早々に目が覚めた。外はまだ薄暗い。カーテンを開けると

 夜の続きみたいな寝ぼけた街が広がっている。ラオスの首都、ビエンチャンで迎える新しい一日。時刻は5時半。日本との時差はタイと同じく2時間。日本は朝ラッシュの真っただ中だ。
 起きて身支度をして、少し京王線恥辱を進めておく。その間に朝がやって来る。

 30分程ですっかり外は明るくなった。7時になるのを部屋で待ち、そして待ちかねて食事を取りに下へ降りる。
 こんにちはとありがとう、ぐらいはラオ語で云おうと思い、たどたどしくラオ語のこんにちはに相当する「サバーイディー」と係員に声を掛ける。ありがとうは「コーブチャイ」。これがなかなか覚えられない。機会がありそうだなって度にガイドブックを見て確認しながら声を掛ける。ラオス観光の主力である欧米人はこういう事しないし、韓国や中国の人もしないだろうから、珍しいようだ。結構喜んでもらえる。

 先客数名。洋食と中華風のメニューがいくつか並ぶ中から 

 適当に取る。ラオスは元フランス領でバケットが美味しいそうだが、丸っと一本のフランスパンを取るのは少々気が引けた。
 中華風に偏った食事の後に、

 フルーツを取って終わりにする。
 部屋に戻って身支度。7時半にはホテルを出た。今日は一日ビエンチャン滞在。たまには観光をしようと思う。
今日は午前中のまだ涼しいうちに、歩いてゆきたい所を歩き、午後は体力を温存する方向で考えている。まずは、ラオス版の凱旋門、タトゥーサイに行く。

 ホテル前の通りは相変わらず寝ているかの如く。この辺りは外国人向けのホテルやゲストハウスが多い所で、少し歩くとサムローが停まっていて、声を掛けられたり、少々煩い。

 大通りに出るとクルマや人が行き交い、平日朝らしい光景になっている。曲がりなりにも一国の首都、平日の朝。朝はしっかりやって来ている。
 車の多い通りを東に少し歩く。すると大きな通りとのT字路にあたる。そのT字路に面して、

 立派な建物がある。迎賓館だそうだ。何度も繰り返すが、ビエンチャンラオスの首都。政府機関の施設も点在している。
 迎賓館の前から延びるのは一際太い道路。その先に

 最初の目的地。パトゥーサイが見えている。不覚にも気分が高揚する。
 今いるところからタトゥーサイまでは1㎞ちょっとだろうか。引き続き歩く。この辺り、バスも走るみたいだけど、この時間はまだ涼しいのでお世話になる必要はあまり無さそうだ。
 歩く間、右手にラオスとしては大きな建物が見えてくる。

 タラートサオモール、という名前のショッピングセンター。ビエンチャンでは一番有名で大規模なショッピングセンターだそうだ。ラオ語で直訳と朝市となるそうで、元々は朝市が立っていた所だそうだ。バスターミナルが近くにある。ビエンチャンの中心みたいなところになる。
 さらに歩く。

 朝のラッシュ時だからか、警官が交通整理をしている。そんな様子を眺めて歩いていると、段々とパトゥーサイが近づき、大きくなってくる。

 一種大きなラウンドアバウトのその中に大きな門が建っている。その通りをバスが走って来た。黄緑と白のツートンカラーはまるで都バス。そして日の丸。JICAの援助で導入されたそうだ。

 これがパトゥーサイ。ラオス語で勝利の門、という意味だとか。インドシナ戦争の勝利を記念して、だそうだが、予算が足りず未完成。現在に至る、とのこと。
 その未完成のパトゥーサイに入る。

 門の真下には少々の装飾。建物自体は出来たけど、装飾の途中で潰えた、という所だろうか。根本的には貧しい国だし。
 門の上は公開されていて、入場料3000キップで入ることが出来る。

