シンセン


 また大通りを歩いてホテルの方へ。
 皆さんは午後、買い物に行くそうだ。でも「あんたは電車にでも乗ってきたら」と。確かに買い物には興味ないし、折角だからこちらの鉄道を覗いておきたい。見透かされていると言うより自分の行動パターンが分かりやすいと言った方が正しい。
 香港の鉄道、朝乗った地下鉄やトラム。それに中国へと伸びる九広鉄道の各路線。郊外に行くとLRTもあるそうだ。香港島のトラムにもう一度なんて気分もあるけど、午後2時を迎え、太陽は眩しく、空気は暑苦しい。
 で、こちらに来る前には想像もし得なかったある意味魅力的、ある意味無謀なプランを囁かれた。
「九広鉄路で、シンセンTouchしてくれば」
 と。
 シンセン。九広鉄路の郊外電車で40分ほどの距離。香港から中国に入る際の玄関口となる街。当然、香港ではなくて中国本土。ビサとか持ってきてないけど、日本国籍であれば15日間までの滞在、ビザ免除なのだとか。ここへ鉄道で行き、入国してすぐ出国。夕方の待ち合わせ時間までに香港に戻ってくると言うプラン。
 入国手続きとか面倒そうだなぁと思いつつ、地続きの国境を越えるという行為には惹かれる。それに九広鉄道、最後の一区間はシンセンに行く=国境を越える人で無いと乗車できないのだそうだ。
 気持ち半々のまま、一旦ホテルに戻る。シャワーを浴びて再び準備を整える間に、気持ちは片方に傾いた。よし、行ってやろうか、シンセン。
 九広鉄路の電車はホテルのすぐそば、尖東駅から。

 行ってみると国境の駅、羅湖までは5分程度の間隔で列車がある。35.5kmの距離と言うのは、京王線の新宿-京王八王子とそんなに変わらなかったりする。この時間帯は各駅停車だけの運転(急行系があるかどうかは知らない)だけど、途中11駅しかないので、所要時間は40分弱。従って結構な利便性は高い。

 ホームには既に列車が居る。ドア間がやたらと狭い。ロングシートは4人掛ければ上等と言う程度の長さ。でも1両にドア5つだから、車両の長さは20mより若干長いような印象を受ける。
 電車はがら空きのまま尖東の地下駅を出発。ステンレスか何かで出来たつるんつるんの座席に腰掛けてぼけっと真っ暗闇を眺めていると、地上に出る。線路があちらこちらへと延びて、郊外鉄道と言うよりは幹線鉄道と言った雰囲気。
 一駅ごとにお客さんが増えて来て、座席が埋まる。4人席の4人目にも躊躇する事無く人が座ってくる。それが若い女の子だったりするのが日本の景色に慣れた自分には新鮮だったりする。そのうちに立客も増えて、口実共に立派な郊外電車の景色となる。トンネルと明り部の繰り返しはまるで北総鉄道。外が見えるとそこに広がるのは何処までも連なる団地群。
 途中、どの駅だったか二面四線の待避駅があって、副本線に尖東ゆきが待避中。急行系電車の運転は無いと思ったけどと思いつつ眺めていたら、本線を客車列車が通過してゆく。中国本土、広州からの列車だ。っー事は貨物列車も来るのかな。九広鉄路、単純なように見えて結構複雑なダイヤ編成を組んでいるようだ。
 団地の連なりもだんだんと緑の絨毯に塗り潰されるようになる。国境一つ前の駅は上水。ここで殆どお客さんいなくなるのだろうなぁと思っていた。けど、確かに半分以上のお客さんは降りたけどまだまだ残っている。ここで乗ってくるお客さんも。この人たちはみんな中国へ行く人、か。
 最後の一区間は一面の緑の中を。高くまぶしい太陽を浴びて青々と輝く大陸の大地を、東京を飛び出したような郊外電車に揺られる事数分。線路が幾重にも分かれて行く中をそろりそろり、終着、羅湖へ。

 羅湖に到着した電車。時刻は15:20。

 皆さんの向かう方向にシンセンはある。
 一国二制度、言葉だけは知っていても良く分からない制度。でも、それをこれから嫌と言うほど思い知らされるようになる。まずは香港を出国。あくまで出国。パスポートに前日に書いてきた入国カードの片割れを添えて、イミグレーションへ。
 パスポートには出国のはんこを押される。理由を何やら聞かれるかと思ったけど、難なく出国。やれやれと胸を撫で下ろす。

 免税店を横目に人の流れに乗って。大きな通路を歩いてゆくと小さな川を越える。仰々しい鉄条網が両岸に続いている。これが国境の川、のようだ。警察官が軍人か知らぬが人の流れを注視する人が数人。写真は撮るの諦めた。

 歓迎、だそうです。
 さらに歩くと現れたのは入国検査場。今度は中国への入国カードをしたためる事になる。案内には当然といったら当然だけど日本語は全く無し。滞在先の欄、通常はホテルか何かを書くのだけど、さてどうしようと困る。ふと記入例の掲示を眺めたら、そこには堂々と「SHENZHEN」と書かれている。なんだ、ホテルで無くてもいいんじゃん。
 先ほどにまして一層愛想がないように思われる係員の所へパスポートと入国カードを差し出す。理由を聞かれたらどうしようかと思ってて色々と考えてきたのだけど特に問われる事は無し。「中国辺防検査」の文字が見えるスタンプを押される。

 振り返って見ると当然の事だけど今出て来たばかりの建物が。こんな立派な建物でしたか。はぁ。時刻は15:44、羅湖の駅に着いてから25分ほど。
 青空の下、どこまでも広がるシンセンの街並みをちらっと眺めると、もう建物へと戻る。シンセンには用事はありませんので、えぇ。
 今度は中国の出国検査を受ける。香港住民が大多数の中、数えるほどしか人が向かわない外国人用の出国検査場へ。出国カードをしたため、やっぱり愛想の悪い係員の元へ。出国カードを付き返されて、何かやったかと思ったら最後の署名欄に名前書き忘れてた。やれやれ書き直しかと思ったら係員、ペンを貸してくれる。「謝謝」と言って借りたけど謝謝って北京語だっけ? 
 再び免税店を横目に国境の川を越える。

 ガラス越しだけど一枚撮って見ました。あんまり綺麗でないのは申し訳ないです。
 さて今日4度目のイミグレーション。香港入国。出入国カードとパスポートを差し出して、返してもらうと「帰ってきた〜」と思ってしまい後で自分で苦笑い。

 やって来た電車で尖東に戻る。都合40分ほどのシンセン、いや、国境滞在。

 緑色の大地を電車が走り出す。後ろを振り返ると少しずつ小さくなってゆくシンセンの街。こうしてみると、酷く人工的な街である事に初めて気付かされる。
 再び九広鉄路に揺られて。一駅進むごとに立客が目立つようになって、次第に国境の緊張から解き解されてゆきました。尖東まで戻ったのは17時前の事。

 あぁそう言えば。フェリーでマカオTouch、なんてプランもあるそうですが、どなたかやりますか???