いなほで北へ その2


 列車は阿賀野川を渡り新潟の郊外へと歩みを進めている。単線区間の混じる白新線。朝ラッシュに通勤列車が入ってくる分、行き違いやら何やらで列車の足は鈍い。新幹線を降りた後だけに余計に感じる。

 新潟を出て10分、15分。大して進んでいないのに、外は雪景色に戻った。しかも横殴りの吹雪になった。新潟が晴れていたのはたまたまかも知れないけど、雪がないのは一種のヒートアイランド現象だと思う。新潟に限らず、秋田でも山形でも市内は雪が少ない。青森まで行くと、そんな余裕はないと思うが。

 新発田を出てしばらくすると今度は青空。でも一面は雪原。何の痕跡もない大雪原はきっと先程まで雪に襲われていたから、かもしれない。
 越後平野の果て、という感じの村上に停まる。指定席とグリーン車に一人二人乗車があって、列車は動き出す。間もなく

 車内の照明、予備灯を残して消える。直流1500Vと交流20000Vの切り替え地点、デットセクションを通過中。速度は案外と落ちないが、次に照明が戻るまで1分以上掛かる。ここを越えると東北に来た感じが満ちてくる。行政エリアでいうとまだ新潟県だから、勝手な感慨ではある。でも世の中の認識とそんなに外れていないと思う。
 列車は速度を落とし、窓の左手に海が見えてくる。

 窓のすぐそこが荒れる日本海。今日は鉛色まではいかないが、色彩の少ない世界の下、海が荒れ狂っている。東京を発って3時間少々。東京から一番近い日本海、というわけではないが、時間が掛かっていない割にはその変化というか、荒々しさが激しい。新幹線からの段落とし感と言い、日本海側の恵まれなさを実感できる今日の移動だ。
 そんなことを思っていると、車内販売がやって来る。この列車は秋田まで車内販売の乗務があると発車直後に案内があったが、新潟から1時間、ようやく現れた。先頭、壁で区切られたグリーン室まで丁寧に一巡し戻る。多少声が掛かるが、お客さんの絶対数が少ないから売り上げも少ないだろう。気の毒になり、声をかける。

 アルコールは?と聞くとビールが某メーカーのもの、それに酎ハイとハイボールと仰るのでハイボールを頂く。新潟と秋田という酒どころ同士を結ぶ列車なのに、日本酒の積み込みが無いとは甚だ遺憾である(笑)
 それにしても車窓に広がるこの景色

 半分酔っ払いながら眺めるのは、沿線の人たちに対しては申し訳ない。そしてある意味では贅沢な事なのかも知れない。
 列車は笹川流れの厳しい景色を車窓に映し出しながら北へと向かっている。すれ違う普通列車や特急列車は押しなべてがら空き。4両つないだ普通列車が空いているのは通学ラッシュ明けが故、仕方ないだろうが、稼ぎ頭の特急が空いているのは、飛行機にやられっ放しだからだろうか。新幹線が使える秋田や青森は五分五分の勝負らしいが、在来線の距離が長い庄内は完全に負けているようだ。いなほも次のダイヤ改定で車両の世代交代が図られるようだが、遅きに失した感はある。
 岩場を間近に眺め、波が洗う海岸が足元に広がる景色が20分程続くと笹川流れも終盤となる。

 久しぶりにまとまった平地が現れて府屋の駅。ここでも乗り降りするお客さんは無く、列車は山形県に向けて駆け出す。空に少し青空が混じるようになってきた。海も心なしか落ち着いたように見えるから不思議。
 村上からずっとお付き合いしてきた日本海が分かれてゆくとどこまでも広がる大雪原の中、列車は走る。時折がさっと何かが当たる音がする。列車に纏わりついた雪が氷の塊になって落ちてくる、らしい。最初のうちはどきっとしたが、何度も数を重ねるうちに慣れてしまった。
 列車のターゲットである庄内に入ると鶴岡に到着。ここで指定席からも降りるお客さんがちらほら。自由席には入れ替わり乗って来るお客さんがいたようだが、指定席を選ぶ人は皆無。元々空いていた列車はさらにがら空きになる。酒田でも同じく降りるお客さんが目立ったから、

 1号車指定席のお客さん、自分の他には1人だけ。
 10時43分、定刻に出発。列車は青空の広がる庄内平野を北端へ向けてひた走る。じきに車窓には

 鳥海山が姿を現すようになる。まぁ、気難しいこの山は裾野をちょっと見せるだけで

 山容は隠れたままなのだけど、それでも車窓の存在感は計り知れない。先程の笹川流れと言い今度の鳥海山といい、今一番ホットな列車、寝台特急あけぼのの車窓から眺める事の出来ない景色である。厳しく美しい羽越線の名所を見ることなく通り過ぎるのは勿体ないなぁと思えてくる。けどまぁ、あけぼのは元々羽越線の列車ではないから、まぁ良いのかも知れない。
 庄内平野の北端まで来ると車窓左側、再び海が顔を出す。

 また重々しい空、荒れ狂う波。きっと風も強いのだろう。雪は吹き飛ばされて海岸線には殆ど残っていない。人が住むには厳しい環境で、従って人煙稀な県境と言う事になる。
 重たい海をちらちらと見つつ、がら空きの列車は山形県から秋田県へ。国道7号を走るクルマに秋田ナンバーが増えた。海が消えると平地が広がって人家も増えてくる。先程からの羽越線、そんな景色の繰り返し。久しぶりに停車するのは象潟。このあたり、空港からも遠いし高速道もなく、在来線特急だけが頼りなのだが、今日の象潟に降りる人は稀。次の仁賀保TDK企業城下町だが、やはりいなほを利用する人は少なかった。

 本荘の平野に来るとまた空は晴れあがる。冬の間の東北で、これほど綺麗に晴れあがるのは珍しい。どちらかというと外に立って乗っている列車を撮りたくなるようなそんな今日の秋田の天気。でもなぜか

 海が見えるとその向こうは鉛色の世界。沖合は時化ているのかも知れない。秋田に向けての最後の区間。海岸線の向こうに男鹿半島、視線を手前に移してゆくと秋田港の火力発電所も見えている。秋田に来たなぁと思う瞬間である。
 列車は海と別れて内陸部へ。今までのパターン同様に街が近づく前触れだ。そして

 大きな川が現れるもの一緒。酒田には最上川が付いている。本荘には子吉川。秋田には雄物川。新潟には阿賀野川がいた。川が大きければ街も大きくなる。今渡雄物川雄大さが秋田の街の大きさを物語る。
 住宅地に列車が入り、少々高いビルも見えてくると間もなく秋田到着。定刻より2分3分遅れただろうか。最後に鉄道唱歌のオルゴールが流れ、接続列車が案内される。一番最初に告げられるのは東京行きの秋田新幹線こまち。何でも東京優先の現れかも知れないし、もはや秋田にとっていなほは東京へ行く手段ではない事の現れなのかも知れない。
 ホームに列車が入ると10人近い清掃の人がいて、こちらに向かって深々と一礼してくれる。6両の列車の割には大掛かりな人数だし、深々とした一礼が申し訳ないほど客が乗っていないけど、とにかくそういう体制で列車を迎えてくれた。

 雪と戦って3時間半。列車は秋田に到着。東京からは6時間少々掛かっている。おそらく、この列車で東京から来た人は皆無だったに違いない。カメラを向ける人が数人。首都圏のそれを比べると非常におとなしい、穏やかな出迎えである。

 こんなアイテムも撮っておきたい。地方ではずらっとならぶ乗場案内の看板はお馴染みだが、こんな景色も春になれば無くなる。