 受付があったのでやる気なさげな係員に声を掛け、門の上へと上がってみる。エレベータなんてものはないからコンクリート打ちっぱなしの階段を上がる。
 展望台に出た。

 歩いてきた道を眺めてみる。こうしてみると本当に高い建物が見当たらない。これほど長閑な一国の首都は初めて。

 眼下はラウンドアバウトの渋滞中。巻き込まれている側からすれば渋滞は渋滞だろうけど、道の全て全てが埋まるようなバンコクの渋滞とは違う。

 パトゥーサイの北側には噴水があるけど水は出ていない。昨日見かけた街中の噴水も停まってし、やっぱりお金がないのかとは思う。
 展望台を一周したので下に戻る。上る時とは別の階段を使ってゆく。

 その途中、お土産屋があるのだが、冴えないというか、やる気なさげな、というかそんな空気に満ちていた。
 さて次の目的地へ。ラウンドアバウトの中から外に出る。そこにバス停がある。

 タトゥーサイのバス停と言う事か。これは分かりやすい路線図だ。おおよそ20分毎の運転らしいが、具体的にあと何分待つ必要があるのかまでは分からない。JICAのページにバスの位置情報、ってのがある。
 Lao-BusNavi
 ラオスのSimを入れておけば、バスの位置も確認できて、利用しやすいのだろうが、今回はタイのSimを入れたまま。メコン川を挟んでいるだけだから、タイの電波も掴むだろう、ぐらいにしか考えていなかったが、そんな簡単では無かった。
 ひとまず歩く。時刻は8時半過ぎ。曇っている分、歩くのは楽。次に目指すのは、タートルアンという名前の寺。途中は官庁があったり、トヨタのディーラーがあったり、現代のディーラーがあったり。走っているクルマ、現代や起亜の韓国車が強いが、日本車も結構多い。強いのはトヨタで稀にレクサスもいる。中国車もちらちらは見かける。結構な混戦地帯と思いながら歩くと、遊園地らしいところが見えてきた。
 ちょっと寄ってみた。まだ営業時間外だろうが、難なく近付くことが出来る。

 小さな小さな観覧車が森の中にある。

 豆汽車。だけどこの国の人たち、汽車を見た事ある人、どれだけいるのだろう。
 まだ9時。係なのか何なのか敷地を掃除するささやかな遊園地を眺めて、さらに足を伸ばす。寺らしい屋根が見えているから目的地は程なく。まもなくタートルアンに着く。

 ラオスを代表するありがたい寺だそうで、大きな駐車場が先程の遊園地との間にある。大型バスが100台は停められそうな、そんな駐車場だ。
 本堂の見学は有料だが、境内は広く、ひとまず眺める。

 日本人の目からみるとすごく不思議な造形だが、小乗仏教の世界ではお馴染み。こんな像ばかりが並んでいる寺、いくらでもタイにはあるけど、ここの寺にはこの像ひとつだけだった、と思う。

 鶏も像になっている事を見かけるけど、こちらは本物の鶏。境内を闊歩している。しっかし、やせ細った鶏だな

 囲いの向こう、黄金に光るのが本堂、らしい。囲いに沿って歩いて行くと入口がある。

 ここは入場料を徴収。ラオス人3,000キップ、外国人は10,000キップだそうだ。バンコクの王宮ほど極端ではないが、外国人と自国民で差を付けている。
 中に入る。

 小乗仏教らしい黄金色の本堂と廻りの緑のコントラストが青さが出てきた空の下、よく映えている。

 本堂では少年みたいな僧侶が祈りを捧げている。
 11月には祭りがあって相当な人出があるそうだが、雨季8月、この時間のタートルアンには穏やかな時間が流れていた。
 本殿を後にもう少し歩く。

 涅槃仏、もいて、やっぱりタイの寺院をよく似ている。
 さて次へ向かう。今度も歩く。そろそろ雲が切れて日が出てきており、歩く事が少し辛くなってきている。しばらく進むと、

 いかんも共産圏のプロパガンダみたいな看板が見えてくる。
 この看板の近くにあるのが、次の目的地。ラオス人民軍歴史博物館。軍事博物館だ。門の所で入場料5,000キップを支払い中へ。建屋内は撮影禁止だが、その前の展示品を撮る分には問題ない。
 ラオス共産国。だから装備品はソ連製と言う事になる。

