【今日の駅弁】南部蔵しっくかしわ飯 ¥850 株式会社ウェルネス伯養軒 盛岡支店

 東北で「かしわ飯」というのは少々違和感がありますが。。。

 雑穀米の上に敷き詰められた数々のおかずは全て岩手産の食材だそうで。こちらの流儀に従った濃い目の味付けで楽しみます。意外と美味しく頂けました。
 それにしても「蔵しっく」という字面がクラシックである事に気が付くまで時間が掛かりました。その時にはもう、お弁当は空だったから…

 花輪線の列車は動き出している。今日は朝からずっとおなじみのキハ110系列の2両。ボックスシートは空いていないけど、程度の乗車。つまり空いている。9年前の8月。午後の花輪線に乗った時は、座る席が無くて途中まで立って行ったけど、それを思うと、お客さん減ったなぁとしみじみ。東北線第三セクターに移管されて値上がりし、JRの通し運賃で買うよりは高くつくはずでそんな事も影響しているのだろう。

 さて。列車は好摩からJRの線路に戻る。立派な幹線を横目に左へとカーブしてゆくとさきほどの釜石線沿線にもまして鄙びた風景が広がる。大豆やらとうもろこしやら。一昔前に比べても明らかに水田からの転作が強化されている事を知る。
 盛岡から乗っていた高校生が大更や平館で降りていってボックスが空く。そちらに移る。もう残っているのは大きなカバンを抱えた長距離客ばかり。皆さん18きっぷの持ち主なのだろう。見覚えのある松尾八幡平、昔の岩手松尾ですか、を出発すると線路が反り上がる。前の見通しが良いキハ100シリーズに乗っていると、先に進む景色が良く分かる。その点は非常にありがたい。勾配区間に入ることが良く分かり、さすがのキハ110も少々脚が鈍る。

 勾配を登るとそこは安比高原白樺の林が車窓を彩る。いわずと知れたリゾート地だけど、季節外れ、しかも花輪線なんかで来る客はまずいない。駅の周辺も華やいだ雰囲気は全く無く。それでも観光客らしい人が二人ほど降りてゆく。

 次第に辺りが開けてきて、再び田んぼと畑の混浴となる。キハ110も流すように走ってゆく。この辺り、岩手と秋田の県境だけど今まで越えてきた県境のような隔絶感は無い。歴史を紐解けば秋田県鹿角地方は元々南部藩の領地だった。川の流れは明らかに変わったと思うけど。列車は秋田県内へと入ってゆく。さすがに少々眠くなって来て少しの間zzz。
 久しぶりに上り列車とすれ違ったのは元々陸中花輪と呼ばれていた鹿角花輪。ここからは昨年6月にキハ58+キハ28の列車で乗った区間。急行よねしろの流れを汲む、20数年の歴史を持つ列車もこの3月に無くなった。
 少々通学客を集めた列車。青々と続く田んぼの中、杉の美林を遠くに望みつつ、平凡な盆地を淡々と駆けてゆく。

 十和田南で方向転換。ここも昔は十和田湖慣行への入口だったけど、もはや観光客がローカル線を利用して十和田湖へ行くはずも無く。でも外国人のグループが一組、降りてゆく。

 米代川が寄り添いつつ、長かった花輪線も最後の区間へ。遠くにこんもりと盛り上がった丘が目を引く。最後は大館の市街地、外周をぐるりと回りこむと奥羽線の線路をまたいで、終着大館。

 ホームに迎える巨犬はハチ公だとか。渋谷の銅像は小さいですが、出身地大館には、こんなに大きなハチ公が。

 ハチ公の里。きりたんぽの本場。そして大館の鶏めし。色々魅力的なものはあるけど、ここでの乗り換えはわずかに3分。既に奥羽線の上りホームにはたくさんの人。その中へ列車が到着。

 わずか2両の電車。当然座れるはずも無く。この旅行で座れなかったのは初めてのこと。普段ならこんな混まないでしょうが、18きっぷのシーズンで普通列車の乗客が増えている所に、今日からは秋田の竿灯が始まる。
 立ちながら眺める奥羽線の景色。先ほどの米代川は濁流になっている。

 流れ込む支流も茶色く濁る。そういえば今朝の秋田県は大雨警報が出ていたはず。今晩も雨の予報が出ており、さてこれからどうなる事やら。
 奥羽線の電車。乗車は20分ほどで鷹ノ巣で降りる。

