旅先のソウルで朝を迎える。日本と韓国の時差はゼロだが、ソウルは明石の遥か西である。日の短い一月中頃とはいえ

 7時前でも真っ暗だった。煌々とした月が西に沈もうとしている。ちょっと前に標準時を見直そうという話がニュースになっていた覚えはある。生活実感としてはもう30分遅くスタートってのが合っているのだろうなぁとは思う。とはいえ30分単位の時差ってのは異例であるは確かだ。インドは日本標準時と3時間半って時差だったと思うがそれ以外にあるかな。感情を超えた所で合理性があるなら標準時を見直しせば良いだろうし、そうでなければ混乱するからやめておけと言った所か。たかが時間ではあるが、難しい。

 ほぼ一時間で外は完全に朝を迎える。
 今日は半日、自分のための日にしてもらった。平たく言うと鉄道に乗りに行くのである。
 最初の心積もりでは思いっ切り遠出して、江陵まで行こうかと思ってみた。スイッチバックが切り替わった路線に乗るのと、江陵-三陸の海列車に乗ってみようかと思ったのである。ところが、清凉里7時のムグンファは発売早々に満席。ちょっと無理と思って方針変更。簡単お気軽な京春線にすることにした。京春線は自分が初めて訪韓した2006年4月に乗った路線である。当時はムグンファで2時間弱掛けて行ったのだが、その後複線電化で電鉄化されて大きく姿を変えている。
 電鉄化された路線はだいたい地下鉄そのままの4ドア通勤車が行きかう平凡な路線にになるのだが、最近は長距離路線の電鉄化が進んでいて、普通列車相当の通勤列車だけでなく優等列車が走るようになっている。京春線に登場したのはITX青春という名称の電車。詳細は後ほど。まずは朝食を食べよう。
 ホテルの近くにはちらちらと飲食店があるけど朝からやっているのは一店だけだった。そのせいか店内はそれなりにお客さんがいるように見える。

 よくある軽食堂という体裁のお店だけど、入ってみる。キムパブがあったり、チゲがあったり。メニューから見てもやっぱりよくある街の軽食堂。

 サービスのキムチやナムルはセルフサービスで。こんなコーナーがある店は初めて見かけた。

 常識的な範囲で一通り頂いておく。しかし、このスタイルの付け出し。満足したという意を示すのに多少残すのが礼儀というのがそのまま適用されるのでしょうかねぇ。


 そして注文したもの。キムパブを妻と分け合い、そしてキムチチゲ。昨日は唐辛子色の食べ物を食べていない。まぁこの後いくらでも食べる事になるのでしょうけど、確かに気分は出る事になる。温まったし。
 すっかり温まったところで移動開始。春川行きのITX青春。始発駅は2006年に春川線に乗った始発駅、清凉里ではなく、龍山。

 地下鉄4号線、会賢の駅から鳥耳島方面に乗り、新龍山まで。そこから歩いて少々、

 KoRailの龍山駅に到着。

 今度の春川ゆき、ITX青春は10時ちょうどに龍山を出発する。まだだいぶ間がある。

 本来は湖南線や全羅線。木浦や光州、麗水に向かう列車の始発駅。ソウルのサブターミナル的な役目の駅で、出発案内に並ぶ列車もそちら方面が目立つ。良く見ると
 Nuriro YosuExpo
 なんて案内も。電車列車が長駆麗水まで行くのか。こんな列車が走っているのは知らなかった。冊子の時刻表が無くなって以来、韓国の鉄道網の全貌は、情熱をもってネットで調べないとわかり辛い事になっている。

 窓口にゆき乗車券を発券してもらう。特に何事もなく行きと戻りの切符が発券される。切符はレシートみたいなペラペラの券。以前は磁気券で自動改札を通す形だったのだが、改札廃止と共にこんな形の切符になった。
 ところで。
 韓国の鉄道は日本のJRと決定的に違うところが一つある。運賃制度である。
 JRの場合は普通列車も新幹線も同一の運賃制度の下に置かれている。新宿から東京まで中央線に乗り、そこから新幹線に乗る。一枚の切符で通すことができる。
 KoRailの場合、KTXやセマウルといった長距離列車は列車毎に料金を払うことになる。京春線のようないわゆる広域電鉄線は全く別の運賃制度。地下鉄とは共通運賃だが、長距離列車と通しにはならない。今日も新龍山までは地下鉄の運賃を払い、龍山から京春はまた別運賃だ。
 これを踏まえてITX青春に乗ろうとする。ITX青春も別立て運賃であり、先程、レシートのような切符を手に入れた。そして京春線に向かうITX青春は、龍山の駅、中央線の通勤電車が発着する1番線から出発する。
 まぁJRだって東京駅に発着する特急あずさは中央線ホーム1番線を間借りしているから同じなのだけど、共通の運賃制度下を走る中央線快速と中央線特急あずさなら問題ないけど、地下鉄と共通運賃の中央線と全く別運賃のITX青春が同一ホームを使うとなると訳がわからなくなる。簡単にいうと手元にあるレシートのようなチケットでどうやって自動改札を通るの?という問題である。
 その疑問。コーヒーを買いに行って中央線の改札口に戻ってきたら、驚きの方法で解決していた。

