2020-07-23

何時もの時間に起きだす必要は全く無かったのだが、目が覚めてしまった午前5時。起きだして身支度。
 今日から4連休。本来なら東京五輪の開会式で、そんな日本から逃げたいと思っていた。ちょうど誕生日だし、ラウンジで過ごしてから飛行機で海外へ。最高の誕生日になる。その筈が、オリンピックは延期になり、海外逃亡は出来なくなり、という次第。せめて国内なのだが、その国内も怪しくなりつつある今日この頃。でも出掛ける。行先はおいおい。
 妻と二人でスーツケース1個。自宅最寄り、京阪電車の駅へ

 今日は石山寺ゆきに乗り、石山に出る。ここで東海道線に乗り換え。下りホームに立つ。先発が通過となっていたのでおやっと思い、

 EF210-13が来る。この時間に?と思ったが8053列車が遅れているらしい。その後にやって来た

 新快速に乗り込む。座れる程度の乗り具合。大津を出て久しぶりに県境を越え京都府へ。さらに電車は大阪府へ。淀川を渡り大阪駅。客が入れ替わりさらに西に向かう。今日三度目の県境越え。列車は草津から延々続く複々線を快走してゆく。
 4府県目の兵庫を進むと三ノ宮の案内。本当に三ノ宮って駅があったのだなぁと妙な感慨に浸る。今年に入って早々から移動の制約が強まって、身近な新快速の停車駅でも心理的には自分の世界から零れ落ちていた、
 神戸を過ぎると瀬戸内の海が見えてくる。

 海としては小さな狭い海でもついつい琵琶湖より大きい、と思ってしまう。長らく海を見ていない間に自分の中では琵琶湖が基準になっていた事に改めて驚く。
 姫路まで2時間弱。列車はこの先、赤穂まで行く。12両のうち後ろ4両を切り離す。そのため8分程停車する。

 真ん前に103系なんで電車がいる。ここのところ、EF65だの、EF64だの、DD51だの、国鉄形の車両を目にする機会が増えて、103系もいて当然だよね、という気分にはなる。もう一つ

 姫路名物、えきそばを頂く。天ぷらえきそばは¥380。これだけ済ませてまだ3分余裕があった。
 姫路から先は各駅に停車となる。8両になった列車はまあまあの乗り具合。この先をどうしようかと迷いつつ相生到着を迎える。この先の乗り継ぎ列車、7両編成だったのを確認して乗換。まぁ結構な乗り具合になったけど。
 今日4度目の県郷越えで今度は岡山県。今日は岡山まで。

 新快速が早いおかげで石山から岡山まで、18きっぷでも3時間少々で到着する事が出来る。実に早い。
 今日は少し岡山で。なんだけど、来る途中、上を一枚羽織っても寒かったという妻が、上に着るものを買いたいというのでしばらくお供する。ついで岡山で食べたいものを少々。お昼になる前、まだ空いているうちにドミグラスソースの掛かったカツ丼を食べておく。

 デミグラスソースの掛かったかつ丼デミカツ丼を頂く。15年ほど前だったかに訪れた事のある店。その時の味を覚えている訳ではないが、今日のかつ丼は米がいまいちだったように思える。過去が勝手に美化されていたのかなぁ。
 岡山の駅まで戻る。その途中。駅前から伸びる岡山電気軌道の電車、何か妙なのが来た。

 自分自身は全く馴染みが無いけどアニメのキャラらしい。
 https://okaden-chuggington.com/
 駅まで戻ってもう一軒、お供する。駅近くのホテルのカフェ。

 妻が桃パフェ。この時期限定なのだそうだ。
 姫路から岡山までの経路を山陽線経由としたので、早めに事が進んでいる。予定よりも1本電車を早めることにした。駅構内に戻る。
 交通の結節点である岡山からは四方八方へ鉄道が伸びる。今日はその中から

 四国連絡。快速マリンライナーに乗る。30分毎の運転なのでかっちり決めなくても動きが取れる。
 岡山を後に南下する。

 列車は水田を見つつ明治時代からの線路、宇野線を進み、茶屋町からは高架の新しい線路に入るとトンネルがちになる。速度は格段に上がる。立派な線路を進むと本州最後の駅、児島。列車は瀬戸大橋へと歩みを進める。

 自分は生涯一桁回目の瀬戸大橋線だから列車から見える海の景色はまだまだ新鮮。青函トンネルと違って景色が見えるのであるし。しかし、岡山と高松が鉄路で結ばれて当たり前の人が大多数。列車はありふれた日常のように本州から四国へと渡ってゆく。

