朝5時前、早々に目が覚めてしまった。この時間のバンコク、まだ夜の続きである。

 三日月が東の空から昇ってきた。もうしばらくするとバンコクも朝を迎える。その間に少し恥辱を進めておく。
 自分はどうも時差を調整するのが苦手で1時間、2時間の時差も馴染めないのだけど、妻は時差に順応するのが早い。昨晩も自分が早々に寝た一方で妻は遅くまで起きていた筈である。従って起きるのも時差があって妻は7時過ぎまでぐっすりの筈だが、今日は可哀想だけど6時半に起こす。後先考えるとここがタイムリミットだった。

 7時に食事、のつもりが若干時間が押す。昨日とラインナップが違って、なかなか楽しめる。長期滞在者が多いサービスアパートメントならではの配慮である。
 食事を済ませるとそのまま今日はお出かけ、となる。7時半に出るつもりが若干押している。ホテルの前の通りでメータータクシーを拾う。行き先を告げるとOKと。メーターを使って貰えるようだ。

 バンコク市内は既に朝のラッシュが始まっていて、タクシーはその中を走る。途中の交差点、交通整理の警官が反対側のクルマばかりを通してこちら側を通してくれない。運転手のイライラが伝わり、メーターは小刻みに上がってゆく。
 もう一カ所渋滞があって、目的地のファランポーン駅に着いてみると時刻は8:10近かった。8時までには着けるからと思ってたら、やはりちょっと押している。
 駅横に着けて貰い運賃65バーツ。最後に2バーツ上がったがどちらにせよ支払いは70バーツだ。お釣りはチップ。自分たちを降ろすそばから別の観光客に捕まっていたから、なかなか恵まれた仕事だったのではないかと思う。

 駅入口にある怪しげなインフォメーション係員を思い切り無視し、国鉄の正式なインフォメーションに時刻表を貰いにゆく。「Timetable please」とお願いすると「Ayutthaya?」と訊かれて「Yes]と答えるとバンコク近郊という時刻表を渡される。このタイプの時刻表は初めて見た。表に北線、東北線のローカル列車だけをまとめて記載し、裏はメークロン線の時刻表。
 記載された次の列車は8:20の東北線、ウドンターニー行きディーゼル急行。8:30のチェンマイ行きディーゼル特急を念頭に出てきたが、ウドンターニー行きで構わない。窓口で切符を買い求める。発車まで僅かだったが、無事に切符を購入できる。2等車にしたら、一人245バーツ。

 どうせ定刻には出ないだろうが、ホームにゆく。ドームを描くファランポーンの駅は美しいが、ウドンターニー行きのディーゼル急行はドームの下からではなく、端っこ、11番線からの出発となる。


 11番線に行くと3等客車がいておや?と思ったがその先に、目指す列車がいる。4両編成のディーゼルカー。後ろは3等車で2つドアセミクロスのボックスシート。キハ25をステンレスにしたような感じだからお世辞にも乗り心地は良さそうではない。この列車、終着のウドンターニーには定刻で18:10の到着である。10時間近く揺られる訳で大変だが、30年前の日本でも急行列車はこんな感じだった。

 2等車は1両。こちらは同じく二つドアだが、前後二室に分けた上で、各々がデッキを挟んで集団見合い式のリクライニングシート。冷房もある。座席はお世辞にも綺麗とは言えない。肘掛けが明後日の方向を向いていたりもする。
「マレー鉄道乗った時は何でこんな汚い列車に乗るの〜、って思ったけど、もう慣れたわ」とは鉄道旅行に付き合わされる妻の弁。自分の眼には今乗っているタイ国鉄ディーゼル急行の方がずいぶんと見劣りするように見える。ただエアコンの効きだけは一人前で、寒さすら覚える。
 ビニール張りのシートに落ち着くと列車が動き出した。時計をみると8:20。意外な事に定刻である。
 ゆっくりファランポーンの構内が、そしてバンコクのスラム街が流れて行く。定刻に発車したからと言って定刻に走れる訳もなく、ゆっくり走っては停まりを繰り返す。時々長い客車を連ねた上り列車とすれ違う。
 バンコク市内、ホームがあるのか定かですらないような小さな駅に停まってお客さんが乗り込む。空いている席に座った乗客を車掌さんがすかさずチェック。3等切符しかもってないらしく隣の車両に連れて行かれる。空いた座席には車掌が座る。制帽を網棚にぽんと載せる。
 ドンムアンの空港を横目にする頃、さすがにバンコク市内が尽きて列車は名前に違わぬ快走ぶりを発揮する。20分程遅れているが、これ以上遅れが膨らむ事は有るまい。列車はどこまでも広がる田園を掛け続ける。だんだん眠たくなってきた。
 アユタヤ到着の案内で妻に起こされる。列車はバンコク市内の遅れを引きずったまま、アユタヤに到着。降りる人は外国人観光客の方が目立つぐらいだ。