 複葉機はAn-2。複葉機なんてどれだけ古いの?と思ったら、このAn-2は一応戦後のものだった。

 説明文によるとT58という中国製の戦車。展示物、ソ連製が7割、次が中国製という感じ。

 建物の前にはいかにも共産主義国と言う感じの銅像が建っている。昨日の入国した時の係員が着ていた制服が、いかにも共産国という感じだったなぁと思って以来、ラオスの政治体制を感じる事は無かったのだけど、この博物館では否応なしに意識されられる。

 こちらも、人民軍、って博物館の名称に相応しい銅像

 中にも展示物。こちらは撮影禁止なので。同じように武器と写真の展示が中心。東南アジアで歴史に触れる博物館を訪問するときまって第二次世界大戦下の日本に触れられているのだが、ラオスでのメインはインドシナ半島の歴史。二次大戦中には殆ど言及がなかった。
 展示物で異色なのが、比較的新しい1988年の捕獲物、タイの無人偵察機。当時、タイとラオスは衝突状態にあり、その際に捕獲したそうだ。人の大きさぐらいはある偵察機。今ならドローンで対応できそう。スマートフォンとショルダーフォンぐらいの関係か。今は良好な両国関係を鑑みてか、大きな扱いでは無かった。
 一通り展示品を見て回り、博物館をお暇する。時刻は10時を過ぎている。いい加減、歩くのは辛い。バスに乗ろうかと思う。バス停は見当たらないが、フリー乗降可能であることは、今朝、JICAのサイトを見て知っている。幸い、すぐにやって来た。

 運賃3000キップを女性車掌に支払って乗車。涼しい車内はありがたい。

 車内には日本の援助である事を示すステッカーが出ている。
 タラートサオまで戻る。バスは先程の表通りではなく、裏側の通りでタラートサオの所まで。

 ショッピングモールというより市場、という雰囲気。文字通りのタラートの真ん中に降り立つ。
 タラートサオは先程、往路に前を通ったモールの建物、その周りに広がる従来通りの市場の集まり。その中で自宅へのお土産になりそうなものを探す。目的はあって、ラオスコーヒー。ラオスではフランス領時代にコーヒー栽培が推奨されて、南部の高原を中心に今でも栽培が続いている。


 タラートサオのショッピングモール。二つの建物を廻ったが、衣類に電化製品、とくにスマートフォンの売り場が多い。金のアクセサリーは中華系に人気の店だろうか。建物の外の市場は食材とか、電化製品とか、そんな感じ。
 自分が探したコーヒーはショッピングモールの売り場では扱っておらず、置いていたのはコーヒーショップ。ラオス産というコーヒー豆は200gで35,000キップだから結構な値段だが、買い求める。食料品でも加工品は殆どが輸入に頼っていて割高、というラオスでは、自国産の食料加工品をお土産にする事は難しい。良いお土産を買うことが出来た。
 さて、一度ホテルに戻ろうかと思う。今朝来た道と別の道を歩くと、

 曰く有り気な仏塔がラウンドアバウトの真ん中に。現役ではないので、先程見てきたような煌びやかな仏塔では無い。むしろ、アユタヤやスコータイのような遺跡を思い起こす雰囲気。日本人の目にはこちらの方が好ましく映る。
 ホテルに戻る。すっかり大汗を掻いてしまった。身支度を整えて、午後は体力を消耗しないような事を心がける。まずはお昼ご飯。店を探してちょっと歩き、結局、ちょっと高級そうな外国人向けのレストランに入る。

 本当に外国人しかいないような店で注文。しばらく待つと

 ビアラオの小瓶が出てくる。12,000キップ。昨日の大瓶よりも多いが、普通はこのぐらいの商売っ気があるものだろうとは思う。大瓶の10,000キップが安すぎる。


 食事は牛肉のラープにした。ラープはタイでは無くてラオスが本場。というかラオスとタイ東北部、イサーンが本場だから、要はラオ文化圏が本場の食事。レストランが上品だからか、上品な味付けで水準を飛び抜けているように思える。お会計の68,000キップはラオスの物価に慣れてくると、物凄く高い気がするが、高いだけのものではあった。
 さて、歩き回らずに済む観光、と言う事で午後はラオス国立博物館へ脚を向ける。

