座席のピッチは標準的。まぁ日本の在来線特急普通車並だとは思うが、明らかに整備が良くない。

 宛がわれた座席。隣席との肘掛けが壊れていて明後日の方向を向いている。シート前面に貼られた広告は角が剥げてきてだいぶ経っているようだ。ずいぶんと酷い車両だ。

 列車は混んでいる。先ほどの待合室の様子からすれば奇異だが、少ない乗客をひとまとめにしているかも知れない。今乗っている7号車、隣の6号車と5号車にはデッキに係員がいたけど、その前後は定かでは無かった。3両でひとまとめ。すると200人ぐらいは乗客がいるのだろうか。今乗っている車両。白人に黒人。もちろん中国人が一番多いのだろうが結構国籍が賑やか。日本語の会話も聞こえてきた。携帯電話の話し声だった。
「今列車に乗りましたので、二時間ぐらいで」
 断片的に聞き取れる。広州へ仕事で向かうのかもしれない。
 座った席のすぐ目の前が職員の詰所で監視カメラの映像が見える。機関車の姿もモニタを通して知ることとなる。まもなく定刻。列車はゆっくり、本当にゆっくりと流れるように動き出す。覆い被さっていた駅を抜けると青空とホンハムの街が飛び込んできた。
 列車は東鐵線、通勤列車に挟まれて国境の羅湖を目指す。速度は上がらない。中央線のあずさが新宿を出て高尾までは勢いに乗れないのと似ているが、もっと酷い。
 旺角東の駅が流れてゆく。おなじみの街を全く別の列車から眺めることになる。しかも自分は既に香港出国済。何か不思議な気分だ。
 車内を中国国鉄の係員が行き来する。先ほどデッキで切符のチェックは済んでいるから検札をする訳では無い。何の用事が分からないけど、5〜6人は乗務しているのではないか。結構多い。雰囲気の違う服の人は車内販売らしい。商品を持っていないから御用聞きか。先ほどの日本人ビジネスマンが何かを頼んでいる。まもなくお弁当らしきものが運ばれてきた。自分も試してみたいが、先ほどマクドナルドを食べたから空腹ではない。システムも分からないし、見送る。

 沙田の駅が流れる。ここまで完全に頭を抑えられていて前を行くであろう東鐵線の電車、追い抜くことが出来ない。郊外に出てきて緑が眩しい。昨日の地下鉄の駅、ホームドア付きに見慣れると歴史ある東鐵線、カーブの途中にあるホームだったり屋根のないホームだったり、が貧弱に思える。息つく暇無くすれ違う12両編成の通勤列車や、時折混じる城際直通車、貨物列車もやってくるそうだが、まだ見ていない、よく走らせるものだと感心する。
 上水の駅が流れた。次は国境の駅、羅湖。ここの下りホームで列車を待つ人は全て国境を越える人となるが、結構な人数が列車待ちをしている。この壁を越える人の流れは本当激しい。それを思うと今日の城際直通車、もう少し混んでいて良さそうだが。

 羅湖の手前で一時停止。東鐵の羅湖駅を右手に眺めつつ分岐線に入る。いや、こっちが本線かな。電車が出発待ちをしているのが見えてまた止まった。車窓に見えるその先は国境、そして中国本土。二呼吸ぐらい整えた後でゆっくりと動き出す。シンセン川を渡る。兵士がこちらをじっと見ている。国境越え。紅磡を出て40分少々が経っている。



 列車はそのままシンセンの駅を通過する。外にはどこまでも続くビル群。ずっと緑が濃くなってきて突然街が現れるのはいつ見てもどこか不思議、不自然な印象は拭えない。それにしても過ぎ行く街、雰囲気が突然変わっている。看板からネオンが消えてペンキのスローガンに化ける。そして、書かれた文字から英字と日本語が消える。「の」の字が溢れる香港の街、言葉の坩堝だったんだなぁと初めて思う。
 列車は速度を上げて行く。中国本土に入って前を塞ぐ通勤電車という物が消えたし、線路も複々線になった。間違いなく120km/h以上は出ている。足取り軽やかに掛ける隣の線路が少し離れていったときに

