ゆっくりとした朝を迎えた。台中→台北と来て3泊目は台南で迎える。台湾島を右往左往と言うか、順番が変だが、そう言う事になっている。
 昨日、妻と合流して二人旅になってから、旅の性格はがらりと変わっている。今日は一日台南滞在。観光に徹する。
 まずはホテルで朝食。朝食が付くホテルも久しぶりだ。正確にいうと台中のホテルでは朝食券を貰ったが、朝食の時間になる前にチェックアウトしてしまっている。
 大店の高級ホテルの朝食会場。果てしなく続くテーブル全てが埋まっている勢いでお客さんがいる。

 席に案内されて、ビュッフェスタイルの朝食を頂く。卵を焼いてくれるシェフがいるのは珍しくないが、ヌードルバー的な麺を茹でてくれるシェフ。そして粥を作ってくれるシェフ。粥、というのは珍しいかも知れない。

 一皿頂いた後に、

 台南の名物、サバヒー粥。魚の入った粥である。穏やかな優しい味で一発で気に入る。この粥を食べるためにもう一回台南に来ても良いと思う。

 麺も頂く。トッピングでそぼろを入れると台南名物坦仔麺になるのだけど、入れ忘れ。
 食事を頂き、一旦部屋へ。

 部屋に新聞が入っている。台北で発行しているミニコミ紙。日本語で台湾のニュースと日本のニュースが幾つか。ネットが普及する前には貴重な情報源だっただろうなぁと思われるような新聞だ。
 出掛ける準備をする。今日の予定。当初はマンゴーの里である玉井というところまで脚を伸ばそうという話もあったのだけど、今年はマンゴーが不作で既に収穫が終わってしまった、なんて話が聞こえてきたので計画は見合わせ。玉井行きは来年以降の課題にして、台南の湊町、安平に足を伸ばす事にする。
 安平に行くにも、脚はバスとなる。路線バス、2系統候補があるのだが、困ったことが一つ。二つの系統、ホテルの前では走る向きが逆なのである。一系統は昨日乗ったバス停。もう1系統は反対車線のバス停。決め打ちでバスを待たないと行けない。
 調べてみると二つの路線バス。比較的同じような時刻にやって来るらしい。ますます困るが、土休日運転の観光用バスの方を選んで待つ。まっすぐと安平を目指す分、着くのは速そう、という根拠のないイメージで選んだ。

 数本バスを見送ったのち、 

 目指すバスがやって来るので乗り込む。昨日と同じくICカードで支払いが出来るので、その点は助かる。一見でICカードを持つのは若干チャレンジだが、持った後は確実に楽になる。

 安平に行くバス。観光タイプも走っているらしいけど、今日やって来たのは路線バス。座席が埋まる程度には既にお客さんがいる。安平は台南の元外港。ちょっと距離がある中を走って行く。
 どこか海の気配を感じるようになると安平の旧市街地。いくつか見どころがあり、その一つで降りる。

 妙なオブジェが建つ小さな博物館。牡蠣の殻で作る灰をセメントの代わりに使っていたそうで、その記念館とある。牡蠣殻を建材に、というのは思い至らない発想だけど、考えてみると貝殻も石灰なのだから、十分にセメントの役目が果たせる。


 牡蠣殻を石灰として使うには窯で思いっ切り焚き上げる、そうだ。建材にするの、大変な作業だったに違いない。

 さて、安平の街をぶらぶら、次の目的地に。
 予報は雨だが、良く晴れあがり、気温も上がる。台南の街、北回帰線よりも南側の亜熱帯である。暑くてかなわないのでお茶屋さんに寄り道。
 台南に限らず、台湾の街には持ち帰り用のお茶、という店がいっぱいある。多くがチェーン店で、お茶と言っても大ぶりのカップに入った冷たいお茶。

 飲み口をラミネートされて出てくるので、ストローを差して頂くのである。暑い昼間の街歩きで強い味方になってくれる。
 涼をお供に安平をぶらぶら。

 台電、台湾電力のマークを見かける。このマーク、どことなく大阪の地下鉄、大電と言うマークを思い出す。マークが作られた時代があまり離れていないのだろう。どっちが先かまでは知らない。

 更に歩いて行くと安平樹屋に着く。こちらは先程と違って有料の設備。でも入って行く。安平の博物館が併設されているので、そちらを先に見てゆく。

 台南の街中には日治の頃の建物が目立つが、こちらはもう少し古くて、清朝の頃、イギリスの貿易会社が建てたもの。貿易の拠点にふさわしく、安平と貿易の歴史を収めた博物館である。
 安平が歴史に出てくるのは、というか台湾自体がそうなのかも知れないけど、16世紀末、というか17世紀初頭と言うか、そんな時期の事。オランダがアジアの拠点として台湾島を占領した事に端を発する。その時の拠点であり、貿易港となったのが、ここ安平。それ以来、台湾が清朝の に組み込まれた後も台湾の中心となったのは安平であり、台南であった。