 列車ははるかウドンターニーを目指して旅立つ。
 アユタヤまで来るとお手洗いはチップ式になる。1回3バーツ。お手洗いを済ませるともう一本列車がやってきた。

 バンコクを8:30に出てきたチェンマイ行き特急9列車。こちらも同じように遅れてきている。

 アユタヤで降りたのはもちろん遺跡観光。遺跡と言えば最初にタイを訪れた時にスコータイを見学しているのだけど、アユタヤは訪れた事がない。スコータイに比べればだいぶ観光客スレしているという評判のアユタヤだけど、さてどうだろう。
 駅からアユタヤの市街地へは川を渡る事になる。駅から伸びる一本道を歩くと船着場。対岸へは渡し船に乗る。乗船料は4バーツ。自転車を伴うと6バーツだそうだ。

 茶色い川と青い空。バンコクと同じ景色だが、アユタヤのそれはもっと鄙びている。地元の人やこちら側で自転車を借りたらしい外国人観光客と一緒に船がやって来るのを待っていると小さな船が寄ってきて舳先を桟橋に押し当てる。ロープを結ぶ訳でないから押し当てると表現したくなる。それが正規の着岸のようで、乗っている人は舳先を通って船から下り、代わりに桟橋で待っていた人が舳先から船に乗る。自転車を伴う観光客も自転車を抱えて乗り込む。

 待っていた人たちが乗り込むと船はくるりと向きを変え、対岸へと向かう。バンコクチャオプラヤー川に比べれば圧倒的に行き交う船は少ないから、のんびりとした船の旅になる。
 数分で対岸へ。岸に上がるとこちらにも貸し自転車屋がある。今日は自転車で遺跡巡りをするつもり。トゥクトゥクの煩い呼び込みに捕まる前に自転車を借りてしまおうと思う。
 レンタサイクルは1台40バーツ。駅側で借りると1台30バーツだから、渡し船の代金を差し引いてちょっと割高かな、程度の差。そして保証金として500バーツを預ける事になる。店の人がアユタヤの地図を渡してくれる。それにいくつか丸を付けてくれた。見所らしい。特に目的なくアユタヤへと来ている身にはありがたく、そこを中心に回る事にする。

< 桟橋から続くアユタヤの市街地を自転車で掛ける。バンコクとは違う空気が嬉しい。もちろんこの感覚、日本にもない。スコータイの空気に似ているかな。素晴らしい。


 まずは○が付いている一つ目の寺院。ワット・マハータートへ。アユタヤは王宮のあった所だが、ビルマの侵略で陥落でその際に破壊しつくされている。その寺の跡の一つなのだが、

 これ予備知識が無くても何かでみた覚えがある。タイとビルマ、同じ仏教徒の筈だが、社殿だけでなく仏像も破壊され尽くされているのである。穏やかな顔付きのまま木に取り込まれている。何か悟ったのかなぁ。

