早々に寝たので早起きも楽にできる。まだ5時前、起き出して身支度。今日は一人で地下鉄の始発に乗る。キャリーバックにカメラバックがあるから荷物が重たい。

 横浜から先週買い求めたフリーパスを使用開始。まずは東海道線、東京駅まで。朝6時20分の東京駅はどこに行く人なのか分からないが、やたらとたくさんの人で賑わっている。さらに電車を乗り継ぐ。6時半過ぎ。鶯谷のホームに降りた。
 上野駅が在来線特急の発着で賑やかだった頃、鶯谷の駅は上野を発着する特急列車の撮影好適地として有名だった。だが、最早在来線特急なんて殆ど走っていないし、従って自分自身も鶯谷のホームで写真を撮るのは初めて。
 天気が悪いのが残念だが、しばらく待っているとカメラを構える人が増えて、そして

 今日の主役がやってくる。寝台特急あけぼの。今日は定刻であった。上越国境の天気も良いようで雪は殆どまとわりついてない。
 カメラのお客さんは去らないまま、むしろ増えて行く。この人たちのお目当ては
 あけぼのの尾久への回送。不意に電源車が顔を表し、そして青い車体がゆっくりと流れてゆく。

 先日お世話になったB個室寝台車が2両連なる。

 今日は白帯が多くて、前回よりあけぼのらしいなぁと思いつつ、

最後、高架ホームからの中距離電車に被られてしまったのが残念だが、ひとまずは撮れて良かったのではないかと思う。
 さて、今日はこの後、少々歩き回る。最初の心づもりでは上野到着のあけぼのを撮ったら上野駅に戻って新幹線と言うA案を思い浮かべていたのだけど、回送列車まで粘ったので、上野駅から別コースのB案を発動する。

 京浜東北線、一駅だけお世話になったのは178編成。上野で降りると持ち時間は10分。自由席特急券を買い求め、駅弁を買い求め、ホームに降りる。


 選んだのは常磐線特急。これに水戸まで乗る。
 10両編成の特急列車。自由席は4両。窓際の席、かろうじて確保できる程度の乗り具合。最新型なので各席にコンセントがあるのがありがたく、携帯の充電に活用させてもらう。まもなく発車時刻。

【今日の駅弁】牛たん煮込みカツサンド ¥580 株式会社こばやし

 朝7時半の段階で、既に各地の駅弁が並んでいるという上野駅売店。何時、どこで作られたのか定かでないが、どういうからくりになっているのだろう。厚岸のかきめしまであったのだが、委託生産なのか?と思いながら選んだのがこちら。

 サンドイッチの駅弁って歴史があるけど、コンビニサンドイッチ等に押されているからか、駅弁としてはどうも冴えない。でもこちらはご当地名産品と括りつける事で東京進出を果たすことが出来たようだ。朝の軽い食事に良さそうで指名となる。

 食べてみると味付けは濃いめ。むしろビールと合わせたくなる、出張帰りの軽食向けだ。
 ポテトフライは駅弁としては珍しい食材だが、さすがに難しそう。600円越えてもいいからサンドイッチ4切れになりませんかね。

今晩の前菜として

 常磐特急ひたちは北千住を過ぎて荒川を渡り、速度を上げる。最新型の電車、普通車でも通路席まで電源がある。臨席が空いているのでそちらの電源を使わせて貰い、PCを使う。そうこうしてると速度が緩んで柏に到着。
 自由席に長い行列があって次々乗り込んでくる。電源を明け渡しておくと、ぱっと座ったのは制服姿の男子高校生。手にはお金を持っていて、検札が回ってくると土浦までの自由席特急券を買い求めている。500円であるらしい。高校生が通学で特急を使う事に思い切り驚いたが、わりと日常な光景なんですかねぇ。
 とにかく気軽に特急を使う人たちでひたちの自由席は満席になる。通勤、通学の人、ゴルフに行くらしいグループ客。そんな人たちと共にデットセクションを越え、交流2万ボルトの区間に進む。外は先程から雨粒が落ちるようになっている。
 土浦で隣の高校生が降りる。ほかにも降りる人がいたからそれなりに電車は空く。石岡と友部でも同じように人が降りていったから、自由席車には空席が目立つようになった。近距離の人たちが自由席を選んだだけかも知れないが、水戸に着くまでに閑古鳥が鳴くとは思わなかった。