 ITX青春と書かれた一ラッチだけ、開放状態になっている。
 先程は閉まっていたからITX青春の発着時間に合わせて開放しているのだろう。なるほどとは思うが、係員のチェックはなく、いわばフリーパス状態。ITX青春の車内では検札があるのだろうが、通勤列車を使ってITX青春の停車駅間を移動すれば無賃乗車は十分に可能と思われる。制度的に大丈夫?と思わなくはない。
 ホームに降りると中央線の通勤電車が停車中。その電車が9:52に出て行ったあと、10時初のITX青春は発車4分前になってソウル側の引き上げ線から入ってきた。

 ホームの前後に柵があってこんな写真しか撮れない。顔つきは日本から来たNuriroと違い、どこかこちらの通勤車を思わすような顔つき。一応は準高速列車という扱いだそうで、最高速度は180km/hだそうだ。
 宛がわれた席は1号車の中ほど。ひとまずそちらに荷物を置く。そして出発までの短い時間でちょっと列車の確認を。

 柵が邪魔だがサイドビューを。片開きドアが二か所。若干内側に寄っていて客室は三室構成となる。


 真ん中は転換クロスのリクライニングシートが並ぶ。日本の在来線特急の雰囲気に似た作り。ただ、ドアが中央寄りに配された分だけ小さくまとまった感がある。1号車の場合、ドアを挟んで運転席よりは全12席の小部屋になっているが、妻面側は立ち席スペースの様子。

 自転車が停められるようになっていた。韓国の地下鉄、広域電鉄は自転車の持ち込みが認められているそうだが、ITX青春も同じ運用であるようだ。
 まもなく電車は動き出す。龍山からは京元線の線路を走る。

 車窓には漢江の流れ。道路が被っているから良い眺めとは言えないが普段の京釜線とは様子がだいぶ違い、新鮮ではある。ただし列車は一向に速度を上げない。停まる駅が無いと言うだけで前を走る通勤列車を全く抜けないらしい。
 15分程ちんたら走って漢江と別れると元々からの京春線始発駅、清凉里に到着。ここで列車は満席になる。少々止まって出発。相変わらずの徐行運転。定刻なのかどうかは、手元に冊子の時刻表が無いからよくわからない。
 改めて車内を少々見学してみる。この列車、8両編成のうち真ん中2両が二階建て車両になっている。
 車内、歩いてみると車端部の立ち席スペース、2号車と3号車は折りたたみの補助いすになっていて、無札で乗ってきた人が居る様子。指定席に座っている分には無い検札が補助席には行われているようだ。


 こちらが二階建て車両。座席の上に多少の荷物を置けるスペースがあるから、JR東日本の二階建てグリーン車よりは背が高いようだ。
 席に落ち着く。列車は京春線に入っている。車内のモニタには、次は南春川の案内。京春線内はほぼノンストップ。たまたまだが1日1本の最速列車にあたったようだ。
 真新しい複線高架の線路を駆ける。線路際のキロポストと時計の針を見比べているとおおよそ時速110〜120km/hぐらいだろうか。180km/h出るって見聞きしたけど、通勤電車と同じ線路を走る以上はちょっと苦しいらしい。乗った列車、龍山から春川まで103.2㎞あるところを68分掛かる事になっている。
 車窓に時折、元京春線の細い線路を眺めつつ列車は走る。


 旧線と同じく川が車窓のお供なことは変わらないが、トンネルで思いっ切りショートカットする事が増えている。車窓、日蔭に残雪が目立つようになると速度が一段と上がった。初めて速さを感覚として覚える事になったが、時速何キロ出てきたか。
 久しぶりに街が見えると速度が緩む。高架のホームに到着。ここが南春川。2006年に訪れたときは南春川から春川は工事に伴い運休中で、南春川から引き返した。あの時は長閑な終着駅だったが、今日の南春川はソウル郊外にありそうな没個性的な駅。ここで半分以上は下車する。
 列車は後一駅、春川まで。この区間は未乗区間。身構えてみたが、春川の街の外を回りつつ、高架から地上へ。そして右へとカーブをすると米軍基地跡が広がって、終着の春川に。あっけなく到着。

