5月のさくら

 太平燕で時間があっという間に過ぎていった。ホームに戻るとさくら558号到着を告げる案内が流れてきた。ホームで待つ人の姿も多く、そして写真を撮ろうとする人の姿も目立つ。新横浜辺りでN700系が入ってきてもあまり見られない光景だ。
 カーブの向こうにさくらが姿を現した。
 
 558A、S9編成。淡い水色のN700系が姿を現す。とても柔らかな雰囲気だ。東海道新幹線のくっきりハッキリな色分けが仕事モードを思い起こさせるのに対して、乗る人を穏やかにしてくれそうなそんな雰囲気に包まれている。

 外見に反して車内は重厚な雰囲気。そしてこちらも普通車なのに4列座席である。厚ぼったい背凭れと気持ち固めのクッション。広々とした肘掛と東海道の車両に比べればワンランク上である。こんな列車で東名間を往復出来るなら、単身赴任ももう少し楽になるかも知れない。
 先頭8号車、半分ぐらいが埋まっているだろうか。午前中の中途半端な時間帯だし、指定席がこれだけ埋まっていれば立派なもの。あとは、この人たちがどれだけ山陽区間まで乗り続けるのか、それはちょっと興味がある。
 気が付くと列車は動いている。トンネルがいくつか続くと早速新玉名の駅が過ぎていった。九州新幹線、駅と駅との間が他に比べると短い。駅が過ぎたと思ったらまたすぐ次の駅が現れる。

 列車は平野に出る。防音壁が高くて見通しが利かないのは残念だが、現代の要望に添う形だから仕方が無い。防音壁の向こうに広がるのは麦畑。水田の二毛作だろうか。東北にいると稲を植える前に麦を作るという発想が全く無くて、全国的に麦と稲の二毛作を行う地域が広がっている事は全く知らなかった。割とあちこち乗っているから景色としては見ていて不思議はないのだけど、今までは出掛ける季節が18きっぷのシーズンに偏っていたのだ。
 列車は麦畑の中の新大牟田を通り過ぎる。このまま博多までノンストップ、では無くさくらは博多-熊本間、幾つかの駅に手分けして停まる。この電車が停まったのは筑後船小屋。悪名高き政治駅である。車内アナウンスが「ちくごふなごや」と告げる。一瞬「なごや」だけが耳に入って???となるが、勿論違う。今までの二駅と違って割りと人家が見える所で速度が緩む。スピードを落とし、人家が途切れた畑の中に駅が現れる。
 ホームには何人かお客さんの姿が見えた。熊本でも同じだったけどカメラを向ける家族連れなんてのもいる。先頭に何組か家族連れがいて乗ってくるかと思ったらこの人たちは新幹線の見学だった。この駅に停まるさくらは朝の1本と昼の1本。全部で2本なのだが、こんなものでしかない。
 車内に変化の無いまま、列車は動く。外の天気はぐずつき気味。速度のイマイチ乗らないまま着いてみると新鳥栖。久留米には停まらないんだ。見事に停車駅をばらしている。こちらは多少お客さんが居て乗ってくる様子。まぁあくまでちくごふなごや比。
 まもなく発車。動き出すとトンネル区間が続く。速度はあまり上がらずやる気の感じられないままトンネルと明かり区間フリッカー。この区間は勾配がきついなんて話しをちらっと見ていたからそのせいだと思っていたけど、或いは先発のつばめ340号が若干遅れて引っかかっているのかも知れない。

 10分弱でトンネル区間を抜け出し、福岡の市街地に差し掛かる。接続案内が流れ出して街の大きく膨らんでゆくと博多の駅に着く。熊本から40分少々。相当な早さだ。多少降りたようだが、乗客のうちの2割少々と言った所か。同じぐらいのお客さんが入れ替わりに乗ってくる。博多は1分少々の停車。まもなく発車時刻だ。
博多を出ると人が変わったように加速鋭く飛ばし始める。そして明らかに防音壁が低くなって景色の見通しが良くなる。外を流れてゆくのは収穫を待つ麦畑に水の張られた水田。もう半月もすれば辺り一面水田になるのだろう。
 熊本を出て以来、何度か車内販売が廻ってくる。東海道新幹線に乗っていると中々タイミングよくやって来ないのだが、編成が8両と短いからか、割と頻繁に現れるし、結構売れ行きも良い。時間帯にも拠るのだろうが、東海道新幹線で売れる場面を見たことの無いお弁当も何度か声が掛かる。食事が売れるというのは長距離客が多い証拠かもしれない。折角なので何か買いたいが、ただいま現在、今日の恥辱をまとめている所だったから、「冷たいコーヒーはありますか」と聞いてみる。カップと缶がございます、とのことで