 列車は高萩行きだが今日は水戸で下車。隣のホーム、水郡線の郡山行きが停まっていて、今日はそれに乗る。

 キハE130というあまり馴染みのない車両が停まっていて、これが郡山行き。行先に常陸大子の名前もあるのは、3両のうち後ろの1両は常陸大子切り離しだから。顔つきは秋に新潟で乗ったキハE120に瓜二つだが、向こうは二つドア。こちらは二つドア。キハE130の30番台は、つまり通勤型気動車と言う事か。

 発車まで30分あるからか空いている。ひとまず2人がけのボックスに居を構える。先に常陸太田までゆく列車が発車するからさほどの混雑ではない。発車時間が近づくに連れてボックスが埋まり、ロングシートが埋まる。発車時間間際に遅れている常磐線の接続を取る旨、案内。隣ホームに特急が到着してしばらく、バタバタとお客さんが乗ってきてこの人たちは相席になる。3分遅れて出発。
 常磐線の線路から分かれて列車は緩々と進みだす。外は生憎のくもり空。雨も落ちてきそうな雰囲気。力を持て余す体でエンジンを吹かすと駅に停まってお客を下す。奥久慈清流ラインなんて愛称が駅名表示に書かれているが、

 広がるのは地味な田園風景。それが暗い空の下に沈んでいるから清流とはずいぶんかけ離れた光景である。もちろん、天気と季節が変われば、清流に相応しい景色も広がるに違いない。
 水戸を出て50分弱。常陸大宮を過ぎて山が迫って来ると、清流ラインの由来だろうか、久慈川が車窓に現れる。

 暗い空の下には違いないが、らしい光景は何度か広がる。そして滝で有名な袋田の駅。列車接続のバスが待っていたりして、現役の観光地らしい雰囲気を醸し出す。降りてゆくお客さんもちらほら。
 水戸から1時間20分弱。常陸大子の駅に到着。後ろ1両が切り離しの案内があり、列車は4分停まる。半分ぐらいのお客さんが降りてゆき、車内空席が目立つようになった。

 改めてドア3つの気動車を眺めて、自席に戻る。写真を撮っている人が数人。今日は3月1日。春の18きっぷが使用解禁となる日だ。
 身軽になった列車は定刻に走り出す。そろそろ茨城県から福島県へと差し掛かる頃。外には残雪がちらほらするようになった。先日の大雪の残りだろうが、

 日蔭だけの雪だったのが

 段々と雪の範囲が広がって行く。駅名に磐城の旧国名が見えるようになったからもう福島県に差し掛かっているのだろう。東北新幹線白河の関を越えると急に雪が降ってくるのと一緒か。
 根雪かなと思いながら眺めていたのだが、さらに進んでゆくと雲が切れて晴れ間が見えてくるようになる。雪が隠れたところで磐城石川に到着。3分停まるのだそうだ。

 冷たい雨に打たれ続けた列車を労うかのように日差しが降り注いでいる。ここだけ見ていると、もう春のような景色だ。
 降りる一方だったお客さんも乗っている人が増えるようになってきた。郡山に向かう人の流れ。お客を集めて速しで走る。
 接続列車のご案内なんて言葉を3時間ぶりに聞いたのが、水郡線東北線のジャンクション、安積永盛。黒磯行は1時間後なんだそうだが。どうやら高校生の下校と重なったようで、初めて列車、立客大勢になる。満員のお客を乗せた列車は今までで一番の駆け足になって後一駅、郡山へと急ぐ。
 各方面の乗換案内があって、執着郡山に定刻の到着。

