きゃんきゃん、きゃいん

 今日も雨だ。晴れたなら飛行機でも撮りに行こうかとも思っていたけど、雨では仕方なし。仕事も忙しいし久しぶりに休日出勤することにする。

 今日の209系は28編成。普段より20分ほど遅いけど新杉田で待たずに済むし、作業服にも着替えないので全く問題なし。
 今日の仕事、自分自身では不要とは言わないけど不急だと思っているのだけど、お客さんがキャンキャン騒ぎ、従って営業がきゃんきゃん騒ぎ、仕方ないので出てきて手をつけた仕事。そんな調子だから気分的にも少々滅入る。天気も悪いし。
 手を掛けてしまえば2時間少々で終了。後は昨日の続きを夕方まで。さすがに定時上がり。ほぼ雨が上がっている。
 帰りは横浜線への205系

 H4編成。根岸まで来ると、おやって思ってついつい下車

 根岸に居たのはEF65-1101(東洋-川重) 今日はかなり短めの編成。
 改めて

 209系、25編成で帰宅。関内まで来るとさっきはやんでいた雨が降っている、と言うより雨が上がるの、関内の方が遅いんだろうなぁ。電車で10分程度なんですけどね。

鶴丸のさいごに

 <JAL>「鶴丸」ラストフライト 半世紀の歴史に幕 5月31日19時49分配信 毎日新聞
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080531-00000072-mai-bus_all
 半世紀にわたり日本航空(JAL)のシンボルマークだった「鶴丸」が31日、姿を消した。翼を円形に広げた優雅な赤い鶴を垂直尾翼にあしらったボーイング777が羽田−伊丹間を往復し、飛び慣れた大空に別れを告げた。
 「鶴丸」のデビューは、JALが国際線強化やジェット機導入を控えていた1959年。以来、「スピード感と日本の伝統」をコンセプトにしたデザインは、世界を駆け回る日本人の心のよりどころだった。1日からは日本エアシステムとの経営統合(02年)で登場した、太陽をモチーフにした新マークにすべて置き換えられる。
 観光客や飛行機ファンらでほぼ満席となった鶴丸の最終便は、歴代の制服を着た客室乗務員らに見送られて羽田空港を飛び立った。

 撮りに行こうと思いつつ、結局は足が向かなかった本日最終の鶴丸さん。
 うちの田舎はANAがいて、TDAがいて、JALは居なかったからそれほど思い入れが無いと言うのが正直なところ。もちろんいろんな感慨や思い入れを持っている人はたくさん居るでしょうし、それを否定するつもりは毛頭ないのですけれども。
 それは分かっていても正直、ちょっと遅かったよなぁと思わずには居られません。レインボーカラーの消えるスピードに比べるとねぇ。
 残った会社と消えた会社の歴然とした差なんでしょうけど、誰にも送られる事無く消えてしまったぐるぐるセブンの事を想うと複雑になります。
 そんな訳でここでは対等に

 05/3/11 鹿児島空港にて JA8983

 05/7/23 新千歳空港にて JA009D

 太陽のアークに幸あらんことを願いつつ

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