 カップのアイスコーヒーを頂く。カップに氷を入れてコーヒーを注いでと手間が掛かっているのは価格差はしゃーない、って気になる。ちなみに写真にはWiMAXの端末が見えるけど西区間のN700にはネット接続サービスはございませんので、悪しからず。停車中に記事を書くに辺りの調べごとなどをしておりました。
 鞍手の保守基地が流れてふと室木線の事を思い出す。何となく跡でも見えないかとしばらく目を凝らしてみた。でも300km/hの速度は半端なく、その直後に遠賀川が流れてゆく。線路が見えたなと思ったのは筑豊電鉄だったか。
 長いトンネルを抜けるといきなり小倉である。この辺りは在来線の景色の方が馴染み深く、福岡からの四国方面への航空路で上空からも眺めているが八幡の製鉄所を飛ばして突然小倉の駅が現れても小倉に来た気分がしない。1分停車ですぐにトンネル。海の気配を感じないまま関門海峡を過ぎてしまって通り過ぎるともう内陸にある新下関が流れてゆく。何か執り行うべき儀式を全部すっ飛ばして海を越えた感じだ。昼間に乗る山陽新幹線。しばらくご無沙汰していただけに新鮮な気分になる。
 今乗っている558A、小倉を出ると広島まで停まらない。距離192km、所要47分。駅間の平均時速は245km/hとなる。お馴染みの東海道新幹線のひかりは新横浜から豊橋で距離248.7km、所要67分で駅間の平均時速が222.7km/hだから随分と早い。実際乗っているとこの間のスピード感は数字以上である。山間の景色とトンネルのフリッカーに少し変調があると駅が流れてゆく。がらんとしたヤードのような厚狭の駅。ターンテーブルが現役で活躍を続ける新山口の駅はやはり小郡と言った方が似つかわしい、今時珍しい汽車の駅。
確か徳山で先行するこだまを抜く。500系の流麗な車体がすぐ先を流れる。ちょっと前まではのぞみとして抜かす側だったので、妙な印象だ。そしてまた山道。どこまでもトンネルと山間の繰り返し。そんな山間に突然現れる巨艦のような新岩国の駅。時刻表で受けるか細い印象とうって変わっての堂々とした駅が流れてゆく。これほど立派な駅は東海道区間でも中々思い至らない。

 40数分、山間とトンネルを繰り返して速度が緩んだ。広島到着の案内が流れる。トンネルを抜けるとちょっとした市街地。もう一度トンネルに入って出ると、それなりの市街地。速度が緩んでなかなかの市街地。とは言え、進行方向左側はどちらかと言うと裏側の景色。右側に座っていれば広島の中心地が見えたはずである。駅に到着。降りる客は少ないし乗ってくる人も殆どいない。さくらの乗客の長距離志向がだんだんと明らかになって来るようだ。
すぐに出発である。新しい広島の球場は駅の近くではなかったかと思い出し、見れるかなと思ったら駅のホームに広告が出ている。車窓右側にご覧頂けますと。結局全部右側か。鉄道は中心地を避けて敷かれたのだと言う事に今更ながら気付く事になる。
 山陽線が左に分かれてゆき、新幹線は何度と無く繰り返した事をまた繰り返すように山中に突っ込んでゆく。次もしばらくは停まらない。停まらない事を忘れそうになった頃に東広島の駅が流れた。実に質素な駅舎で先程の新岩国の堂々とした姿とつい比較してしまう。勿論その頃にはもう駅の姿は見えない。

