【今日の駅弁】鯛寿し 番匠本店 \900

 お腹がいい加減減ったところで福井到着。3分ほど停まるので駅弁に手を出す。この駅弁、前も食べた事があるような気もするけど、笹寿司やかにめしは食べたことあるし、鯖寿司も確かあったと思うので。まぁ、美味しいです。
 列車はさらに金沢へと向かう。県境を越えると一駅ごとにお客さんが増えてゆく。ボックスも4席一杯まで埋まりデッキも一杯。「車内込み合いましてご迷惑をお掛けします」というアナウンスも流れた。今日は1月2日、初売りに行く人たち、かなぁ。列車は9:53に金沢到着。買い物には便のいい列車ではある。
 列車は富山までゆくけど一旦下車。駅前の地下から出る北陸鉄道に乗る。前に来た時と地下通路がちょいと違っていて迷う。迷うけど迷うほどたくさん通路があるわけじゃないから辿りつく。次の電車は10:12発だそうな。
 北鉄金沢、1面2線、改札の向こうにホームが続くその光景は、なんとなく井の頭線渋谷駅に似ている。もっとも改札は2つしかないし、自動改札なんてないし、ホームは2両対応で短いし。列車が来る。改札が開いて、切符を回収。一旦閉じた後に再び開く。構内に入る。懐かしい顔だ。車号は8801-8811、側面は片開きドア。3701Fか3702Fのどちらからしい。車内のスピーカ、KTRマークが残っていた。
(北陸鉄道へ譲渡された3000系に関しては下記サイトを参照して下さい)
http://www2.odn.ne.jp/~cbl81790/3000jouto.htm
 列車が発車する。すぐに地上に出る。このへんも井の頭チック。住宅地に挟まれたせせこましい所を走り抜ける。途中すれ違った列車は両開きドアの車両。
 ゆっくりと橋を渡る。もう一駅停まると終点内灘。17分で到着。折り返しは10:36で今度は急行になるそうな。折り返しの時間を使って写真撮影。青空が眩しく、日差しを受けた3000系の美しいこと。
 帰りの急行は一つごとに駅を飛ばしてゆく隔駅停車だった。途中ですれ違った列車も急行。妙に納得する。今度は14分で走って10:50に北鉄金沢に戻ってきた。
 今度の富山ゆきは、何時なのか良くは知らない。1時間毎らしいから11時前後にはあるものと思われる。JRの改札へ急ぐ。改札には上越新幹線と急行能登の運転再開を告げる横断幕が出ている。列車の案内表示は「10:56 直江津 4番線」タイミングがとても良い。4番線に向かう。また急行型の3両編成だ。先頭車まで行くと空きボックスもある。その一つに納まる。とても暑い。車内の温度計は23.5℃を指している。コートを脱ぐ。列車が駆け出す。眠くなる。倶利伽羅越えは覚えている。撮り鉄もいた。高岡の記憶が無い。目覚めるとちょうど富山に着いたところ。金沢を発車した頃よりも乗客が増えている。でも金沢に着いた時よりも少ないかも。時間帯とか都市の規模とか、そんな事が影響しているのだろう。
 次は富山港線に乗る。前に乗ったのは93年の事だから11年ぶりだ。前の時は、夕方に、3両編成の電車で往復しただけで、薄暗くなった岩瀬浜の冴えない街並みしか記憶に無かったりする。今日の富山は晴れ渡り、立山連峰が威容を誇る。ただし、岩瀬浜ゆきとしてスタンバイしているのはディーゼルカーの1両編成。席はそこそこ埋まっているけど、実数にしたら20人ぐらいかなぁ。
 ブルンブルンと汽車が出る。本線の電車はぶっとい線路をかっ飛ばしてゆくけど支線の汽車はゆるゆると走り、本線との分岐点にある駅に停まる。国鉄〜JRって言うよりは私鉄の雰囲気。実際、元々は私鉄だし、今度は路面電車になるって言うから先祖がえり、だわな。この後も少し走っては停まることを繰り返し、そのたびに少しつづ人が減ってゆく。車窓の右手には何時までも立山連峰がついて来る。
 走ること10数分。終点の一つ手前、東岩瀬で降りてみた。二度目の富山港線、一度目と同じことをやってもつまらない。まずは東岩瀬の駅から岩瀬浜の駅をしかと眺める。1.1km先、微かに駅が見える。宮脇俊三さんのデビュー作、時刻表2万キロの第一章で出てきたワンシーンである。なるほど、恨めしいなぁと思う。
