2007-08-14


 向こうに見えるのは生駒山地でしょうか。逆光だけに冴えない風景ですが、一番安い部屋ですし、仕方ないですね。
 今日は帰宅。昨日は9時に出て19時に着いたから、今日も9時に出れば19時に着くかなと。お昼は何処で食べましょうか。全く計画は無いですが、ミナミに居りますので、湊町から出かけて見ようかと思います。

 9時ちょっと前にチェックアウト。ホテルを出るとすぐそこが近鉄本町駅。改札の向こうに頭を覗かせる電車の姿が、いかにも私鉄のターミナルと言う風情で好ましい。ちょうど特急が出てゆく所で、そのあと、急行の宇治山田ゆきなんてのが出発を待っている。

 もし、名阪ノンストップ特急に乗ったなら、2時間ほどで名古屋に着いてしまうけど、今日は反対側、難波ゆきの電車に乗る。難波までは二駅。
 難波では長々と連絡通路を歩いて、

 OCAT、の地下にある

 関西本線の終着駅、湊町から出発。いや、もうJR難波って名前になっているんだっけ。
 歴史を紐解けば関西本線の前身、関西鉄道が100年以上も昔、当時の官鉄と繰り広げた名阪バトルとか華やかな場面が点在するのだけど、名阪連絡の任は他へ譲って幾星霜。本人もすっかりそんな事はきれいさっぱり忘れてしまったような風情で佇んでいる。

 現代の関西本線東海道・山陽緩行線(ってのも死語だな)から追われてきた201系が闊歩する。ウグイス色(とも言わなくなって久しいけど)の201系、関東ではとうとう実現しませんでしたが(八高線辺りであったら面白かったのに)関西では現実のものとなりました。
 さて、出発。
 さっき近鉄難波で見かけた快速急行の奈良行きはそこそこの乗りだったけど、こちらの区間快速奈良行きはがら空き。新今宮で多少乗り、天王寺でようやく席がさらりと埋まる。奈良へ観光に行くのか、外国人観光客の姿が異彩を放つ。列車は天王寺を出ると百済のヤード跡を横目に、気持ちよく飛ばしてゆく。
 何時もは伊丹へのアプローチ、空から眺める生駒の山。地上から眺めるのは久し振りだ。案外と山深くなってゆく。車窓に大和川かな、濃緑の谷が彩りを添えてくれた。王寺からは各駅停車となる。夏色の奈良盆地。今日は案外と雲が目立つ。法隆寺なんて駅が過ぎてゆく。奈良の社寺なんて高校の修学旅行で見たきりだし、気の赴くままに歩いてみるのも楽しいだろう。いつそんな機会があるのかは分からないけど。
 奈良到着。

 高架工事で落ち着かない仮駅舎の隣にもともとの奈良駅舎が存置されている。完成時にどういう事になるのかは知らないけど、何かソウル駅を思い出した。
 ここから先は20分毎。さらに先は1時間毎で結局奈良で30分待ちとなる。時刻表も見ずに適当に出てくるからこういう事になるけど、大阪-横浜の移動なら、適当でも構わない。
 折角なので、

 こちらも仮店舗みたいな柿の葉寿しの店に行き、朝食代わりに柿の葉寿しを買ってみた。

【今日の駅弁】とはなりませんが、旅の気分は醸し出してくれます。
 奈良からは快速電車で3駅、加茂へ。そこで待っているのは

 ディーゼルカー
 加茂からこの先、亀山までは昔ながらの非電化区間。本数も減って1時間に1本。編成も2両。さすがに夏休みだからか列車は混んでおり、自分は辛うじて座れたけど立っている人も目立つ。列車はまもなくぶるんと体を震わせ、緩々と走り出した。車窓から架線柱が消え、木津川の渓谷が姿を現せる。
 日本地図では黒々と太く描かれた細道を辿る。
 木津川を左に眺めながら草生した細道は右に左にうねうね畝り続ける。駅に着くと、わいわいがやがや、大挙してみんな降りてゆく。また動き出す。木津川の河原にテントの群れ。

 いかにもローカル線、という雰囲気の駅を一つ、また一つ。一歩ずつ歩んでゆく。
 まぁ、素晴らしいローカル線なんだけど、長閑という感じで少々眠気を覚える。今日は良く寝たはずだけどと思いつつもzzz。