 ここまでお世話になった列車にはお別れ。そして次に乗る列車は既に向いのホームで発車を待っている。

 磐越西線会津若松へと向かう快速列車。
 発車まで10分を切った列車はおおむね席が埋まっていて適当な空席を見つけてひとまず確保する。そろそろ空腹だが。1番線にあった売店では駅弁は扱っていなかった。階段を上って左に行けば売店があるそうだが、あと4分ではちょっと苦しい。食事はこの先で考える事にしてパス。席に戻る。まもなく出発。
 駅を出るとすぐに左へカーブして東北線と別れる。郡山の市街地が続くのを見ながら、西へ向かう。案外遠くまで市街が続く。案外奥まで広がっているものかと思ったらさすがに尽きて田園地帯に変わった。

 晴れ晴れとした空の下に残雪。東北の春の景色だ。東京の人から見れば冬の景色かなとは思うけれど、ここにあるのは間違いなく春の景色。
 10分進むと雪が深くって峠道に分け入った。会津へと続く峠道だ。

 空も急にくもり空に。春の景色が一変。冬に逆戻り。1分時間が経つごとに一週間巻き戻してゆくかのような変化。
 峠を越えて下り道に差し掛かっても今度は季節は進まない。

 猪苗代の盆地は雪に閉ざされたまま。ビニールハウスはビニールが取り払われている。冬は使用しないのが前提なのだろうが、こうして自分の身を守っているのだ。

 磐梯山が見えてくると猪苗代到着。駅頭にはモーグルのワールドカップ歓迎の看板が出ていた。3月1日、2日開催とあるからちょうど今日明日と言う事になるのだが、それらしいお客さんは見られない。お客さんが居ても便利なクルマで動くだろうからなぁ。
 磐梯山が右に左に動いて行きながら列車は会津盆地へ下って行く。線路はうねうね弧を描いていて急斜面を緩々と下って行く。その途中で行き違いのため、停車。快速列車を待たせて颯爽と駆けて行ったのは

 わずか2両編成の普通列車であった。こちらも一呼吸おいてから、再び山を駆けて降りる。

 会津盆地にたどり着く。ここも雪に覆われたままである。郡山からわずか1時間、同じ県内でこの差は大きい。元々福島県浜通り中通りという所は温暖な気候で住みやすいところであったのだ。3月11日よりも前は。

 各方面の乗換案内があってジャンクションというに相応しく線路が広がり、会津若松に到着する。時刻は14時ちょっと前。次に乗る列車、40分程の待ち合わせ。1時間あれば街に出てもいいかなぁと思っていたのだが、思っていたよりは短い。駅は街の外れなのでさすがに40分では短すぎる。駅構内の食事処に駆け込んだ。

 天ぷらそばを頂く。¥1,100。出汁も天ぷらのつけ汁も薄味。東北は全般に濃い味だと思っていたのだが、会津ってのはずいぶんとお上品な味付けなんだねぇと思う事になる。確か、昔郡山で食べた駅そばの味は東北標準の味付けだったと記憶していたのだけど。
 少々お上品すぎて物足りないのと、売店を覗いたらウェルネス伯養軒なんて会社の駅弁が売っていたのでついつい買ってしまう。これは後で紹介。
 そろそろ、ホームに戻る。今度乗るのは新津行きの普通列車。ホームには列車の入線を待つお客さんがちらほら。そしてやって来たのは

 国鉄型、キハ47とキハ40の2両編成。
 磐越西線の喜多方から新津は非電化区間気動車が活躍している。東北に限らず、非電化路線というのはいくらでもあるのだけど、だいたいは路線毎に使用される車種が統一されている。先程の水郡線ならキハE130だった。郡山からいわきに伸びる磐越東線ならキハ110。秋田の男鹿線や青森の八戸線国鉄時代のキハ40シリーズだ。
 それが磐越西線というのは不思議な路線で、今目の前にいるキハ40シリーズ、JRになった当初に新製されたキハ110。そして最新作のキハE120と三種類が混用されている。磐越西線気動車羽越線米坂線と共通運用で、数も多い分、いっぺんに置き換えという処置が取り辛いのかも知れない。

 国鉄が無くなって25年以上。新しい車両だった筈のキハ40シリーズもお目に掛かる機会が減ってきている。これが最後だとは思わないけど、久しぶりになじみのある車両に乗れるのは嬉しい。