 CRH1、和諧号が猛烈な勢いで城際直通列車を抜いて行く。シンセンと広州東を1時間ほどで結ぶ高速列車である。隣の線路が高速鉄道とは夢にも思わなかった。この後もすれ違いは頻繁にある。広深高速鉄道、確か20分毎の運転だった筈。東北新幹線で宇都宮に行く時よりも本数が多い。
 和諧号には負けるが城際直通列車も高速で走る。初めて眺める中国の大地。畑が流れたり、小さな集落が流れたり。集落の家々、取り立てて裕福でもなさそうだが、決して貧しい感じではない。むしろ途中に広がる街の建物の方が妙に新しかったり崩れそうな感じだったりてんでばらばらな印象を受ける。
 線路が広がり駅が現れる。駅員が列車の通過をじっと見送る。構内に使われないような雰囲気の客車が何両か。中国国鉄と聞いて最初に思い浮かべるような濃緑の客車だ。

 空が重たくなったなあと外を見ていたら、雨粒が窓を叩き出した。斜めに流れる水滴が列車の速度を物語る。降り続けるようだとこの後の行動に差し支えるかもなぁと思いながら外を見ていたら、そんなに降り込める事も無く、雨が上がる。外にはまた青い空が広がり出す。
 列車は広州東までノンストップである。隣を走る和諧号が停まる駅も無視して掛ける。紅磡を出発してから1時間半。空気が気だるくなる。車内を一回りしたい気分もあるけど、海外での一人旅、荷物が心配でもあり、お手洗いに立つのも躊躇われる。大人しくしていよう。目の前のポケットに突っ込まれた小冊子に目を通してみた。窓側通路側で別の小冊子が入っている。片方が香港MTR発行のもので香港観光ガイド風。もう片方は中国広鉄発行のものらしく、中国国鉄ニュースといったところか。同じ民族でも重ねた歴史が違えばこれだけ違うものになるのかと感じいる。
 広州が近付いてきた。一度二度、車両基地が流れる。白地に青帯の軟座車を連ねた編成。白地に赤帯は寝台車らしい。広州ー青島という行先表示が見える。ステンレス車両が見えた。スウェーデンから1編成だけ導入されたものの保守しきれずに運用離脱しているというX2000の馴れの果てらしい。城際直通車に運用されていたそうなのだが、一度見てみたかった。
 大きなビルが立ち並ぶようになり、速度も緩んで明らかに終着点の雰囲気。そして広州東駅に到着する。

ほぼ定刻。2時間ノンストップで駆けてきて定刻なら立派なものである。機関車側を見に行きたかったが、何かあると怖いから見合わせておく。香港を出国してから列車で二時間。つまりまだ中国には入国していない身である。一人勝手に前の方に行って係員が黙っているとは思えない。人の流れに沿って入国審査場へと向かう。
 香港出国が空いていたから広州の入国審査も空いている。中国人のレーンに並ぶのが6割。外国人が4割ぐらいだろうか。特に問題なくパスポートに入国印が押される。次は税関。麻薬犬のチェックが入るがもちろん問題なし。これで一応は入国手続き完了となる。制限エリアを抜けるとホテルの宿泊案内窓口が並ぶ。怪しげな雰囲気の人が「タクシー」と声を掛ける。明らかに敬遠した方が良いタクシーだ。
 二時間掛けて広州には来たけど、今日は広州に用事はない。今日はシンセンにホテルを取っていて、広州からシンセンへの移動は特に切符を取っていない。先ほど眺めた和諧号が20分に1本あって事前の予約がなくても何とかなる的な話は調べてあって、広州東駅を出ることなく、シンセンに戻るつもりである。
 割とすぐに切符売り場があって、という話は読んでいたが、それらしい所は見つからない。薄暗い構内。行き交う人々。

 長距離列車の切符売り場があるが、ここではシンセン行きは扱っていない。九龍への城際直通車の窓口は別にある。和諧号窓口の案内はあって、でもすぐ目の前にあるのは荷物検査場。案内で聞いてみたら、その先だという。どうやら荷物検査を受けて構内に入ったところで切符を買うらしい。

 荷物検査を受けてから中へと入ると、確かに和諧号の切符売り場がある。自動券売機もあったが有人窓口に行く。「シンセンまで 1等で」と頼むと切符、投げ出された。接客業としては最低の部類に入るが、これが中国式なのだろう。

 切符を見て驚く。出発まであと10分である。この先にある改札に急ぐ。自動改札は切符のバーコードを読ませるとバーが開くタイプ。人いきれのする待合室。まだ13:58のシンセン行き、乗車開始になっていない様子。

