地獄炊きとクジラ

 飛行機がプロペラを止める。地上の係員が外からドアを開けてくれる。余りにもささやかな滑走路とこじんまりとしたターミナル。長崎から僅か20分で着いた先は異界だ。
 同乗の老夫婦はやはり地元らしい。地上係員と談笑。チラッと聞こえてくる話によると昨日は飛行機が飛ばなかったらしい。「これが無くなるとまた一日がかり」なんて言葉も聞こえてくる。ターミナルの前に停まっている車に乗り込み去ってゆく。港まで行くバスがやって来る。それに乗る。バスの入り口、ICカードリーダがでんと構える。噂には聞いていたけど、ほんとにICカード対応なんだ。乗継氏(推定オタ)は乗らないところを見ると上五島タッチらしい。
 バスの運転手に何処までと聞かれて答えに困る。取りあえず終点と言っておく。確か、港が終点のはずだ。逆に「食事するなら何処で降りると良いですか」と聞いてみた。うどんがどうのこうのと答えが帰ってくる。そういえば昨日ネットで下調べした時に、うどんが名物みたいな事が書いてあったな。うどん、食ってきますか。
 バスは自分ひとりを乗せて、港へと向かう。狭いクネクネ道を行き、大きな橋を渡る。どうやら空港自体は別の島にあるらしい。
 運転手に話しかけられる。方言がきつくて分かりにくいけど「坂本竜馬」がどうのこうのと言っているのは分かる。坂本竜馬の何かの碑があると言う。「一度降りて写真……戻ってくるから」と言われたのだけど、イマイチ飲み込めないので、「取りあえずいいです」と答える。バスがその先へと進むと先ほど聞かれたことが氷解する。バスは一番奥の集落まで行くと今来た道を引き返す。ちなみに坂本竜馬の碑とは、竜馬の船がここで遭難した事が由来らしい。
 元来た道を引き返し、そして港へ向かう。途中でようやく地元のお客さん。ようやく公共の交通機関らしくなる。バスは峠を一つ、もう一つ越える。その度に運賃表示も跳ね上がる。峠を下ってゆくと有川の港だ。ずっと山の中や海沿いの寂しい集落を眺めて来た身には大都会に来たような印象。取りあえず終点のフェリーターミナルまで乗車。近くにうどんの里と言う道の駅があるとか。
 フェリーターミナルにはクジラの飾り物がめだつ。建物自体、鯨賓館なんて名前。クジラも有名な街らしい。時刻は11時半を過ぎている。昼食にはちょうど良い時間だし、うどんの里を志す。メニューの中に「地獄炊き」と言うのがある。なんだろう。取りあえず注文。「お時間、15分ぐらい掛かりますがよろしいでしょうか」と聞かれる。まぁ時間は持て余しているし、逆に歓迎かも。
 地獄炊きの大鍋 
 
 卓上ガスレンジが出てきて、大鍋が出て来る。一人分にしてはずいぶんでかい。その中で自分でうどんを茹で、それをあごだしのつけ汁で頂くのだそうな。茹で上がるまで7〜8分。ガスを止め、うどんを掬って食べる。鍋が大きいせいか、何時までもお湯が対流し続けている。うどんを入れるつけ汁の器が熱くなる。一把のうどん、結構食べがいがある。
 後で貰ったパンフレットに寄ると、地獄炊きは本来、大人数で集まってやるのだとか。鍋料理みたいなものか。
 もう一つの名物、クジラも食べてみたい。うどんの里には定食もあったけど、食事は済ませたし、軽くつまめるものがあればなぁとみやげ物やを覗いてみる。肉の塊とかはいろいろ売っているけど、気軽にその場でと言うもの、無いなぁ。何にも買わないのは癪だし、値段が手ごろで直ぐに食べられそうなもの、という事で刺身を買ってみた。フェリーターミナルを兼ねている鯨賓館に戻ってビールを買い、少し食べてみたけど、凍ってる。今すぐ食べられるものでは、ないなぁ。半分以上残して、後で食べる算段を考える事にする。とは言え腐るものだし、今日中に片付けないと、厄介だ。
 この辺り、観光地としては今ひとつ詰めが甘いのかもしれないなぁと思ってみたりする。
 時間がまだあるので、鯨賓館の中にあるクジラの資料館へ。入場料\200。親子連れがいるなぁと思っていると、不意に「いらっしゃいませ」と言われて面食らってしまう。何のことは無い、管理人が自分の子供を連れてきているのだったりする。展示内容はここ有川における江戸期に始まり、明治以後、昭和の禁漁になるまでのクジラ漁の歴史に関する展示。パネル展示が中心だけど、明治期にクジラで財を成した会社社長が作らせたクジラの髭で出来た応接椅子だの、遠洋漁業で用いられたクジラ用の銛、と言うには大きい捕鯨銃の先っぽだのは、あんまり見る機会がないかも。