 東岩瀬の駅で折り返しの列車を待っていても仕方ないので、隣りの大広田の駅まで歩く。昔、子供の頃読んだ本の中で、大広田-東岩瀬は国鉄の中で一番、駅間距離が短いと書いてあった記憶がある。今はどうだか知らない。ユニバーサルシティー-桜島の方が短い気がする。その昔、宮脇さんがタクシーの中で腕時計を睨みながら走ったであろうその道を歩く。450mだから余裕を持って大広田に着く。列車をしばらく待っていると岩瀬浜の駅を発車するところなのだろう、ヘッドライトがハイビームになった。
 富山に戻る。この後の列車は13:26の直江津ゆきだ。最初は15:08に乗れたらいいなと思っていたので、ずいぶん予定が早くなった。この調子なら予定よりも早い時間に今日の宿泊地に着くかも知れない。列車を待つ間、昼飯を駅蕎麦で済ます。2004年は年越し蕎麦を食べそびれた。食べなくても構わない筈だけど、食べないと落ち着かない。
 富山発の直江津行きはこれから実家に帰るらしい特急乗り継ぎの家族連れやら、富山の街で買い物を済ませたらしい人たちやらで混んでいた。例によって急行型の3両編成。富山を出ると勢いよく駆け出す。先ほどの富山口の駅がすぐに過ぎ去った。例によって立山連峰の美しい姿が付いて周り、家族連れの子供が歓声を上げる。
 途中駅からはこれから東京へ向かうらしい帰省客も乗ってくる。駅のホームで、改札で、家族に見送られての旅立ちの姿が見受けられる。
 日本海が迫ってくる。晴れ渡る空の下、エメラルドグリーンの海の色は美しいけど、波は高い。やっぱり冬の日本海、だ。
 糸魚川で越後湯沢行きの特急に抜かれる。途中駅で集めてきた帰省客がみんな特急に移る。特急の自由席、結構な立ち客が出ている。年内に新幹線が開通して本当に良かった、と思う瞬間。沿線はいつの間にかまた白くなった。昨年の正月にも糸魚川を通ったけれど、昨年は雪が無かった。もう一つ違うこと、レンガ造りの車庫に佇む車両。今年は国鉄色と首都圏色のキハ52が居る。去年まではいなかったよなぁ。
 直江津に着く。この先の接続は……、1時間以上開いている。ここまでが順調だっただけにガッカリである。さすがに会社が変わると壁が厚いなとも思う。調べてみると次の列車は16:25に出て17:55に長岡に着く。その後の本来乗るつもりだった快速は17:25に出て18:30に着く。長岡で見ると30分しか違わない。それなら後の快速、特急型の車両に揺られた方が嬉しい気もする。今からなら快速の始発駅、新井まで行っても大丈夫。或いは折角早い目に来たのだからこのまま長岡まで真っ直ぐ進むのも手。いずれにせよ1時間以上待ち時間があり、その間は暇だ。幸い、越後湯沢行きが15:30にある。これで一駅犀潟を往復してくるのも悪くない。とりあえず乗る。北越急行の立派な電車に揺られて一駅犀潟へ。こんな機会でもないと降りることの無いような駅舎をしっかりと眺めて今度はJRの電車で直江津に戻る。戻った電車が折り返し長岡行きになるようだ。そのまま乗っていこうと決める。約30分の折り返し時間。夕陽が傾いて電車を紅く染める。写真を撮らないと勿体無いような光だ。
 列車が発車する頃にはあたりは薄暗くなって来ている。先ほどはエメラルドだった日本海も今は鉛色だ。波だけが白く光る。早く出る列車に乗って良かった、と心から思った。
 すっかり暗くなった柏崎から長岡にかけて、時折列車が徐行する。列車が速度を落としてゆき暗闇の中、窓の外に「30」の標識が浮かび上がる。しばらく徐行した後に再びスピードを上げる。そんな事が3度あった。一駅ごとに人が乗ってくる。
 徐行はあっても長岡には定時に着く。一時期は駅崩壊の危険ありで立入禁止になった長岡の駅舎も今日は賑やか。まずは夕食代わりの駅弁を購入する。駅の外に出る。街並みにも人込みにも意外と震災の影は感じられない。駅前に大きな居酒屋が数件。待ち合わせの人たちで本当に賑やか。帰省に合わせた同窓会やらなにやらなんだろうなぁ。
 駅そばになるホテルに投宿。どうやらがら空きらしい。部屋は10階だって。大丈夫だとは思うけど余震がきたらちょっと嫌だなぁ。避難路だけは確認しておこう。