 ほぼ定刻の到着は立派。ダイヤ自体、さほど立てていないのかも知れない。龍山ではよく見れなかった先頭車をしっかりと眺める。この顔つき、やはり通勤車とあまり変わらない気がする。
 今日の戻りは14時のITX青春。春川で3時間の余裕がある。まぁ有名なのが冬のソナタ。これには関心はない。後はタッカルビという鳥の焼き肉が有名で、こちらはお昼に頂こうかと思っている。

 KTXが発着するような立派な駅、言い換えるとどこに行っても没個性的な春川の駅を背に春川の市街地を目指す。

 駅前は広々とした空地。元は米軍基地だったらしい。市街地はその向こうに霞んでいる。今日もPM2.5の影響があるのかとも思う。
 向こうに見える市街地へ向けて歩き出す。途中

 こんな寒々しい景色を眺めながら歩いてゆく。横目には

 米軍基地跡が霞んでいる。だんだんと高層マンションの姿がはっきりとしてきて、まもなく春川の街並みに。入って間もなく、右手に高校がある。

 冬のソナタのロケ地だったそうで、そのことを示す日本語の看板が出ていたりする。さすがに観光客は皆無。南怡島の並木道ならドラマを見ていなくても何となくわかるが、春川高校と言われても、正直、よくわからない。
 もう少し歩くと市内の中心地。繁華街は春川明洞通りというそうだ。日本のあちこちに銀座があるのと一緒かと思う。この通りにも

 冬のソナタの幟が。500mぐらいの通り、一定間隔で日本語と中国語と両方が交互に現れる。ここもロケ地らしいのだけど、何のことはない、日本でもおなじみの地方都市の目抜き通りという体裁。
 クルマが行きかう大通りを挟んで反対側がタッカルビ通りとも言われる飲食店街。そちらに転身してみる。

 何軒かそれらしい店が並んでいるけど、どこも閑散としている。ITX青春は結構混んでいたけど、みなさんどこに行ったものやら。

 適当な店に入る。お昼時なのにがら空き。他に人気店があるから、ではなく、押しなべてこんな感じに空いている。
 今日は春川の名物を二つ。タッカルビを二人前。それに蕎麦粉を使った冷麺、マッククスを1人前だけ頼んでみる。まずは

 タッカルビの材料が運ばれてくる。コチュジャンベースのたれに漬けこまれた鶏肉と野菜。これをテーブルの鉄板でひたすら炒めて頂く事になる。 

 この色だと肉に火が通ったかどうか、わかり辛い。時々店の人が様子を見てかき混ぜてくれる。外国人向けのサービスだろうか。

 タッカルビ、鶏肉でも焼き肉料理という扱いで、頂き方はサンチェや荏胡麻の葉に包んで食べる。日本人の感覚だと、牛や豚は焼き肉だけど、鶏を焼き肉と思ったことはないので、ある意味初めての経験。味が辛いので野菜で包んでちょうどいい感じだ。

 後になってマッククスも供される。蕎麦粉を使ったとのことだけど、蕎麦というよりはやはり冷麺の一種。冷たい出汁を掛けて頂く。タッカルビで辛くなった口休めにはちょうどいい感じ。
 店に滞在1時間。案外と時間が掛かり、時刻は13時を過ぎた。帰りの電車は14時。まだ早いけどぷらぷらと駅の方に戻ろうかと思う。

 再び何にも道をひたすら駅へと戻る。途中、ITX青春が出発してゆくのが見える。駅に着いてから時刻表を見ると13:26にもあったらしい。まぁ急ぐ旅でないから、いいや。

 先程の霞はどこかに消えた。ただっぴろい基地跡を横目に歩く。反対側には雪で山が作られていて、ソリで滑り降りる
 13時半過ぎに駅に到着。出発までの30分、やることないなぁと思っていたのだが、

 改札はすでに開放されている。常時開放なのかも知れない。あと25分ほど。電留線に1本、ITX青春用の368000系が止まっているのは知っていたので、ホームに降りてみる。

 4、5号車の二階建て車両。ドアと屋根の位置関係から言ってもやっぱり全体的に背が高いようだ。写真には出してないけど、架線電圧が交流25,000Vとあってパンタグラフ周りの絶縁が物々しい。