【今日の駅弁】ソースかつ弁 ¥900 株式会社ウェルネス伯養軒 郡山支店


 会津若松の名物、ソースかつ丼が弁当になっていた。かつ丼と言えば暖かくて当然なのだが、駅弁なので当然冷たいまま。冷たいかつ丼というのは食べたことがないがどうだろう。

 軽くソースが掛かっているが別添えでもソースがあって、自由に掛けてくださいという体裁。掛けて頂く、案外と食べられる。冷たいかつ丼がどう工夫して食べられるようになっているのか、定かではないのだけど、これは弁当としてありだなぁと思いながら平らげた。さすがにお腹いっぱいではあるけど。

今晩の前菜として その2

 2両の気動車、座席が半分埋まるぐらいの体裁になった所で発車時刻となる。ドアが閉まった感触はあったのだが、なかなか動き出さないなぁと思っていたら、ほんの少しずつ動いていた。元々非力なキハ40は動き出しののろさに定評があるが、それが更にスロースタートしたものだからほんとに揺れない、上品な走り出しになった。
 ようやくエンジン音が高まってのそのそとホームが流れ出す。幾重もの線路がガタガタと言いながら二つに集まり、郡山への線路と袂を分かつとさすがにキハ40も速度が乗って来る。
 列車は会津盆地の西へと進む。

 こちらの方が日当たりがいいのか、田んぼの雪が解けていて満面の水を湛えている。田起こしに取り掛かるのはあと1か月ちょっと先かなぁ。
 小さな駅をいくつか飛ばして、列車は会津盆地の拠点都市、喜多方へ。喜多方までのお客さんを降ろす以上にお客さんを乗せる。磐越西線の新津方面に向かう列車。4時間近く間隔が開いている。下校する高校生を中心にたくさん乗り込んできた。この列車の時間に合わせて行動が決まる人も多いのだろう。 
 会津若松を出た時よりも多いお客さんを乗せて、列車はのったり動き出す。喜多方の市街地を抜けると田園地帯、まもなく山間に差し掛かる。

 再びの雪道。そして時々現れる人家は今までの見えてた家と雪への構えが明らかに違っていた。

 窓の部分に雪囲い。これをやらないと屋根から落ちた雪で窓ガラスが割れるのだろう。一番降り積もる時期は家の一階が雪に埋もれるのかも知れない。そうすると今の景色も雪が解けてきた春の景色という事になる。
 長いこと走って駅が現れてお客さんを降ろす。駅の度に何人か、或は十何人になる事もある。そして車窓には


 阿賀野川が姿を現した。会津に流れを発し、日本海へと流れ込む大きな川である。川の流れは進行方向左。記憶では右だったので?と思ったが途中何度か川を渡って右に左に移っていったから記憶違いではなく、記憶の欠落だ。
 会津全体の水を集めたような川だから実に雄大な流れ。その途中、ところどころで流れをせき止め、ダムを作って水力発電をしている。

 二つだったか三つだったから一定間隔で並ぶ発電所には全て東北電力の看板が出ていた。時折送電線も見える。このあたりの電力は新潟辺りに送られているのかなぁと想像しながら眺める。
 途中、荻野でたくさん降りてゆき、野沢でもたくさん降りて、喜多方から乗って来た通学らしいお客さんはすべて居なくなった。この先はどうやらよそから遊びに来た人たちが中心に。
 県境を越えたのち、津川で少々停まるので外に出てみる。

 16時過ぎの山間に届く陽はそろそろ弱々しくなろうとしている。SL列車のお客さん向けにオコジョの家なるものがホームの上に。

 この季節はSLの運転は無い。余所からこの列車で来たお客さんが物珍しげに中に入ってみたりするだけ。オコジョに春がくるのはもう少し先だろうか。
 長いこと停まっていたが向かいから列車がくるという事なく発車となる。ここまですれ違い列車というものが無い。ほかの列車を見かけたのは野沢で会津若松からの列車が折り返しを待っている様子だけ。国鉄の頃は磐越西線、幹線に準じると言うことで亜幹線という位置づけであったと思うのだが、今日の磐越西線、ローカル線の姿そのものである。新潟と福島とかそういう都市同士の流動は、先ほどから時折姿を現す高速道路に奪い取られたようだ。
 辺りは徐々に暗くなってゆく。阿賀野川の流れはより太くなり、雪も少しずつ減ってゆく。乗ってくるお客さんもちらほらしだした。そして久しぶりに対向列車とすれ違う。行き先には会津若松の文字。上り列車は何時間間隔が開いたのだろうか。二つ三つ進んでまた上り列車とすれ違い。行き先は馬下とある。その辺りまでが新潟近郊の扱いなのだろう。