後の電車を待つお客さんともども、人混みの激しいこと。乗車開始に案内が流れる。狭い通路に一斉に人が押し寄せる。事故が起きても不思議じゃない状況。それより心配になるのがスリの類。何があっても不思議じゃない。受け入れたくはないが。
 通路からホームへはエスカレータで。二つあるエスカレータを両方上りにしていて何とか捌けている。無事ホームに着いた時には安堵する。
 和諧号。指定されたのは先頭1号車。前へと歩くとシャンシャンと音が鳴る。何かと思ったらパンタグラフが下がるところ。まもなく出発だが、大丈夫か。
 各デッキで国鉄職員がいて切符をチェックしている。最前部ドアより前に行くのは怒られるかと思ったが、試しに撮ってみた。

 何にも言われない。
 というわけでこれから乗るのはCRH1。ボンバルディアが設計した車両じゃなかったかな。シンセンまでは所要1時間5分となる。一等車は2-2列で固定座席が並んでいる。集団見合い式なので所々向かい合わせになる席があったり、進行方向と逆向きになる座席があったり。さすがに真新しい車両で、先ほど乗ってきた城際直通車とは雲泥の差だ。見上げると読書灯の横にコンセントまでついている。

 車内、混んでいる。10分前に切符が取れたとは思えないほどの乗り具合で9割以上の席が埋まっている。席に落ち着くとまもなく出発時刻。ゆっくりと軽やかに、電車が動き始めた。
 景色は先ほどのなぞり返しである。広州の車両基地が流れると郊外の景色となる。時々すれ違う列車が在来線をゆく客車列車に変わったのが一番の違いかもしれない。
 車内販売の係員が廻ってきた。お盆に何かお弁当みたいなものと飲み物のカップを持っている。試しにお弁当みたいなものを買ってみた。15元。200円ほどか。物価の差を考えたら結構高い買い物の筈だが、渡されたのは

 なんと骨付きチキンであった。これには驚いた。買った以上は食べなくてはならない。口にしてみるとなかなか美味しい。美味しいのだけど、乗車時間1時間ほどの高速列車で食べるものではないと思う。ほかに買っている人、誰もいなかった。この日本人は変わったものを食べるなぁと思われたかも知れないが、知らない。

 車内に時速の表示が出ている。170km/h前後で推移していたのが、すっと速度を上げて200km/hになった。外温30℃ 内温24℃というスクロールも併せて流れる。24℃かぁ。暑いなぁと思う先ほどから汗が止まらない。香港の冷房が効きすぎで24℃では暑いと感じるようになったか。でも24℃なのだろう。列車は相変わらず200km/h。左手の線路を白地に青帯、軟座車を連ねた列車が走っていて追い抜くことになる。広州東-九龍の文字が見えて城際直通車であることを知る。荷物車、軟座車、賓車と書かれた食堂車もいる。10両ほど連ねていたか。降りて初めて全容を知ることとなる。


 撮ってみたけど上手く行かなかった。
 思い切りよく抜いていった直後。こちらの速度が緩む。停車駅らしい。真新しいホームが現れて停車する。お客さんが多少乗り降りする間に、先ほどの城際直通列車が思いっきりこちらをぶち抜いて行く。向こうも時速140km/h。決して鈍速ではない。そして今度はなかなか追いつかない。
 車内は相変わらず混んでいる。通りかかった女性車掌に文句をつける人がいて、別の所からも突っ込みが入る。喧嘩を思わせるような勢いだ。空調に関する苦情かなぁ、そんな気がしてきた。暑いと思っているのは自分だけではないようで、勢いよく顔を扇ぐ人もちらほら。男性係員がやってきてデッキ部分の機器室らしいところで何やら。すると涼しい風が流れ出した。空調復活。推測になるけど、広州東駅でパンタを落とした時に空調止まっちゃったんではないだろうかと思う。実際の所は分からないけど。それを境に喧嘩腰の中国語はぴたりとやむ。やはり空調の苦情だったようだ。それにしても内温24℃という表示はなんだったのだろう。24℃になってます、じゃなくて24℃にしようと思います、なんだろうか。ますます持って謎である。
 先ほど逃げられた城際直通車、追い付くまで10分近く掛かった。今度もじりじりと抜きに掛かる。互いの線路が近いから乗っているお客さんの様子も見て取れる。抜ききったところでまた減速。相手も減速に入っていて今度は両方の列車が止まるようだ。

