夜中に二度目が覚めた。一度目で浴衣に着替えてもう一度寝て、二度目はさすがに寝付けなくなる。少々寝すぎた。それでもいつの間にか寝てしまって朝が来る。
 一泊二日の行程なので今日が最終日。午後の早い便で帰るので帯広滞在は午前中だけだ。机の上にメモがありバスの時刻が書いている。昨晩自分が寝ている間に妻が調べてくれたらしい。
 昨日の恥辱を少々進めたり散らかった荷物を片づけたりする間に時間は過ぎる。朝食は昨日競馬場で貰ったパンにした。
 10時。チェックアウト。バスの時間までは1時間ほどあって非常に中途半端だ。市内の中心部で行きたいところとなると、結局は六花亭になってしまう。二日で3度目というのはどうかと思うが、昨日のサクサクパイをもう一度、ということになる。
 ホテルを出るとそこはスケートリンクだった。と言いたくなるぐらいにカチンカチンに凍ったアイスバーン。昨日の昼間溶けた雪が夜に冷えて完全に凍った次第。後で調べてみたら昨日の帯広空港、最終便は滑走路凍結のため着陸できず、千歳に向かっている。今朝の第一便も一時間遅れていた。足下に本当に注意しながら街を歩くことになる。

 実に寂しげな中心地にある六花亭の本店。店内はこの週末の中では一番混んでいる。昨日競馬場で見かけた人もいた。帯広も郊外に足を延ばせば見所がたくさんあるはずだが、市内で動き回る分には、ちょっと困った事になる。

 二度目のサクサクパイを頂く。意外とちょうど良い時間になって駅前に戻る。またバスターミナルに向かうから昨日のなぞり返しだ。

 買い求めたのは幸福行きの切符。
 昨日の朝、空港から帯広市内に向かう際に窓から一瞥した旧国鉄広尾線幸福駅に降りたってから改めて空港へ向かう魂胆である。幸福駅広尾線であったから当たり前だが広尾行きのバスが幸福を通るので、それで先回りをする。今度の発射は11:10である。
 バスターミナルで買い求めた幸福行きの乗車券は心持ち薄いけど立派な硬券。北海道でバスに乗ろうとするとたまにあらかじめ乗車券を買い求めて差し出されるのが硬券、という事がある。

 やってきたバス、広尾ゆきの乗車。ごく普通の路線バス。鉄道転換バスだが鉄道がなくなったのは1987年のことだからもう23年も前のこと。一般の路線バスにすっかり溶け込んでいて、こちらがそういう視線で見ないと区別が付かないかもしれない。
 スーツケースを持ち込む遠来の人がいるあたりが転換バスなのかなぁと思うが、乗客は10人程度だから気動車1両分の定員に遠く及ばない。寂しいまま発車するとバスは機動性を生かして市内各地のショッピングセンターに立ち寄り、その度にお客さんを増やす。座席がほぼ埋まる程度にお客さんが集まった。もちろん降りる人もいてごく普通の市内バスと使われ方は一緒だ。

 乗客数のピークは帯広市内。広大な農場を貫く国道に差し掛かる頃には帯広駅発車時と変わらない程度の乗客数に落ち着き、溶けた泥水を跳ねながらひたすらに進む。窓が泥水を浴びて外が見えない。愛国市街と大正市街でまとまったお客さんを降ろす。「大正20号」「大正21号」無味乾燥とした名前のバス停が虚ろに響く。
 様子は変わらないけどバス停の名が「幸福」になって降車ブザーが鳴る。降りるのは自分たち二人。

 外に出ると遮るものが全くない畑地を身を切るような風が凶暴に通り過ぎて行く。とんでもなく寒い。ここから幸福駅跡地は500mほど歩く事になる。遠くに朱色の気動車が停まっているのが見え、そこが目的地と知れる。

 歩くことしばし、木立の中に佇む幸福駅の粗末な駅舎が姿を現した。写真ではおなじみの姿だけど実物を見るのは初めてである。勿論、現役時代も知らない。国鉄のローカル線が数多く廃線に鳴ったのは1980年の中頃。当時は小学生だったから自分の脚で訪れるには少々若すぎた。
 現役さながらに駅舎が残り、土産物屋も2軒。真冬のオフシーズンだが、いつ来るかわからないお客さんを待っている。
 駅舎。おびただしい名刺が張られているのは有名で知っているがそれにしても凄い数だ。よく見ると海外のものもある。航空券の半券があったり写真があったり。

 そしてホームに佇むキハ22を眺める。廃線以来この場所で余生を過ごすその姿は意外と往時を保っている。幸福駅が幸福を保ったままなのは人の心がこの場所から離れていないからかも知れない。
 それにしても寒い。風を遮るものが無いから体感気温はマイナスである。幸震村には福井県出身が多かったので頭文字を取って幸福とした、なんて命名の由来をどこかで読んだが、幸遠かったという開拓の歴史を身を持って体感する事になる。空港へ向かうバスまであと30分。土産物店で扱う「愛国→幸福」の切符を2枚と買い求めると、缶コーヒーを両手で包み込み、風の当たらぬ物陰で暖を取る事になる。

 小一時間寒さに震えた後で空港行きのバスに拾ってもらう。ここから空港までは5km程度。白樺とトド松の木立の中を走り抜けるとそこには空港が待っている。