 完全に雪が無くなって薄暗い越後平野をゆくと久しぶりに市街地と呼べる景色が広がり出す。五泉であった。ここで大量乗車。座席が一通り埋まる。時刻表の印象に比して大きな街だ。

 会津若松から2時間半ほど。17:10定刻にこの列車の終点、新津に到着。この先、新潟方面は信越線の列車に乗り換え。長岡方面、新発田方面の案内も入る。
 信越線、羽越線、磐越線と幹線が集まるジャンクションであり、鉄道工場も有した新津は鉄道の街。以前は小さなくとも風格のある駅舎を構えていたが、いつの間にか高架に上がって、平凡な駅になっていた。新津の駅に降りたの、何時が最後だろう。ムーンライトえちごの上り列車に乗るときは、新津の長時間停車でお酒の買い出しをするのが常だったけど、その頃はまだ地上の駅舎だった筈だ。

 今日はここから在来線で長岡にでる。やってきたのは快速列車。特急用の485系の乗れて、停車駅も特急並みだからとんでもない乗り得列車だ。込んでいて座れない状況も考えられるが、早くも新津で降りる人もいるから、楽に座れた。しかも2人がけに一人で座れたのでPCを広げる事が出来る。今週平日分の恥辱を公開し、ここまでの写真の取り込みもやってしまう。
 長岡には18時の到着。ここからは新幹線で上野に戻ろうと思う。在来線だとさすがに上越国境のところが越えられない。このまま直江津方面新井まで快速に揺られるのも魅力的だが、その先、どう続くのかよく分からない。
 新幹線、40分後の指定券を用意している。それまで少々買い物。新潟限定ビイルに新潟限定のおかき。それと無印良品があったから気に入っている手帳を買い求める。どういうわけか昨年から4月始まりの手帳を使う習慣になっている。

 日常なのか非日常なのかよく分からない用事を済ませると、新幹線の高架ホームへ。以前は北陸方面の乗り換え客で賑やかだった長岡の駅も、その地位を越後湯沢に奪われた。長岡のお客さんが使うだけなのでどこか施設を持て余しているような感じを受ける。

 まもなくやってきたのは338C、P6編成。宇都宮に行くときにはよくお世話になるタイプの車両だが、久しぶりに眺めると大きく感じる。窓側指定で予約したら8号車の1階、一番前の席が出てきた。壁が真ん前で少々圧迫感がある。
 長岡ではがら空きだった指定席。ちょっと走って越後湯沢に着くと、北陸方面からのお客さんにスキーのお客さんが合わせて乗ってきて満席になる。スノーボードを持ち込む人も多く、荷棚の小さな2階建て車両は、スキー列車には不向きかも知れない。
 新幹線、越後湯沢の次は大宮まで停まらない。少し寝ておこうかと目を瞑ってみたが、眠れないまま、上毛高原が過ぎ、高崎が過ぎる。結局、眠るのは諦めた。
 新幹線は本当、魔法みたいなもので長岡からわずか1時間半で上野に到着する。今朝上野を発って12時間半でぐるっと一周をした事になる。
 乗換改札から在来線の地平ホームに出る。21:15、下り寝台特急あけぼのが出発する1時間前であるが、