 駅の直前で小貨物列車を追い抜く。
 東莞の駅。一度駅に着くとなかなか動き出さない。2分、3分停まっただろうか、城際直通列車を置いて、先に和偕号が行く。
 最後の一区間である。次はシンセン。160km/hほどで軽く流すように列車は走る。城際直通列車は振り切ったが、広州へ向かう上り列車とは何度もすれ違う。濃緑色の客車を連ねた列車は窓が全開であった。硬座車の普通列車、立ったかも知れない。

 シンセンが近づいたようだ。晴れ上がった空の下、深い緑の所々に工場か何かがちらちら見えている。街が広がり始めると速度が緩む。車内に120km/hと表示。内温は相変わらずの24℃だ。係員がゴミを集めて廻る。乗客自ら差し出すよりは、係員がゴミらしいものを半ば強引に奪い取る風で、そうでないとゴミが集められないのかもしれない。

 構内が大きく広がるとシンセンの駅となる。15:10、8分遅れだ。64分走って8分だから定時性はあまりよくない。なのに折り返しは15:16の広州東ゆき。あと6分で発車である。無茶をやるなぁと正直思う。定常的な遅延と無理な運用は事故に繋がる素では無いのか。そのうち何か大きな事故が起きるのではないか、少し心配を覚える事になる。短期間に全国に高速鉄道網を張り巡らしたのは中国が世界で最初の例である。他国が経験したことのないスピードで経験を蓄積して技術を自分のものとするのか、未熟なままあちこちで大事故を重ねて破綻するのか。1時間ちょっと時速200km/hの世界を経験しただけでは判断は付きかねるが、紙一重の所を猛スピードで掛け続けている事だけは分かった気がする。
 押しあいへし合いで改札を抜ける。再びの自動改札で切符のバーコードを読み込ませて通り抜ける。切符は手元に残った。広州東の駅よりは明るいシンセンの駅。ここから地下鉄でホテルに移動すると今日の予定は終了となる。荷物を引っ張って地下鉄のコンコース。ホテル最寄りの駅までは6元。5元札と10元札しか使えない券売機だが、先ほどチキンを買ったお釣りで切符を買える。チキンに手を出して良かったと初めて思う。

 混んでいる地下鉄1号線で市内に向かう。どこかで乗ったような雰囲気の電車だ。香港ではないがどこだろう。一駅ごとに乗り降りを繰り返して10分少々。会展中心という駅で乗り換えとなる。乗り換えた先は4号線。今のところシンセンの地下鉄は1号線と4号線の二路線のみ。4号線のホームにはどこかで見た黄色いシャツの姿。MTR港鐵だ。シンセン4号線の運営を請け負った広告は香港の地下鉄でも見ていたけど、本当に同じ制服が居た。
 そう遠くない将来に延伸するらしいが、今のところは4駅分だけの営業区間。会展中心から南へ二駅、福田岸口まで行く。ここは先ほど地下鉄に乗った羅湖と同じく香港へのイミグレーションがある結節点。羅湖が香港が英国領であった時期に出来上がった事を反映しているのか、まるで中華人民共和国の威信を掛けたような建物なのに対して、21世紀になってから出来上がった福田岸口は小綺麗で実用本位と言ったところ。
 イミグレを越えれば香港であり、そこから電車で40分も行けば紅磡なのだが、今日はシンセンに泊まる。ホテルは福田岸口の近くと聞いており、駅の外にでると確かに見える。見えるのだけど、そこに行くには怪しげな道しかない。
 保税区がある関係かトレーラーやトラックがうようよしている道を歩く。歩く間に歩道が本当申し訳程度のささやかなものになった。これは歩くことを全く考慮していない。すぐそこに見えているのになかなか辿り着かないホテル。ようやくフロントに着いた頃には大汗をかいている。やれやれ。

 ホテルからはシンセンの街と香港側が一度に見られる。川を挟んで街になっているのがシンセン。香港側は自然保護区だから人工的なものが垣間見えない。こうして見るとシンセンの街はいかにも取って付けたような人工的な雰囲気だし、香港の自然も何か取って付けた人工的なものに思えてくるから不思議だ。
 時間はまだ早いし、少し町中にでてみる。

 先ほどの道、荷物を持たずに歩く。今度は余裕が出来たからかハイビスカスが咲いている事に気が付いた。
 福田岸口からまた地下鉄。羅湖に戻っても仕方ないから途中、崗廈で降りる。ちょっと下調べをして来ており、目的のものはそこにある筈なのだが。