 今度は太鼓のミニチュア。
 鷹ノ巣も乗り継ぎ地点。今度は4分乗り換え。先ほどから乗り換えの時間が短い。非常によく出来た乗り継ぎだけど、よく出来すぎていた何にも出来ない(苦笑)
 今度乗るのは秋田内陸縦貫鉄道。こちらも旧国鉄のローカル線を転換した第三セクター。朝乗った三陸鉄道も赤字で大変だというけど、こちらはもっと深刻で存廃を含めた方向性を議論中という。
 券売機の故障とかで窓口で硬券を買い求め、慌てて乗った列車。まもなく動き出す。あまりに間が無く、写真を撮る暇も無かったほど。乗客は数えてみるとわずか6人。
 奥羽線の線路を右手に別れてゆくと辿るのは細道。かなり太くなった米代川を渡ると、山間へと分け入ってゆく。

 両側に杉林。時々忘れた頃に小さな駅があわられて、何にも動きが無いまま、列車は動き出す。
 4つ目だったか、合川で少々お客さんが降りる。すれ違った列車も空いている様子。車内に掲げられた存続を訴えるポスターが虚しく揺れる。県民一人年間一回の利用を呼びかけているそうだけど、日曜日の夕方、下り列車に客がないと言うことは、地元の客がいないという事ではないか。どこと無く憮然とし、そして思う。「これはダメかも分からんね」

 薄雲の広がる空。このまま天気は持ってくれるのかと願いを込めつつカメラを向ける。

 杉林が車窓を流れて、流れて。
 阿仁前田ですれ違ったのは急行車両。子供連れやらなにやらで賑わっている。さっきの感想は訂正しなきゃダメかなと思ったら、ドアの所に「貸切車両」の文字。必死の模索の途中なのだ。ひとつの見方からでは全体は見えない。結論は急がないでおこう。エールは送りつづけるつもりだ。

 列車は阿仁合が終着。ここから先、角館行きに接続している。そのまま乗りとおせば19時前に角館に着く事は出来るけど、今日は阿仁合に宿泊。たまにはこんな山奥に泊まるのもいい経験だろう。めったに機会もないだろうし。改札へと向かうとそこは無人。集札されるはずの硬券は手元に残る。

 阿仁合の駅。旧阿仁町の観光案内所やら秋田内陸縦貫鉄道の本社機能も兼ねているのでそれなりに賑やか。

 駅前の通り。銀山で栄えた頃は賑やかだったでしょうか。最も駅前だけ見てその町を判断出来るかと言うと、残念ながらそんな時代ではない。
 今日は駅前の旅館の投宿。時間は早いし、部屋にこもるのも難なのでちょっとその辺を歩くことにする。宿の主人がわき道をゆくと阿仁川の河原に出れると教えてくれた。お勧めに従い、

 河原に出てみる。余りに長閑で少々退屈ではある。

 街の方に戻ってみると資料館の横に出た。18時までとあり、まだ見学できるので入って見る。入場料は¥300。
 阿仁の歴史は即ち鉱山の歴史。従って展示物は鉱山関係のものが中心となる。

 金鉱石だそうです。肉眼で見えますとあるけど、自分にはさっぱり。

 こちらは鉛だそうです。他にも亜鉛や銅や。黄鉱石もあってこれは華々しく金色に輝いてますが、価値は何もなし。

 鉱山の跡へと続く坑道、では無く隣の建屋に続く地下道。

 こちらは明治の初めに建てられた異人館と呼ばれる宿泊施設。鉱山へと招いた外国人技師のためのもので、日本でも相当古い部類に入り、国の重要文化財だとか。

 外観はこんな感じ。駅のすぐ近くで車窓からも見るだけな見える。
 異人館を撮っていると、空からぽたぽた。大粒の雨。持ってくれるかと思ったけど、やはり降る様だ。

 ちょうどやって来た角館行きの列車だけ眺めると慌てて旅館へ。
 
 先に風呂を済ませてもらえたほうがと仰るので、日常ではありえない時間に風呂に入ると夕食の時間。どうやらお客さん、自分一人らしい。

 海のもの山のもの、いろいろと並ぶ食事。

 何か不思議な取り合わせが同じ皿に同居中。

 お汁ですと運ばれてきた鍋。

 ご飯とお汁を持って改めて。
 食べてみると何気ないお汁が美味しい。鶏がら出汁の汁。具材をちょっと交代すれば、それはそのままきりたんぽにもなる。これは美味しいと食事が進む、進む。少々食べすぎ。
 食事が終わると19時半過ぎ。テレビを見ながら恥辱を進めるぐらいしかやる事がない。雨はいよいよ強くなっている様で時折大きな音を立てる。明日の朝には回復傾向にあるようだけど、さてどうなるか。少々心配しつつ、少し早い目に就寝。