 すでに13番線には人だかりが出来始めている。

あけぼの 北帰行

 朝、鶯谷で上りあけぼのを迎えてから12時間あまり。特急やら新幹線を交えた鉄道旅行という、普段あまりやったことのないスタイルの旅行をしてきたのは、この土日使える週末パスを用意してきたからである。そして、この先、その週末パスを使って乗り込むのは下り寝台特急あけぼの。先月7日に続いての利用となるが、たぶん今回が定期列車としてのあけぼのとの別れになる。終着青森までたっぷり12時間を楽しむつもりだが、さてどんな事になるか。
 列車が入ってくるまでまずは夕食の算段。朝も眺めた駅弁売場には、色々な駅弁が並んでいるのだが、目に付いたのが

 ありがとう寝台特急あけぼの記念弁当なる商品。朝の時間帯には売っていなかったから、出発時刻に合わせて並べたに違いない。よく見るとEF81が掛け紙になったものとEF64が掛け紙になった2種類がある。店員は上りと下りと言っていたけど、こちらからすると上越と羽越の違い。どうやら上越の方が売れていそうだったけど、自分は羽越の一択でお買い上げ。
 適当にお酒の類を買ってホームに戻る。ホームはさらに人が増えている。乗客が早々に来ているのか、写真撮影だけが目的の人が多いのかはよく分からない。

 高崎・上越線の案内に寝台特急あけぼのの表示が出た。何時まで経っても上越とあけぼのの組み合わせに馴染めないまま最期の時が来てしまったなぁと思う。

 こんな小物を撮ったりしていると

だんだんと人が増える。推進運転で13番線に入ってくるところを是非撮りたいが、人だらけでちょっとヒドいなぁという状況。1日の段階でこんなに混沌としているのなら、14日の最終日、どうなるのだろうと思う。

 13番線にあけぼの号、青森行きが参りますの案内があってさらに人だらけになったところに、青い車体がゆっくりと入ってきた。行き止まり式になっている上野の地上ホームへは尾久にある車両基地からバック運転でやってくる事になっている。その様子を撮ろうとするたくさんの人でホームは埋め尽くされる。本当は明るい50mmレンズを使いたかったのだが、50mmでは人ばかりが入ってどうしようもなく、広角勝負になってしまった。
 列車が到着し、ドアが開いたのは21時。あと15分で発車というところ。ひとまず荷物は自席に置く。

 今日は開放式B寝台、4号車の下段を予約している。

 白帯の寝台車が今日のねぐら。

 さて本日のあけぼの、スターティングメンバーの発表。

 EF64-1052
 カニ24-112
 オハネフ24-8
 スロネ24-552
 オハネ24-555
 オハネ24-553
 オハネフ24-19
 オハネ24-51
 オハネ24-7
 オハネフ24-23

 前回と違って24系客車、白帯の車両が多い今日のあけぼの。これでないとあけぼのという気がしない。

 さて機関車の方を見に行ってみる。ホームの人をかき分けて進むと、ロープで規制線を張られており、黄色い線の内側には入れないようになっていた。

 この有様。先月の青森駅が可愛らしく思えてきた。改めて14日の最終日は無理だろうなぁと思うことになる。勿論さよならはしたいけど、この何倍もの状況は、たぶん着いて行けない。

 時間があればバッキンガム宮殿の衛兵交代みたいに、ジリジリジリジリ前に出て行く戦法になるのだろうが、今日は今撮っている、この列車に乗らなくてはならない。仕方ないからこれで諦める。

 後ろの方にも行ってみた。

 こちらは人の数としては機関車側ほどではないけど、規制線が張られているのは一緒。自由が利かないのも一緒だ。
 そろそろ発車時間が迫る。自席に戻る。向かいのベットに親子連れ、自席の上にも人がいる。たぶんこの4人で一晩を過ごす事になるのだろう。
 そろそろ発車時間が迫る。自席に戻る。向かいのベットに親子連れ、自席の上にも人がいる。たぶんこの4人で一晩を過ごす事になるのだろう。
 発車時間がやって来る。ホームに流れる♪あゝ上野駅。ごとりと軽い衝撃が来て動き出す。ホームに目を向けるとたくさんの人たちがこの列車にカメラを向けている。
 列車はゆっくりと動き出す。オルゴールが流れて案内が始まる。停車駅と編成の案内がある。検札が回っているそうで、その協力のお願いも合わせて。また郄粼線内で信号機故障が起きているとのこと。故障自体は修理できたそうだが、この先遅れるかも知れないとの事。最後に、明日の朝、秋田到着20分前になるまで放送は中断させて貰います、と最後に断わりが入る。