 気が付くと、雨が降っている。昨日から天気、安定してないのは確かだけどねぇ。思いがけない雨に車窓は濡れて。そのまま山間の小さなジャンクションに到着。

 雨に濡れる柘植の駅。ちょうど草津線の列車もやって来て乗換え客多数。空席もちらほら見えるようになっていた列車が再び息を吹き返す。
  下り列車の到着を待ってこちらも出発。加太越えへとアタックを開始。エンジンを車体を震わせ、ゆっくりとピークを目指してゆく。雨に濡れた加太越え。中在家のスイッチバックが霞んでみえた。
 里へと下ると雨が上がる。青空がまた広がった頃、終点、亀山に到着。

 液晶テレビで有名になった亀山ですが、

 名所には登場しないようで、シャープの工場。
 駅自体はそんな栄華とは関係ないようで、名古屋方面も加茂方面も津方面へも1時間に1本ずつ列車が走るだけ、のどかなジャンクションには惰眠を貪る車両が屯って。
 12:50、名古屋行きが出発。電車は軽やかに暑苦しい街の空気を切り裂いてゆく。外の景色はだんだん工場が増え、引込み線が幾重に広がり、貨車がごろごろしだすと四日市。ドアが開くとお客さんが乗り込むより早く熱気がむっと押し寄せる。

 富田の駅で見かけた三岐鉄道電気機関車
 何時の間にか線路も複線になり、すれ違う列車も増えだす。隣には朝9時に乗った最早なつかしの近鉄電車。大きな大きな川を一跨ぎ、また一跨ぎ。暫く待ってもう一跨ぎ。空の上には着陸態勢の飛行機も1機、また1機。都会に戻ってきた事をだんだんと思い知らされる。
 2両の電車、さすがに混雑すると終着名古屋。時刻は14:04。関西本線はここまで。湊町-名古屋174.9km。所要時間は4時間24分。

 朝ホテルに居たときは、何となく名古屋で昼食が妥当かなと思っていたけど、あんまりお腹が減っていない。と言う事でここは先を急ぐ。
 東海道線は何度も何度も乗っているから出来れば避けたいけど、流石に14時に名古屋を出て中央本線経由と言うもの無謀だろうと言う事は想像できる。豊橋からの飯田線はもっと魅力的だけど、そんな脇道に反れてしまっては、絶対横浜にはたどり着かない。
 ひとまずすぐに出る豊橋行きの新快速へ。名古屋からでは座れないのが常だった新快速も、4→6両に増強されてからは割りと座りやすくなった。幸いに空席にありつける。

 先ほどの雨はどこへやら。快晴の矢作川を渡る。
 豊橋には15時過ぎの到着。昨日とほぼ同じ時間にほぼ中間点にたどり着いた事になる。列車を乗り継ぎさらに西へ。今度は4両の浜松ゆきで、これは混雑していた。
 浜松着。
 向かい側に沼津ゆきと言う列車が停まっており今まさにドアを開けようとしている列車めがけて、乗換え客が殺到する。沼津行きに乗れば恐らくは20時ぐらいには横浜に到着出来るのだろうけど、今日はここで変化を付けるべく、改札の外に出た。

餃子責め@浜松

 駅構内の観光案内所に行くと浜松餃子のパンフレット、やっぱり置いてある。
「駅の周りにはあまりないのですが」と係りの人、仰るけど、確かに見るとパンフレットに掲載された店は市内各所にちらばり、駅からちょっと歩いてと言うわけには行かない様子。さらにつぶさに見て行くとランチタイムの後は夜の営業って店も目立つ。う〜ん。
 ひとまず駅から歩けそうな範囲で餃子専門と書かれたところを目指して見る。パンフレットの地図だけでは頼りなく、駅前の詳細図と照らし合わせて、大よその見当をつけて出発。後は己を信じて歩くのみ。でも、暑い……。
 遠州鉄道の高架に沿って歩き、ここかなと言う所を左に反れてしばらく。道間違えたかなと自信をなくし掛けた頃に、まず1店目。

 一瞬、テイクアウト専門かと思いましたが、ささやかなテーブルがあってここで食べてゆくのもOKだとか。
「暑い中大変だったでしょう」と声を掛けられてつつ出された餃子がこれ。

 焼餃子、7個で¥315。
 脂ぎってるなと一瞬構えましたけど、野菜が中心の具はぎっしりと引き締まって、結構美味しい。宇都宮ではあんまり見たこと無いような感じの餃子ですね。
 ひとまず満足して、駅へと戻る道、