 ○が付いている二つ目の寺院が、お隣。ワット・ラーチャブーラナ。こちらは仏塔がしっかりと残っている一方で、

 こんなお方も、南無。
 この二つはまとまった所にあるのだが、次の○印は少々離れたところにある。自転車を漕ぎつつそちらへ向かう。途中、学校があったりする。制服を着た学生がいるから異本の感覚で言うと高校のように見えるのだが、実際には大学だそうだ。こちらの大学生は制服を着るのだとか。
 次の○印、ワット・タミカラートはちょっと迷ってしまい、地図を見ながら何とか到着。先ほどの二つと違って、観光客が殆どいなくて見過ごしてしまっていた。だいぶ閑散としている。見学料は今までの二つと違って、無料らしいがお布施を受け付けていたので払っておく。受付の奥で僧侶が何かしている。どうやら生きているお寺さんらしい。


 先ほど見かけた大学の裏手。ここの学生は遺跡の中で勉強しているのか。
 続いて○が付くのがアユタヤの王宮跡。そしてその隣のワット・プラシーサンペット。王宮跡、と言う通り、何も残っていない。徹底的に破壊されたので、廃墟と呼ぶのすら憚られる程の

 王宮が跡形も無くなっているのに対して、ワット・プラ・シー・サンペットには王の仏塔が残っていて、久しぶりに観光客が闊歩するエリアに戻ったことになる。3つ並んだ仏塔を眺めると、次の○印へ移動、となるのだが、アユタヤに着いてからずっと炎天下での移動、少し疲れた。

 途中、簡単な食堂があったのでお昼を兼ねて休憩。観光地のすぐそばなのに地元客だけ相手にしているような食堂と屋台の合いの子みたいな店。麺をおばちゃんに作って貰い、おじちゃんにコーラを出して貰う。麺が30バーツ、コーラが10バーツだったか。東南アジアでは女性が働き者な一方で男性が怠け者と言うけれど、それを地で行く光景だった。


 コーラで一息着いたので再び自転車。○印の付くワット・ローカヤースッターへ。道の向こうに大きな法衣が見えて、予備知識が無くてもそれと分かる

 涅槃仏が横たわる。それを現役のお坊さんが写真に納めていたりする。
 まだ喉が渇くので近くにあった土産物屋でコーラを買ったら350ml缶が20バーツであった。先程の店が地元価格ならこちらは観光地価格、だろうか。
 最後に向かうのは○印は付いていないが、スリヨータイ王妃の仏塔。今居る涅槃仏から方角は分かるのだが、手元の地図が割といい加減なので道が怪しい。しかもレンタサイクルの店でくれたタイの観光公社作成の地図と日本のガイドブックに掲載の地図がこの辺りまで来ると食い違っていたりする。
 遠回りかも知れないけれど、と方向だけ見定めて自転車を漕いでみる。どちらの地図とも食い違う道が現れ、何となく目的の場所に着いてしまう。観光客はいないが、仏塔の廻りは整備中で通路の敷石が全部取り払われていたりする。

 金色の仏塔が青空に良く映えている。金色に輝く仏閣でどうも日本人には馴染めないのだが、タイの青空との組み合わせならなんか許せるような、そんな気がしてくる。
 さて、目的はこれで完了。レンタサイクルの店に自転車を返しに戻る。途中、外国人観光客に道を聞かれたり、

 象が観光客を乗せて歩く場面に出くわしたりしながら、無事に戻ると14時前。そして再び渡し船に乗ってアユタヤの駅へと向かう。
 列車が定刻に走っているなら13:28の後、16時近くまで列車がないので、その場合はバスでバンコクに戻る事も考えるのだけど、どうせ列車は遅れているだろう。ちょうどいい具合に遅れてくるかもしれないと楽天的に窓口に聞いてみる。次の列車は一時間後だと言われて出された切符、13:28の快速106列車。手書きで15:00と修正されていた。今の時刻は14:20、40分ならいいかと思う。ちなみに3等車の運賃は20バーツ。来る時の1/10以下だ。


 日陰で休みつつ列車が来るのを待つ。下り列車はまぁまぁの遅れでやって来る。快速と普通。どちらも客車を連ねてやって来るのを見送る。そしてもうすぐ15:00だが、いつの間にか到着予定時刻、15:20に直されている。ここまで遅れると次の列車が先に来るかも知れないと思ってしまうが、