今日の切符について

 早速検札。今日使っている寝台券を差し出す。4号車は羽後本荘まで利用する人が割り当てられている車両。羽後本荘からは立席特急券で乗車する人用の車両として宛がわれているので、寝台車としての利用は羽後本荘までとなっている。でも自分は青森まで乗りとおす予定。実は少々からくりがある。

 今日の寝台券。羽後本荘までの寝台券と羽後本荘からの立席特急券を手配したのである。
 立席特急券は以前は乗車駅からでないと買えないという制約があったような記憶があるのだが、何時の間にか全国で買えるようになっている。今を遡る事1か月前。10時打ちで青森までの寝台券を買えず、いったんは乗車を諦めたあけぼのであったが、ならばせめて秋田から青森だけでも乗ろうかと思ったのをきっかけに、色々と調べてみると上野‐羽後本荘なら寝台券が買える事が判明。ならば、本荘までの寝台券と本荘からの立席特急券を買えばいいとみどりの窓口に並んで初めて、こういう場合の救済策がある事を知った次第である。
 寝台券の発売範囲は昼間乗車の運用などで割と細かく決まっている。あけぼのの場合、4号車は羽後本荘までの乗客に宛がう事になっていて、青森までの人が4号車を希望して買おうとしても買うことは出来ない。
 しかし、希望する区間の寝台券を買えなかった旅客が、その先、立席特急券を購入する事で、特急券を通しの料金で、計算して貰えるのである。
 実はこの運用、全く知らなかった。二枚買えれば通しで乗れるだろうぐらいの気楽なつもりで窓口に行き、合算しますのでしばらくお待ちくださいと30分以上待たされて、出された切符が手書きの寝台券だった、という事には本当、心底驚いた。
 後でネットで調べてみると案外と書かれている方法のようではあったが、現場の手間を考えるとあまり積極的に言いまわる話でもないと思われたもので、今の今まで黙っていたのだが。
 そんな訳で寝台券としては羽後本荘までの扱い。本荘から先は寝台としては使えませんというのと、立席特急券分は本荘でもう一度確認しますとのお断りがある。

 車内はかなりざわついている。カメラを持って前に行く人、後ろに行く人。個室のカギが開かなくなった!と車掌を呼びに来る人。老若男女、いろんな人が本人にとっては深刻な、他人にとってはどうでもいい事で歩き回っている。
 このボックスは、前の親子は食事を開始。段ボールで色々な惣菜やら飲み物を持ち込んでいるから手馴れているなぁと感心する。上の住人は胡坐をかいて新聞を読んでいるようだ。
 親子連れの記念写真を撮ってあげたのをきっかけに多少の会話になり、みなさん酒田までの乗車である事が判明する。週末パスを使っての旅行だそうで、週末パスが使える酒田までの乗車なのだとか。なるほど。

【今日の駅弁】ありがとう寝台特急あけぼの記念弁当 ¥1,050 株式会社大船軒 

 向かいの親子が夕食を始めたので自分も食事にする。先程買い求めた記念駅弁。製造元は?と思い見てみると東海道線大船駅構内営業の大船軒。あけぼのと縁も所縁もないではないか。秋田駅構内営業関根屋だの大舘駅構内営業花善だの言わんから、せめて上野駅に所縁のある日本食堂改めNREが自ら誂えても良かったんじゃない?と思わなくはない。中身は食堂車で出されたハチクマライスでどうだろうか?

 というのはさておき、東海道スジのブルートレインが無くなる度にお弁当で一儲けしてきた大船軒が東北スジでももう一回!と思ったのか思わないのか、大船軒謹製のあけぼの記念弁当。中身を見てみる。

 中身は何かちらし寿司の弁当がベース。それにおかずの類をお子様が喜びそうな品物に変えていったというのがありがとうの中身。話のネタぐらいにはなったかなぁ。