 浜松餃子の幟みっけ!!!!!!!!!
 もうパブロフの犬状態。入っちゃいました。はい。

 お持ち帰り餃子1個30円ってところに思いっきり脳細胞を破壊されつつ、店へ。中はうんと狭く常連さんと思しきひとで占拠されてましたけど、快く迎え入れてもらえました。

 まずはビール。日頃の主張と相容れない事は自分自身が良く分かっていますが、それどころでない事を汲んで頂けたなら幸いと存じます、はい。
「どちらからですか〜」
 餃子を待つ間、なんて話を振られる。横浜だというと「また横浜か」と。前に餃子食べ歩きに来た人もやっぱり横浜かららしい。単なる偶然だと思いますけど、と思いつつ。

 出て来た餃子。付け合せのもやしにおやっと思うけど、これはおいおい様子が分かる事になる。ちなみに値段はビールと併せて¥750だったかなぁ。
 2軒餃子をこなしている間に時刻は16時半を過ぎ、そろそろ夜間帯17:00〜となっているお店が開く時刻。そろそろ帰宅時間が気になるけど、遠鉄新浜松駅近くにあるという餃子専門店に脚を伸ばしてみた。

 開店まであと10分、先客が居る。見る見る間に行列が延びていって、正直びっくり。17時が過ぎてひとまず店内へ。混雑時は追加注文をお断りしますなんて張り紙があったりして、こちらもやっぱり構えてしまいます。

 繁盛店の生ビール、ですか。はい。

 出ていた餃子は8個で¥420。かりっとした皮なのに食べたときはもちっと柔らかく。

 ひっくり返してみるとこんな感じ。不思議な食感ですが、並んでまで食べるものかなと言うのも正直。
 餃子とビールを頂いていの一番に店を出た。そろそろ駅に戻るかな。戻る途中、

 餃子学会の幟、発見(苦笑)
 えぇ、パブロフの犬ですので。はい。
 ここはラーメン屋さんのようですが、

 今度はモルツです。

 で、餃子。こちらももやしが付け合せ。浜松餃子には欠かせないようで>もやし
 お店の人、中国人みたいで。でお客さんでやって来たのがブラジル人。お互い日本語で会話しているのを見ると、そうかこれが浜松なんだなぁと妙に実感してしまいました。
 そろそろ横浜に戻らないと。ひとまず駅に戻ります。

 ActCityのビルがなんだか犬の顔に見えて来ました。

 浜松の駅。
 ちょうど熱海行きなんで電車が出発する所に飛び乗れてしまった。お盆休みと言えども夕ラッシュ。混雑した列車に揺られる。一駅、天竜川で降りてゆく人たちに浴衣姿が目立っておや?と思っていたら天竜川河川敷は花火大会の準備中。

 東海道の車窓が飴色に染まる。窓外に見えるは収穫間近な田園風景。

 車内はまだまだ浜松の通勤ラッシュ。一駅ごとに空いてゆき、掛川で空席にありつきました。座ってしまえば眠気も覚え、大井川鉄道連絡の金谷で元南海車を見送ったのを最後に、zzzz。
 静岡で一度目覚めた。19時ちょっと前。30分少々待てば、静岡始発の東京ゆきがあるけど、それを待とうかと一瞬考える。でも夜間帯の帰宅時間30分の差はでかいなと思ってそのまま。またzzzz。
 富士川だったかで目覚めて、その後はひたすら起きる。っーか流石に尻が痛くなっていたのである。浜松からまもなく2時間。ロングシートで両側を挟まれての道中は苦行そのもの。外も既に闇の中。吉原には岳南鉄道のホームに元井の頭線3000系の8000形、かぐや富士のシルエットが見えたけど、グリーン車を思わす濃緑のおみお顔は拝見できず。
 汽車の似合う駅、沼津。

 下りホームに停まっていたのは寝台特別急行。1列車。
 窮屈な座席、反射的に捨てました。ホームで何枚か撮っている間に1列車、出発。こちらの発車時刻を気にしつつ、最後まで見送る。ほんの数年前までは1列車を合図に3列車、5列車、7列車と次々すれ違っていったのだけど、ね。それも思い出の風景。
 沼津からは3駅。立って行っても苦痛でなく、むしろ解放感に浸りながらの道中。そして、熱海からは15両編成。がら空きの車内が嬉しく、熱海からのJR東管内がこれほど嬉しかった事は10数年東海道18きっぷで行き来していて初めての事で、それが可笑しく恥かしく。大船まではゆっくり恥辱をつづりながらの小一時間。

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