次の列車もまぁ遅れている。

 結局2時間遅れてやって来た106列車。ディーゼル列車である。漠然と客車で来るものだと思っていたから少々驚いた。

客車だと結構な長編性で来るけどディーゼル列車は4両編成。アユタヤからだと座れない人もちらほら。自分たちはドア横のロングシートではあったが座れる。
 2時間をどこで費やしてきたのか定かではないがアユタヤを出た106列車。快速の名に相応しい素晴らしい走りを見せる。走ると風が窓から吹き込むから、エアコンがないことも気にならない。タイの列車らしく物売りも行き交う。カオパッドのお弁当だったり、水やジュース、ビールだったり。どちらも中年の女性。特に水を売っている人、冷水をいれたバケツの中に商品を入れて持ち歩いていたりする。かなりの重労働だ。
 昼間の疲れがどっと出たのかすっかり寝込んでしまった。ドンムアンの空港横を通った事も気付かずに列車はバンコク市内に差し掛かっている。時刻は16時半。アユタヤから1時間ほどであり結構な快速ぶりだったが、バンコク市内に入ってから明らかに脚が鈍っている。ファランポーンまでの道のり。南線と東線が合流してそもそも列車の本数が多くなり、ただでさえ列車が錯綜するところ。上り列車はこの快速もそうだが、軒並み遅れて無ダイヤ状態。大変だろうなぁと思う。信号停止を喰らってしばらく停車。ふと前を見ると、

 踏切を自動車が悠々と渡っている。悠々というのは語弊があって夕方のバンコク、渋滞の始まる時間だからノロノロが正しいのかも知れない。どうやら踏切が閉まるのを待って初めて列車は先に進めるようだ。自動車優先の踏切らしいなぁと思う。再混雑区間がこんな調子では郊外でどんなに早く走っても意味を成さない。
 辺りで降りて、モーチットからBTSに乗り換え、の方がホテルに戻るのは早かったかも知れない。でもこの時間のバンコク

 何時も通りのスコールである。あちこちで窓が閉められる。とたんに車内は蒸し暑くなる。

 踏切待ちを何度も繰り返してファランポーンの駅には2時間以上遅れての到着。行きはとにかく、帰りはバスの方が良かったかもね、流石に思った。

 ファランポーン駅からホテルに戻る。渋滞が目に見えているので地下鉄とBTSを乗り継ぐ。地下鉄が20バーツでBTSが25バーツ。遠回りだし、二人分の運賃で考えると明らかに割高だが、タクシーでメーターの交渉をする気力は無かった。先程まで乗ってきた列車とは別世界の電車でホテルに戻る。

朝行くときに回しておいた洗濯機。洗濯が終わっているので干しておく。汗で汚れたシャツを着替えるとちょっとした買い物。ここのホテル、下は百貨店。地下はスーパーなのである。会社用やら自宅用やら、実家用のおみやげに菓子やら食料品をお買い上げ。お土産は基本スーパーで、というのが最近の海外旅行では定番だが、ホテルとスーパーが近接しているのはとても嬉しい。
 ついでに夕食も済ませる。地下にはフードコートもあるのだが、今日行ったのは

 MKレストラン。タイスキの店である。
 MKは日本にも少々出店していて一度葛西だったか浦安だったかまで食べに出掛けた事があるが、本家本元のタイの方が大々的に店を展開している。

 ビールは大瓶のシンハを。妻は基本飲まないのでこれを一人で頂くことになる。


 タイスキの具は野菜セットとMKセット、だったかな。基本的な具材を一通り揃える。

それと別に美味しいと聞くダックを頂く。グツグツ煮込んで適当に頂いて。最後に出汁の出切った鍋で翡翠麺を頂く。これがまた美味しく頂ける。
 MKの後は同じく地下にある地場の店でアイスを頂いて今日の締め。横浜郊外のスーパーで店を梯子しているようなものなのだけど、これだけの事が実に楽しい。

 部屋に戻ると21時過ぎ。今日はビールを飲もうという気分になったけど、最初に買った6缶パックのチャンビアを今更解く気になれず、改めてコンビニで買ってきたビールを1本。そのうちに時刻は22時となる。時間だけ考えるとまだまだ早いがいい加減眠くなっている。