 先程食事をしたレストランの近くに博物館はある。午後の営業が始まったばかりの博物館へ。中の撮影は禁止なので写真は無い。こじんまりとした博物館でラオスの先史からを駆け足で進んでゆくとフランス植民地時代に重きを割く。過酷な支配を絵画で訴えた後、展示はインドシナ戦争へ。そして協賛国家の樹立へと続く。今の政権の正統性を訴える意味もあるのだろうが、午前中の人民軍歴史博物館と同様、インドシナ戦争の過酷さが伝わって来る。
 規模が小さいので、見学時間は30分弱程。幸い無茶苦茶暑い、というほどでもないので近所でもう少しお寺の見学をしようかと思い、歩く。向かったのは迎賓館の近くにあるお寺二つ。まずはワットシーサケット。拝観料は同じく外国人料金だと10,000キップ。キンピカで立派な仏塔、古びて好ましい仏塔。それらを眺めて本堂へ。囲いに囲まれているのは午前中に見学したタートルアンと一緒。その内側、

 無数の仏像が安置されている。

 本堂の中は撮影禁止。外から撮った後、靴を脱いで上がり、御本尊に向かって拝礼。これで20分程だろうか。境内には日蔭が多く、木陰でゆっくり休む人も目立つ。
 次はお向かいにあるワットホーパケオへ向かう。こちらも拝観料は外国人料金10,000キップ。

 今までよりも大きな本殿がどんと構えている。こちらも靴を脱いでお参り。

 同じタイミングで小学生か何かの集団がやってくる。観光客の邪魔にならないように、なのか脱いだ靴は隅の方に綺麗に並べていた。

 真正面の扉。ガラスの扉で保護されていて、よくよく見ると、

 内側の扉、装飾が細かくて細かくてものの見事だ。
時刻は14時を過ぎた。今日は曇っていて、それなりに涼しいが、体力を考えるとセーブすべき時間帯である。そろそろホテルに戻りつつ。ちょっとその前に寄り道と言うか、遠回りを。

 ラオス航空はこっち、みたいな看板が出ていて細い路地みたいな先を指している。どんな所か気になって脇道に逸れてみる。

 現れたのはガラス張りの立派なビル。日本なら中企業の本社ビル、かも知れないけど、一日ビエンチャンを歩いた身には、妙に納得のいくフラッグシップキャリアの本社であった。
 もう少し歩く。間もなくメコン川の近く。昨日夜市だったところだ。

 この後、夜に備えてか、次々バイクで出店が運ばれてくる。この後、店を拡げて夕方からの営業に備えるようだ。

 サムライピザ、なんて訳の分からん店もある。これだけ見ると圧倒的に親日な気がするけど、影響力が大きく、存在感が大きいのは、韓国と中国。中国は国境を接しているから分かるが、韓国は何故かラオスにおけるプレゼンスが大きい。クルマは韓国勢が1位だし、日本との間には飛んでいない直行便も、仁川や釜山には飛んでいて、韓国人観光客もあちこちで見かけた。一方で日本人は、殆どいないように思える。
 明るいうちの河原を見ておこうと、川岸へ脚を伸ばす。昨日は何となく護岸まで足を運べた気がしたのだが、今日は出店のあるエリアと護岸の間には道路があって、クルマが走る合間を縫って渡る。

 ひとまず道路を渡る。国旗と党旗だろうか、が風にはためく。

 国境の川、メコン川を目の前にする。正直、川崎と蒲田の間に横たわる多摩川よりは大きいかなぁという程度。でも国境の川である。この下流にタイラオス友好橋はあるけど、それ以外に渡る手段は無い。境が境として歴然として存在している。