 島を伝って海を進みほんの10分少々で四国側、坂出の工業地帯が見えてくる。

 岡山から30分も掛からずに四国到着。今日はひとまず高松まで進む。

 そのつもりだったが、着いたのはさぬきうどん駅(嘘)

 国鉄四国総局、四国旅客鉄道本社の所在地、高松。本州との結節点、玄関口の機能は喪くして久しいが四国各地へ向かう列車が集うことには違いない。

 30分毎の快速マリンライナーが2本顔をそろえる。まもなく岡山行きの列車が出て行った。

 高松の郊外電車と一緒に徳島へ行く特急列車が姿を見せる。JR四国発足後に行われた高速化の立役者、2000系は代替わりが進んで今日高松駅頭に姿を見せるのは2600系

 こちらは93年の予讃線松山電化で投入された8000系。妻が台鐡みたいという。確かにリニューアル後の塗装の雰囲気、顔つき。台鐡かも知れない。
 今日はこの松山ゆき特急いしづちに乗る。


 高松側の丸っこい造形に比べると松山側の角々した姿は安っぽいのだが、こちらは後程隠れることになる。
 最も、ここまで使っていた18きっぷでは特急には乗れない。そこで四国島内は別の切符を用意している。
www.jr-eki.com
 2000年代は航空会社もバースデー割引を結構やっていたけど、下火になっている。そんな中でJR四国は誕生月の人だけ使える割引切符を残していて、今回はそれを使う。自由席タイプなら同日購入もできるようだけど、バタバタしそうだったので事前に通信販売で買っておいた。そちらに日付印を入れて貰う。

 3両のうち2両が自由席。その先頭に乗る。お客さんは数人程度。4連休の初日だが、天候にも社会にも水を差された今日の特急列車。文字通りに閑古鳥が啼いている。運転席直後に2人いて、あとはパラパラという乗り具合。まもなく発車時刻となる。
 先程、岡山からの道をなぞり返して進む。坂出の先で瀬戸大橋へと進むデルタ線、その底辺を進んで坂出。ここで岡山からの特急しおかぜと併結となる。併結すると先頭に座っていた鉄道好きと思しき人たちは視界をふさがれた席から移って行った。代わりに「こっちのほうが空いている」と後ろからやってくる人もいるが、連休の名が悲しい今日の特急いしづち。8両になって松山へと進む。

 曇り空の下、列車は予讃線を走ってゆく。瀬戸内海が見えてくる。
 2009年の夏だったか、京王線恥辱の過去を掘ると出てくると思うが、夏休みに伊予鉄を撮るために同じようなルートで松山まで足を延ばしたことがあった。あの時は普通列車乗り継ぎ。途中、何度となく特急に道を譲る旅だった。今日は譲られる側の旅。あの日は一人、今日は二人。身の上もだいぶ変わった。東海道新幹線でそんな感慨は覚えないが、今回の予讃線みたいに10年間隔があくと何かのきっかけに感傷が顔を覗く。 

 瀬戸内海を離れ列車は松山へ向かって走る。今日は今治にホテルを用意しているが、このまま行っても16時前の到着。思ったよりもだいぶ早くなる。ちょっと考えて伊予西条で降りる事にした。調べていないので所要時間をが分かっていないが、15:19到着。高松から1時間半といったところ。

 石鎚山登山口、今まで乗って来た列車名の由来となったその山に登る訳でなく、今日は駅の脇に見えている博物館の見物を思い立つ。

 松山へ向かう列車を見送ると持ち時間は1時間。改札の外に出る。改札で切符を見せると「誕生日おめでとうございます」と声を掛けられる。
 駅からすぐ。こんなところへ。
s-trp.jp

 確か10年前から博物館はあって、DF50を展示している小さな博物館、という理解をしていた。そこから多少展示車両が増えて結構な施設になった様子。元々の施設だけでは足りずに北館、南館に分かれている。
 入場料300円を払い入館。まずは北館から。こちらは四国における鉄道近代化の立役者となったDF50と、新幹線の0系が展示されている。0系は四国と関係なさそうだが、東海道新幹線建設の功労者、十河信二総裁が西条の出身が故だそう。