 17世紀当時の品物の流れが描かれている。日本とのやり取りも描かれている。17世紀、って言うと鉄砲伝来の後、鎖国の前。
 少し面白いと思ったのが、各時代の表現の仕方。日本統治の時代は日治とかく。オランダ統治は蘭治。一方明朝、清朝、と大陸の統治を受けている間は「朝」と書かれている。それはまぁ分かる。ただそれらの書き方と並んで「中華民国」と書かれていると、何か第三者的な突き放した言い方、そんな感覚を受ける。台湾を台湾と書けない、どこか不自由な感じを行間に覚える。

 ところで。ここの入り口、安平樹屋とあった。建物自体は清朝の頃に英国の貿易商社が建てた事務所と倉庫。蘭治、清朝と台湾運営の拠点であり、貿易港であった安平も、砂の堆積による港湾機能が低下してゆく。一方で打狗、後の高雄が貿易港として勃興してくると安平の貿易商社は全て撤退となる。
 その過程で放置して忘れらた倉庫が今の安平樹屋。今ではすっかり観光名所になっている。

 煉瓦造りの倉庫、その壁の向こうにガジュマルの木。向こう側だけでなく、コンクリのような壁にも巻き付いている。

 横に回り込んでも、ガジュマルに侵された古びた倉庫。一体化、と言っても良いぐらいの侵食ぶり。

 建物の壁なのか、ガジュマルの樹なのか、もはや何が何だか分からない状態。
 崩壊を防ぐためなのか、鉄骨の補強が入っており、補強を兼ねて、屋根上を見られるように整備されている。折角なので上にも登ってみる。

 建物とはとてもとても思えない。

 もちろん、建物の中もガジュマルと一体化。これ、日本人なら誰でも天空の城ラピュタを思い浮かべるのではないかと思う。
 さて。安平の街を再びぷらぷらと。

 もうすぐお昼になるところ。陽がすっかり高くなっている。ご飯にちょうど良い時間だが、ご飯は後にして、もう少し観光。
 次に向かうのは安平古堡。元々はオランダが築いた城。こちらも有料、一人50NTDで入場する。

 歴史博物館と展望台、それに城の遺構という組み合わせ。まずは博物館の方を見学してゆく。撮影禁止なので写真は無し。ここに城を築いた蘭治時代とそのオランダを追い出した平戸出身鄭成功を称える展示内容。

 当然のように、鄭成功銅像にもなっている。
 その背景には展望台。これは蘭治の頃に作られたものでは無く、日治の頃に作られた、安平古堡と関係ないもの。

 そんなに高い展望台ではないけど、辺り全く高い建物がないから、それなりに眺めが良い。

 17世紀のものでは無いだろうが、古い砦にありがちな古い砲が一門、もう一門あったかな。

 この煉瓦は蘭治の頃の名残、先程見てきた安平樹屋と同じようにガジュマルの樹と一体化して佇んでいた。
 さてそろそろ食事を。安平と言えば名物は先程も見てきた通りに牡蠣。8月はRの付かない季節だけど、生牡蠣を食べる訳ではないので、構わず頂く。

 注文は紙に数を書き込んで。品物と引き換えにお金を払うファストフードスタイル。そんな店で供されるのが、

 蝦捲、蠣捲、肉燥飯、蚵仔煎。そして、

 焼き牡蠣、こちらの言い方で烤蚵仔。7個あってこれで100NTDだから300円ちょっと。案外と大きくて、そして旨みぎっしり。レモンが余計に思えるのは美味しい牡蠣の証拠だ。
 満足して外に出る。店の近くで、

 牡蠣剥きをしている作業場があった。そりゃ、みんな凄い勢いで牡蠣食べているからなぁ。
 安平を去る前にもう一店。

 こちらは蝦捲が美味しい事で有名な店。さすがにお腹が満ちているので、お持ち帰り。ホテルで食べる事にする。
 一旦、ホテルに戻る。来る時と同じくバスに乗る。

 来る時以上に混雑していて座れないバスに揺られる。間もなく安平の旧市街を抜けて殺風景な新市街へ。飛ばしに飛ばすその途中、 

 ガソリンスタンドに寄る。給油したのか分からないけど、運転手が降りて暫く停車。間もなく出発。
 また飛ばしに飛ばす。途中、お客さんが合図送るので急停車、ずいぶんと荒い運転だった。
 ホテルの近くにあるバス停で下車。一旦部屋に戻る。時刻は15時前。ちょっと休憩の後、今度は台南の駅に出る。ホテルに来る時はタクシーに乗ったけど、今度は何度か使ったバスで台南車站へ出る。