 望遠レンズに変えてみると、タイ側の家々が見て取れた。向こうは辺境扱いの街。こちらは首都。何とも不思議な気分になる。
 メコン川に居る間に、雨粒が落ちてくるのを感じる。ラオスの8月は雨季。雨が降り続ける訳ではないが、一日のどこかで降られてしまうのは、十分にあり得る事である。一旦ホテルに引っ込もうかと思う。
 ホテルで休む間に雨は上がる。16時半を過ぎて、少し外に出てみる。昨日今日と歩いていないエリアに足を伸ばす。すると、

 ホテルに引っ込んでいる間に調べたスーパーに行き当たる。あるのは分かったが、場所までは辿りつかなかった店である。ネットで見た店が、そのまま目の前に現れたのでちょっと驚く。
 中国資本のスーパーで輸入品が中心、とはネットで見ていたが試しに入ってみる。確かに輸入品ばかりで、値段も高いようだ。その中にラオスコーヒーがあったので見てみる。先程タラートサオのコーヒーショップで35,000キップだったものが48,000キップで売っていた。ちょっとぼったくりかも知れない。でもそれ以外にも種類が豊富で安いものもある。
 パトゥーサイクッキーというものが売っていて、何故か日本語の問い合わせ電話番号がパッケージに書かれている。何かと思ったら、
パトゥーサイクッキーはラオスの新名物なるか 2013年9月3日 配信 タイランドハイパーリンクス
どうも日本人がビエンチャンで作っているみたい。
 閑散としたスーパーで少々買い物。辺りをもう少し廻ってみる。

 この辺りはコリアタウンらしい。ハングルの看板が目立つ。日本はODAで頑張っているし、日本食のレストランもあるけど、日本人の存在感が本当にない。


 こんな感じに日本の企業は居るのだけど。でも名前のせいか、わざわざ「Japanese Restaurant」の文字。

 マッサージの店がいつくかある。今日一日、だいぶ歩き回ったのでフットマッサージを受けることにする。1時間60,000キップ。他の店でも同じ値段だった。日本円なら850円ぐらいか。バンコクよりも少し安いかなぁ。チップがないのでその分は確実に安い。
 1時間ほど揉んでもらう。下手くそだなぁと思いながら揉まれたのだが、終わって店を出ると脚が楽であることに気付く。そこそこ効き目があったようだ。 
 一旦部屋に戻る。ちらっと見えたメコン川の向こうが赤く染まっている。夕陽が見えるとは期待していなかったが、慌ててメコン川に足を伸ばす。
 昼間準備をしていた夜市が開店し、にぎやかなメコン川の岸辺。昼間、車の列を掻い潜って渡った道路は歩行者天国になっていた。なるほど。 

 雲の切れ間から夕陽に染まる空が見えている。川面も赤い。昨日はダメダメだったメコン川の夕陽。陽は見えなかったけど、十分綺麗で満足のいく夕景を見ることが出来る。
 広い岸辺。たくさんの人が音楽に合わせてエアロビをしていたり、散策をしていたり。何とも賑やかなメコンの夕べ。
 さて夕食。どこか適当な所、と思ったのだがあまり入りたい店が見つからず、適当にホテルの近く、昨日とは別の店に入る。

 地元民は外食しない、と聞いているけど、観光客がいる感じでは無い、不思議な店でまずは

 ビアラオの大瓶。ここも1本10,000キップで。

 麺料理を頼んだら白いにゅうめんみたいなのが出ていたけど、よく解れていない。茹でが甘いなぁと思う。野菜は、生で頂くのは少々怖いので、麺に入れて食べるけど気休め。汁がそんなに熱々ではなかったので。
 イマイチ不完全燃焼だったので、食べ物を買って帰ろうと思う。道端に停まるサムローの運転手が「Lady」「Lady」と声を掛けてくるのが面倒だが、コンビニでビールを買い求めた後、

 バケットサンドを買い求める。フランス領だったラオスでは、バケットの店、屋台をよく見かける。一抱えもありそうなバケットサンドは15,000キップ。部屋に戻ってから、ビアラオと一緒に美味しく頂く。
 一日中歩き回って疲れが廻る。今日は早々に寝てしまう。