 小さくとも大事にされている事が良く分かる博物館だ。

 DF50を見る。この機関車は現役で見る機会はなかった。現役の姿は本で見るのみだったが、スタイリッシュな姿だ。

 ついで0系。こちらは何度か縁がある電車。さすがに25m一両は入りきらず、半分に切断されているが、きれいに接合されていて違和感がない。

 国鉄末期、向きが変わらないリクライニングシートの頃だ。このタイプは200系にも用いられていたから実体験がある。こんな感じだったねと懐かしく思い出す。

 他にも地元四国、急行列車のヘッドマークが展示されていたりする。

 こちらはパンタグラフ2種。0系の小型のものと地元JR四国8000系の大柄なものと。
 次に南館へ。線路を挟んで反対側となる。跨線橋を渡ると 

 こちらが南館。建物の手前にはフリーゲージトレインの試験車両が展示されている。四国島内から新幹線直通列車を走らせたい、という理由で四国は一時期熱心に取り組んでいたけど、フリーゲージトレインの実用化も怪しくなり、さてどうなるのだろう。
 館内にも展示車両。

 こちらにも状態が良さそうな車両。手前が蒸気機関車、C57-44。奥には気動車

 キハ65-34。キハ65を展示するってのが良い。国鉄四国総局の歴史をしっかり押さえている。

 こちらには瓶コーラの自販機があり、キハの中で栓を開けて飲んで下さいと。テーブルに備えられた栓抜き使用体験というのがまた面白い。


 そんな訳でキハ65の中で瓶を開け、コーラを頂く。展示車両が吟味されていて、しゃれっ気がある伊予西条の博物館。結構気に入る。
 だいぶ時間画無くなってしまった。駆け足で

 DE10の1号機を眺め、

 十河信二総裁の記念館をこれも駆け足で。何とか1時間後の特急しおかぜ・いしづちに間に合わせる。

 もう1時間、時間を取っても良かったかも知れない。やってきた列車。岡山から来たしおかぜの車両はそこそこ乗っていて、高松から来たいしづちの車両はだいぶ空いている。先程と同じいしづち側に乗車した。
 さて次は今日の宿泊地、今治まで。明日の事を考えると松山まで行っても構わないのだけど、前後の事を色々考えて、あまり縁の無さそうな街に泊まることにした。列車で2駅。


 20分程で今日の目的地、今治に到着。列車を降りる。造船とタオルの街だが、駅前は寂しい地方都市の風情。今日は駅の近くにホテルを取っている。
 ホテルにチェックインすると17時。まだ引きこもるには早い時間。観光するのは遅い時間だが、少し街歩きをする。ついでに夕食なんかも済ませたい。

 古い酒屋が街の歴史を語るような今治市内を少し歩く。17時について観光、という事で18時まで営業しているタオルブティックなるところに行く。

 織物の機械が展示されていたりするタオルブティック。タオル生地を使った様々な派生製品も扱っていて、そんな中からタオル生地のネクタイなんて物を買ってみる。軽くて自分で洗える。そしてネクタイとして考えると非常に安価。
 雨が若干心配だが、もう少し歩く。

 今治城は入場時間が17時までであった。
 今治城は入場時間が17時までであった。外から天守閣を見ておく。ここから見るだけでは分からないが、もともとは海に面した水城だそう。琵琶湖の水城、膳所の街から一日移動して、瀬戸内の水城、今治に来た事になる。

 今治の港は城からすぐ。ずいぶんと岸壁が高いなぁと思ったのだが、干満の差が激しく、今はちょうど干潮の時間であった様子。

 商店街にやって来た。18時になってこの時間、ほぼシャッター通りと化している。閉業した店もちらほら見える。地方の商店街はどこも辛そうだ。
 そろそろ夕食。今治にはソウルフードが2つあるそうで、そちらを頂く事にしている。まずは商店街からちょっと離れた所にある中華の店へと向かう。

 こちらは先程の商店街と違って人で賑やか。
 順番待ちになっていたが、回転も早い。早々と順番が回ってくる。こちらの名物は今治B級グルメ焼豚玉子飯
 http://www.hakurakuten.net/ytm/index.html
 詳細は店のサイトに拠るが、賄い飯が知られるようになったというので、横浜で言えば第一亭のパタンだ。早速注文する。

 喉が渇いたので一杯だけ、と生ビール。

 人気店の人気メニューなので速攻で出てくる。半熟目玉焼きの下に焼豚。そしてご飯。ジャンクそのものだが背徳的に美味しい。
 するっとお腹に入って、さぁもう一店。今度はデザートというべき店へ。

 かき氷、なんだけど

 ガリガリじゃなくてサラサラのかき氷。これは他では食べた事がない。素敵なかき氷であった。
 いつの間にか夜が来ている。ホテルに戻る途中、地元スーパーで馴染みのない食材を見る。なかなか楽しめる。
 ホテルに戻ると20時。結構いい時間になる。朝早くてそろそろ眠くなる。風呂だけ入って早々に。
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