 角にある赤い看板は「肯紱基」つまりケンタッキー。

 建物の中にある赤い看板は「麦当※」マクドナルド(※は字が出せなかった)
 足して2で割る赤い看板、日本ではマクタッキーの名で有名になった「麦肯基」がグーグル先生によるとそこにある筈、だったんだけどどこを探しても見つけられなかった。もしかしたら別のところにあるかと思い交差点の四方を念のため歩いておく。ショッピングセンターの前、駐車場なのか勝手に停めているのか、人が大挙して歩いている所に車が入ってきてけたたましくクラクションを鳴らす。車に乗っていることがそんなに偉い事になるのか、と正直思うが、ここはそう言う国であるらしい。
 結局あちこち探してみたが、マクタッキーは見つからない。中国でもバッタものは淘汰されるのか、グーグル先生の誤表示なのかはよく分からない。
 広州が本拠のマクタッキー。シンセンにも幾つか店を構えているようだが、グーグル先生によるとシンセンでは他の店は郊外にあるらしい。行くのはちょっと難しいかなと思う。最後の悪あがきで一駅歩いてみる事にする。

 交差点をちょっと歩き出すと途端に歩道が消えた。歩行者は、というと決していない訳でなく、車道の一番端は路上駐車が激しいからその外側を歩いている。この国では歩いて移動というのはあり得ない事のようだ。

 突然、どっかーーんととんでもない音がして何事かと音のした方を見ると、煙が立ち上っていた。解体工事の建物、何かの拍子に崩れたらしい。辺りの人がみんな見ていたから、さすがにこれは事故の類に数えられるようだ。道路が埃で真っ白になり、こちらも喉がむずむずしてくる。
 無事に一駅歩き終えると会展中心の駅。本当に良くぞ無事でという感じで、少なくともシンセンでは街歩きという行為、成立し得ないと言う事を頭に刻んでおく。この周辺にも は見当たらず仕方がない、ホテルに引き返す事にする。地下鉄で二駅。福田岸口。駅前に見えたコンビニで ビールだけ買っておく。青島が1本4.5元。香港と大差の無い価格だ。タクシーもバカらしいから歩いてホテルに戻ったが、夕方の帰宅ラッシュが始まっていて車の往来が先ほどよりも激しくなっている。やれやれと思いながらささやかな歩道を歩いた。
 ホテルに戻る。ラウンジが使えるとのことなので行ってみる。

 アルコール類が少々、軽いおつまみ程度。時間帯から言ってハッピーアワーの筈だが、大したことはないなぁ。青島ビールの瓶を軽く1本、もう1本飲んだら残りが1本になってしまってさすがに遠慮する。

 部屋に戻る。ちょっと角度が付くが、香港側の東鐵線、落馬洲駅が見えている。そろそろ夕暮れごろ。
 夕食を食べたいがかの歩道を歩いて福田岸口まで行くのは流石にどうかと思う。どうしようかなぁと思って安全を買うつもりでホテルのレストランに入ることにした。入ってみたらバイキング。そんな気分ではないが、まぁ、いいや。


 刺身や寿司があるから和洋中バイキングですな。生牡蠣のあるバイキングなんて日本でもなかなかお目にかかれない。以前、ソウルで生牡蠣にあたった事を思い出し大丈夫かなぁと思いつつ、一つ二つ、また一つ。今別の岩牡蠣の方が数倍おいしいが、まぁいいや。
 中途半端な感じでバイキングを済ませる。ラウンジに寄ったがハッピーアワーの終わったラウンジはコーヒーとジュースぐらいしか飲み物がない。

 コーラを一本。無人のラウンジで頂いておく。広いところに自分一人。なんだか居心地が悪い。

 自室に籠もる。NHK BSを点けて香港のトラムのことを綴り出すとどこにいて何をしているんだか分からなくなって来た。地下鉄の部分に移り変わった所で一度切り上げよう。
 今日何本目かの青島ビールを飲みつつ今日一日を振り返る。中国という国を全部見たとは思わない。よそ行きの格好をちらっと見ただけだろうが、日本の日常の10倍もの出来事が半日で過ぎて行ったような感じがする。思い切り疲れを感じる。
 東京はまもなく24時。シンセンは23時。見えていたビルの明かりもだいぶ落ちている。もう寝ようかと思った。真っ暗な部屋。まもなく、寝落ちる。