 改めて先頭車。通勤列車よりも鼻が長い流線型だけど、180km/hまでであれば空力的な事はあまり考えなくても、という事ですかねぇ。騒音出してもあまり問題にならなそうだし。
 こうやって写真を撮っている間に龍山からの列車が到着、折り返し14時発となる。そろそろそちらのホームに戻る。


 先程から似ている似ているといっている通勤車とホームを挟んで並ぶ。ノーズの長さは違うけど、やっぱり印象は似ていると思う。
 帰りの列車は途中駅停車タイプ。南春川で少々お客さんを乗せた後も10分ぐらい毎に停車。少しずつお客さんを集める。

 沿線は寒そうな景色。川の途中、流れをせき止めてスケート場を作っているようで、一面凍り付いているのを横目に走る。ただ車内は暖か。歩いて疲れたのと食事の後というのも相まって、少々うとうと。目覚めるとビニールハウスの向こうに高層マンションが並ぶソウル近郊の光景に。なおもうとうとしていると何時の間にか1号線の電車が並走していた。
 隣を走る1号線がトンネルに吸い込まれてゆくと清凉里に到着。ここまで1時間。以前のムグンファに比べると圧倒的に早い。帰りは清凉里で下車する。


 清凉里の駅も見違えるほどに立派になっている。個性は全くないのだが。百貨店とスーパーが併設されているのもソウル、龍山といったターミナル駅と一緒。折角なのでスーパーで自宅用の食品を少々買い求める。最後に荷物が増えてホテルへ戻る。1号線から4号線を乗り継ぎ、会賢へ。
 ホテルに着き荷物をしまう。次の予定は18時半に乙支路入口。妻の友達がこちらに留学しているとかで差し入れを渡してお茶を飲む約束とのこと。その前にとちょっと明洞を歩いた後、

 清渓川を渡り鐘閣まで足を伸ばす。目的は永豊文庫。冊子の時刻表は廃刊になったが、数年前に鉄道雑誌が創刊されたそうで、その最新版を探しに行く。雑誌売り場を見ていると難なく発見。お買い上げ。価格は12,000KRW。日本円だと1,200円相当。ちょっとした食事2食分と考えると結構な買い物である。
 乙支路入口まで戻って妻の友人と合流。年明けから1年の予定で語学留学だそうで。妻は有人にウスターソースを差し入れ。こちらでは高くて買えないらしい。こちらの物価の話から語学学校の話に移る。正直、失礼だとは思うが語学学校という言葉だけ聞くと腰掛的な印象を持っていた。だが入学時の本人の語学力がそれなりにあると難しいクラス編入されるそうだ。輪講とかディベートとか、日本語でやってもそれなりに努力が求められる内容なのだとか。先入観だけで判断しちゃ行けないなぁと思った小一時間となる。
 妻の友人とお別れした後、明洞の街をぷらぷら、20時を過ぎてそろそろ夕食の時間。ホテルの近くという気分でもないので、このあたりで店を探す。妻が見たことのあるブログで紹介されていた店を見かけたというのでそちらへ。

 こちら、セマウル食堂という店。名物はヨルタンプルコギという。プルコギというと甘辛い焼き肉を思い浮かべるが、テーブルにはアツアツの鉄板。凸型になっていて、どこかジンギスカン鍋を思い起こす。そして出てきたのは

 うっすい豚肉に甘辛いたれが掛けていて、これをテーブルで焼きながら頂くという趣旨。ごく一般的なプルコギとはだいぶかけ離れている。というか言われるがままに付いてきて、注文も任せていたから、記事を書く段になって初めてプルコギという名前だったのかと認識した次第。

 ビール4,000KRW、ジュースは1,000KRW。肉が薄いからそんなに杯が進まないうちに

 この通りに焼き上がる。例によって荏胡麻の葉やサンチェに包んで頂く。お昼に続いて似たような雰囲気になったけど、それはそれ、これはこれで美味しく頂ける。
 滞在小一時間。満足して店を後にするともう間もなく21時と言う時間。

 春川の明洞と同じく、日本語と中国語の看板が交互に並ぶソウルの明洞を歩いて、ホテルに戻る。近くのコンビニでビールを買うと1850KRW。日本よりも安いっちゃ安いが前よりも値上げしているように思う。ソウルに限らずだが、日本以外はみんな物価が上がっているなぁと最近特に感じることが増えた。
 その値上がりしたビールを同じく値上り気味のスナック菓子で頂く。増えた荷物を少々荷造り。そして夜が更けてゆく。