速度が緩んで福山到着となる。今度も街の中心地は海側、なのだろうが山側にもランドマーク、福山城。駅の割と近くに城がある、という場面は幾つか思い当たる所が無くは無いけど、ホームのすぐ先に城というのはちょっと思い至らない。少し気になって調べてみるとホームのすぐ隣が城なのではなく、城跡に駅が出来たというのが正解であるらしい。
 福山を出ると岡山まではそんなに遠くない。いつも福山は岡山県と勘違いしそうになるが、まだれっきとした広島県である。実際の県境は福山を出てちょっと先。300km/hへ向かって加速している途中に通過した筈である。そして300km/hの快走もつかの間、岡山到着となる。この間、わずか17分。九州から広島は遠かったが広島から岡山はずいぶんと近く感じる。そして、自分がさくらに乗る時間も終わりが見えてきた。
 ここでもさほどお客さんの入れ替わりは無く、1分も停まらないうちに新幹線はドアを閉める。広々とした構内に様々な車両が集う岡山の駅を見下ろすと列車は一路阪神地区へ。姫路までわずか21分。在来線に揺られると延々続く県境も新幹線は気が付けば相生駅通過。もうそろそろ降り支度をしなくてはならない。
 姫路到着は定刻の14:14。熊本から3時間弱が経っている。ここでも下車する人はまばら。熊本ほどではなかったが写真を撮る家族連れが見受けらる。

 ここまで乗ってきたさくら558号を見送ると姫路のホームに閑古鳥が鳴く。乗り換え改札へ向かい指定券を記念に欲しいと申し出ると「乗車記念」と書かれた無効印を押してもらえる。乗車券はそのまま。在来線の構内に向かう。
 
駅そばに「売り切れ」のランプが点いていて?と思ったのだがタイムサービスで50円引きという時間に偶然当たっていたことが判明。 破格の300円となる。

 そんな訳で天ぷら駅そば。姫路のデフォルトは天ぷらだろうと勝手に思っている。極めてチープな、衣そば、と揶揄したくなる天ぷらだけど、いないと寂しい。
 一風変わっていて地元のソウルフード。なんでB級グルメ選手権に討って出ないのか不思議でならないけど、売り出さなくても今のままで十分、ということなのだろうか。
 思ったより早く食べ終わったので予定より1本早い新快速に乗れそうな状況。そんな中にディーゼルエンジンの音も高らかにスーパーはくとが入ってくる。京都行きの特急。姫路-京都で特急券を買っておけば乗継割引で半額になったのか、と今更思い至った訳だけど気付くのが遅すぎた。今度機会があればそうしようと思うが、その機会、いったい何時の事やら。

 予定通り、というかまぁ予定より15分早い電車ではあるが新快速に乗る。敦賀行きという新快速。前4両が敦賀行き。後ろ8両は大阪方面米原止まり。いつも混んでいる印象しかない新快速だが、18きっぷのシーズンから外れているせいかどうか分からないけど、前の方はほとんど客がいなかった。
普段と違うのか、これが日常なのか。がら空きの新快速は山陽線をひたすらにひた走る。途中駅で少々お客さんを集めてもそもそもが少ないから余り賑やかな感じにはならない。
 
 空いた車内でぼんやり過ごしていると明石海峡大橋が過ぎてゆく。次はもう神戸。姫路までの新幹線とこちらの新快速、速度は200km/h近い差があるはずだが、時間の流れ方は不思議と同じようである。
 覆いが被さって雰囲気の変わった大阪駅を車内から一瞥する。一度降りて見聞すべきだろうが今日はこのまま乗り通す。ここからお客さんも増え立客もちらほらしだしたから普段見慣れた新快速の景色になった。隣席も埋まって京阪間の疾走劇場が始まる。
行き交う快速電車に223系が増えたなぁなどと眺めていると京都までの30分はあっという間。ここで更にお客さんを増やして新快速らしい乗り具合になる。日曜の午後、買い物やら遊びに行った人たちを送り届ける電車といった体である。

 琵琶湖は見えないが景色は水っぽい。湖国の名に相応しい景色が流れて行き、それと共に車内は空いてくる。姫路以来ずっと疾走を続けているが、さすがに2時間。飽きはしないが疲れを覚える頃である。
 米原に定時到着。北陸線直通の電車だからなのか、東海道線上りホームではなく、北陸線ホームに到着する。隣にはしらさぎが居て増結作業中。こちらは12両で来て8両を切り離す事になる。残る4両が敦賀行き。
 久しぶりの米原駅。整備が進んでだいぶ様子が変わっている。東海道線上りのホームにあった井筒屋の立ち食いそば屋は無くなっている。そしてホームには思いがけない程の人。18きっぷのシーズンを思い起こすような数の人たちが名古屋方面の新快速を待っている。

 見慣れた電車が入ってくる。6両編成の豊橋行き新快速。12両で来て6両に減るから確かに混むのだが、後ろの車両は空席も目立ち、後から来ても十分座れる。普通列車の乗り継ぎで座りたければ人より沢山歩くに限る。