 昨日台南の駅に着いた時間と同じぐらいの時間に車站。明日使う切符を買い求めに来たのだけど、

 凄い勢いで行列が出来ている。そこで指定券券売機で必要な切符を買い求め。無事必要な切符を買うと、台南の街を少し歩いてみる。

 古びた街並みを横目に一つ目の目的地は帆布の鞄店。小さな店だが、先客少々。妻が熱心にハンドメイドの帆布を見てゆき、ポケモンGOに熱心な店主からお土産分も含めて少々お買い上げ。
 さらに先に進む。

 日治時代には台南州庁舎だった国立台湾文学館のあるラウンドアバウトを半周するともうすぐ目的地となる。この辺り、日治時代の中心地だったのか、道路を挟んで反対側に台湾土地銀行、元は日本勧業銀行という立派な建物。そして、

 茶色い古びた建物が、街歩き二つ目の目的地。その名は林百貨店。
 この建物、日治時代に林百貨店として開業した建物。日本の敗戦後は百貨店ではなく、軍や警察で使われたそうだが、80年代には空きビルになっていたそうだ。それが歴史的建造物に指定され、修復の上、特産品を売る百貨店として復活して、今年で2年目。
 まずは屋上に出てみる。

 時代考証がちょっと変だが、当時をイメージしたと思しき背景の前に、戦後の三輪自動車ミゼットが飾っている。イラストの街、日治の頃なので、看板は全て日本語。
 さらに上が展望台になっている。

 眼下に先程の台湾土地銀行。いや、日本勧業銀行、と言った方がいいのかな、が良く見えている。

 屋上には百貨店だった頃に作られた神社が残されている。神社の跡、って高雄の台湾製糖でも見たけど、結構大事にして貰っているものだなぁと感心する。
 一方でこんなものも残っている。

 欠けた建物。これは戦争中に銃撃を受けた跡、だそうだ。そんな歴史も含めて、21世紀の林百貨店には残っている。
 上から一つ一つ階を降りて、少し買い物。滞在30分程。少し日が暮れてきた。さて、次の目的地へ街をぷらぷら。

 10分少々、通りを一つ先に行ったところで着いたのは裕成水果店。ここで本来であれば今がシーズンのマンゴーかき氷を頂く。

 山盛りマンゴーのかき氷が出てくる。今年はマンゴーが不作で店によっては既にマンゴーが品切れの所もあるそうだが、ここは産地としっかりとしたルートを持っているのか、惜しみないマンゴーが出てくる。かき氷、というより、ほぼマンゴーの山盛り。
 歩いてホテル戻ると19時になっている。3時間少々、台南市街地の心地よい散歩道となる。

 日はとっぷりと暮れた。今日は花園夜市と安平の方で永華夜市というのが開催しているみたいだけど、今日は夜市は見合わせ。ホテルの近くで食事をしようかと思う。
目的は、蝦仁飯。数多い台南名物の一つ。ホテルから一本向こうの大通りに向かう。

 通り一本ずれるだけでだいぶ雰囲気が違う。この通りを少し歩いて目的の店へ。何軒か食事を出す店があって、店の前までテーブルが広がっている。夜市でなくても夜市っぽい雰囲気ではある。

 やって来たのは集品蝦仁飯という店。空いているテーブルを見つけて座ると、

 注文用紙に注文を書き込むお馴染みのタイプ。漢字文化圏の一員なので、文字が多少違ってもイメージが付く。間違いなく蝦仁飯を注文する。

 数分で供される。早い早い。油っぽい汁を軽くまぶしたご飯はするする吸い込まれる。食べるのも早い。
 来た道と別の道をホテルの方へと戻る。あちこちに食べ物屋があって、店の前までテーブルが出てお客さんで賑わっている。その中をゆっくり歩いてホテルの方へ。
 ホテル近くのバス停前にあるお茶屋さんでお持ち帰りのお茶を買う。お茶待ちの間に見かけた光景。

 バスのお客さんが降りようとするドア前をスクーターが駆け抜けてゆく。危ない危ない。
 ビールも買ってホテルの自室に。

 昼間買った蝦捲をつまみに頂く。昨日と同じく、揚げたての方が美味しかっただろうなぁと思いつつ。